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花屋は本日も通常営業です  作者: 花束 ねる


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第45話 お盆前哨戦④ 人物評価を実施します



 新入荷の菊1,800本は、水揚げによる水分補給を済ませ、自己アピールへの意欲に満ちていた。


 お盆用に確保された売場には、大量のバケツが並んでいる。


 その傍らには、入荷3日目を迎えた先輩社員の菊52本もいた。


「俺を見ろ」

「俺もだ」

「俺を見ろ!」

「俺もだ!」

「俺を見ろ‼」

「俺もだ‼」


 鏡が言った。


「……水揚げしたら、自己主張まで強うなるんか!」


 キクが言った。


「エントリーシートはどうした」


「……まだその話続いとったんか!」


「おう」


「……分かった。で、エントリーシートは?」


「ない」


「……ないんかい!」


「花だからな」


「それは知っとる!」


 愛さんが告げた。


「花材の仕入れに応募書類は必要ありません」


「そらそうやろな」


 白い大菊が言った。


「俺の内面を見ろ」


 黄色い大菊が続いた。


「俺もだ」


 小菊が言った。


「俺も!」


 スプレー菊が言った。


「俺も‼」


「…………」


 鏡が言った。


「……ほな、口頭面接にするで」


 キクが答えた。


「おう」


「ただし、1人ずつや!」


「おう」

「おう!」

「おう‼」


「全員返事せんでええ!」


 鏡は、白い大菊に向き直った。


「まず、自己PRをお願いします」


「俺は真実だ」


「……なるほど。具体的には?」


「嘘をつかない」


「ほな、これまでに嘘をついたことは?」


「ない」


「……ほんまに?」


「おう」


「証明できる?」


「俺は真実だ」


「……自己申告だけやん」


 隣の白い大菊が言った。


「俺も真実だ」


「俺もだ」


 鏡が言った。


「まだ呼んでへん!」


 次は黄色い大菊だった。


「自己PRをお願いします」


「俺は破れた恋だ」


「……失恋したん?」


「いや」


「……してへんの?」


「おう」


「ほな、何が破れたん?」


「恋だ」


「経験ないんやろ!」


「花言葉だ」


「…………」


 鏡が言った。


「……経歴詐称とちゃうんか、これ」


 愛さんが告げた。


「花言葉は本人の経歴を保証するものではありません」


「……面接で言われても困るわ」


 赤い大菊が言った。


「俺は愛だ」


「ほな、志望動機は?」


「あなたを愛しています」


「……俺?」


「おう」


「初対面やで?」


「結婚してください」


「展開早すぎるやろ!」


「あなたを愛しています」


「誰にでも言うん?」


「おう」


「……それ、結婚詐欺ちゃうん?」


 愛さんが告げた。


「花と鏡は結婚できません」


「そこは分かっとるわ!」


 赤い大菊が言った。


「理由を聞きたい」


「理由まで求めるんか!」


「俺の愛に問題があるのか」


「問題は相手や!」


 愛さんが答えた。


「双方とも婚姻届を提出できません」


「……役所の問題になってもうた!」


 白い小菊が言った。


「俺は純情だ!」


「……元気やな」


「おう!」


「長所は?」


「純情だ!」


「短所は?」


「純情だ!」


「……同じやん」


「おう!」


「……自己分析が足りへんな」


 スプレー菊が言った。


「俺は気持ちの探り合いだ‼」


「……それ、自己PRなん?」


「お前は俺をどう思う‼」


「それを今から判断するんや!」


「先に教えろ‼」


「面接官の評価を先に聞くな!」


「では、お前の気持ちを教えろ‼」


「……もう面接にならへん!」


 鏡は黙った。


 まだ数人しか終わっていない。


 新入荷の菊は1,800本いる。


「……大企業が学歴で足切りする気持ち、ちょっと分かってきたわ」


 キクが答えた。


「俺たちに学歴はない」


「……せやから困っとるんや!」


 鏡は菊たちを見渡した。


「……人間も大変やな。何万人も応募してきたら、どうやって見分けるんやろ」


 キクが言った。


「人間なら見分けられるだろう」


「……そうか?」


「おう」


「男か女か、大きいか小さいか、髪が長いか短いか……」


「おう」


「……白か黄色か赤か、花が大きいか小さいかと、あんまり変わらへんな」


 キクが答えた。


「おう」


「……菊の方が、まだ種類が分かりやすいんちゃうか?」


「おう」


「……人間の採用担当、ようやっとるわ」


 キクが言った。


「次は俺だ」


「……お前も受けるん?」


「おう」


「3日前からおるやろ」


「おう」


「もう古株やん!」


「おう」


 愛さんが告げた。


「在庫52本は、値下げ販売の対象になります」


「……新入社員1,800本の面接中に、古株52本がリストラ候補になっとる!」


 キクが言った。


「俺は高潔だ」


「……高潔でも値下げされるんか」


 愛さんが答えた。


「販売価格と花言葉は関係ありません」


「……世知辛いわ!」


 リンドウが言った。


「キク殿の功績は、誰もが認めるところでござる!」


「……せやけど、入荷日は変わらへんのやな」


「……おう」


「……人間の数十年が、花屋では3日か」


「…………おう」


「…………世知辛いにもほどがあるわ」


 愛さんが告げた。


「菊全般の花言葉には、高貴、高潔、高尚があります」


 鏡が言った。


「……ほな、全員そうなん?」


「はい」


 大菊が答えた。


「俺は高貴だ」


 小菊が続いた。


「俺も高貴だ!」


 スプレー菊が言った。


「俺も高潔だ‼」


「…………」


 鏡は、売場を見た。


 水揚げを終えた菊たちが、大量のバケツに並んでいる。


 新聞紙に巻かれ、足元を切り揃えられた菊たちだった。


「……貴族が大量採用されとるんか」


「おう」


「待遇に不満は?」


「ない」


「新聞紙に巻かれとるで?」


「おう」


「足元も切られたやろ?」


「おう」


「……高貴な方々、意外と現場仕事に強いな」


 リンドウが言った。


「それこそ真の高潔さでござる!」


「……もう全員合格でええんちゃう?」


 キクが答えた。


「評価は公平に行うべきだ」


「……ほな、基準を決めよ」


 鏡は考えた。


「まず、協調性!」


「おう」

「おう!」

「おう‼」


「……返事はええな」


「次、責任感!」


「おう」

「おう!」

「おう‼」


「……あるんかな」


「次、自己主張!」


「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」


「……そこは満点や!」


 鏡は、しばらく考えた。


「……ほな、最後。ほかの応募者にはない、自分だけの強みは?」


 白い大菊が答えた。


「真実だ」


 隣の白い大菊が言った。


「俺も真実だ」


 黄色い大菊が答えた。


「破れた恋だ」


 隣の黄色い大菊も言った。


「俺もだ」


 赤い大菊が答えた。


「愛だ」


 隣の赤い大菊が言った。


「俺もだ」


「…………」


 鏡が言った。


「……全員、競合他社と同じ強みやん」


 キクが答えた。


「同じではない」


「何が違うん?」


「俺の真実は、俺だけのものだ」


 隣の白い大菊が言った。


「俺の真実も、俺だけのものだ」


 黄色い大菊が言った。


「俺の恋も、俺だけのものだ」


 赤い大菊が言った。


「俺の愛も、俺だけのものだ」


 小菊が言った。


「俺の純情も!」


 スプレー菊が言った。


「俺の気持ちも‼」


「…………」


 鏡が言った。


「……全員、唯一無二なんやな」


 キクが答えた。


「おう」


「……でも、自己PRは全員同じなんやな」


「おう」


 鏡は考えた。


 個性を尊重する。


 公平に評価する。


 1人ずつ向き合う。


 どれも正しい。


 だが、新入荷だけで1,800本いる。


「……もうええ。新入社員は全員合格!」


「おう」

「おう!」

「おう‼」


 リンドウが言った。


「見事でござる!」


 鏡が言った。


「これで採用決定や!」


 愛さんが告げた。


「採用はすでに完了しています」


「…………」


「新入荷の菊1,800本は、入荷済みです」


「……つまり?」


「全員採用済みです」


「…………」


 鏡が言った。


「ほな、何の面接やってん!」


 キクが答えた。


「人物評価だ」


「採用と関係ないんか!」


「おう」


 愛さんが告げた。


「評価結果は仕入れ数量に影響しません」


「……知っとるわ!」


 鏡は、菊たちを見た。


「……ほな、これで終わりやな」


 白い大菊が言った。


「評価結果を聞きたい」


「合格や言うたやろ!」


「俺の真実は評価されたか」


「された!」


 黄色い大菊が言った。


「俺の恋は?」


「された!」


 赤い大菊が言った。


「俺の愛は?」


「された!」


 小菊が言った。


「俺の純情は!」


「された!」


 スプレー菊が言った。


「俺の気持ちは‼」


「された言うとるやろ!」


 キクが言った。


「では、次だな」


「……次?」


「配属先の希望だ」


 白い大菊が答えた。


「俺には希望がある」


 黄色い大菊も答えた。


「俺にもある」


 赤い大菊が言った。


「俺にもある」


 小菊が言った。


「俺にもある!」


 スプレー菊が言った。


「俺にもある‼」


 そのとき、在庫の菊52本から声が上がった。


「俺たちにも希望はある」


「……古株も参加するん?」


「おう」


「ほな、希望は?」


「定価で売れたい」


「…………」


 隣の菊が言った。


「俺もだ」


「俺もだ」


 鏡が言った。


「……新人は配属希望で、古株は待遇改善要求か!」


 愛さんが告げた。


「販売価格は花材の希望によって変更されません」


「…………」


 キクが言った。


「俺は高潔だ」


「……高潔さでは値下げを止められへんのや!」


 鏡が言った。


「……人事部、閉鎖してええ?」


 愛さんが答えた。


「当店に人事部は存在しません」


「……せやったな」



 お盆前。


 新入荷の菊1,800本の人物評価が終了した。


 評価結果は、全員合格。


 なお、評価を担当した鏡には、採用権限がなかった。


 在庫の菊52本は、引き続き値下げ販売の対象だった。


 次の議題は、配属希望調査だった。





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