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花屋は本日も通常営業です  作者: 花束 ねる


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第44話 お盆前哨戦③ 大量採用を実施します



 8月上旬。


 お盆を前に、花屋に菊が大量入荷した。


 大菊800本。

 小菊600本。

 スプレー菊400本。


 合計1,800本。


 作業台には、入荷した菊が次々と広げられていく。


 愛さんが告げた。


「本日の新規入荷です」

「おう」

「菊、1,800本です」

「多いな」

「お盆用です」

「おう」


 最初のケースが開けられた。


「おう」

「おう」

「おう」


 次のケース。


「おう!」

「おう!」

「おう!」


 さらに次のケース。


「おう‼」

「おう‼」

「おう‼」


 鏡が言った。


「……なんや、この職場」

「菊だ」

「それは分かるわ」

「おう」

「全員キクやないか」

「そうだな」


 キクは、新入りたちに声をかけた。


「おう」


「おう」

「おう」

「おう!」

「おう!」

「おう‼」

「おう‼」


「…………」


 鏡が言った。


「お前、誰に挨拶したん?」

「新入りだ」

「全員返事しとるで」

「元気だな」

「そういう問題ちゃうねん」


 そこへ、リンドウが運ばれてきた。


「おお、キク殿!」


「おう」

「おう」

「おう!」

「おう‼」


「…………」


 リンドウが言った。


「キク殿が大勢おられる」


「1,800本入荷したんや」

「何と!」

「昨日からの在庫もあるで」

「実に心強い!」


 鏡が言った。


「なあ、リンドウ」

「何でござるか」

「昨日からおるキク、分かる?」

「無論でござる」


 リンドウは、菊たちに呼びかけた。


「昨日からおられるキク殿は、どなたでござるか!」


「俺だ」

「俺だ」

「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」


 別のバケツからも声がした。


「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」

「俺だ」

「俺だ!」


「…………」


 鏡が言った。


「何人おんねん!」


 愛さんが答えた。


「昨日からの在庫は、大菊、小菊、スプレー菊合わせて52本です」


「52人も該当するんか!」


 リンドウが言った。


「では、昨日拙者と話したキク殿は?」


「俺だ」

「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」


「…………」


 鏡が言った。


「昨日おっただけで全員知り合いちゃうやろ!」


 キクが言った。


「俺は昨日もいた」


「それは分かっとる!」


 リンドウは、しばらく考えた。


「……皆、キク殿でござるな」


「諦めるの早いな!」


「どなたもキク殿であることに違いはござらん」


「まあ、そうやけど」


 キクが言った。


「俺は俺だ」


「俺も俺だ」

「俺も俺だ!」

「俺も俺だ‼」


「…………」


 鏡が言った。


「もう全員、俺やん」


 キクが言った。


「俺か、俺以外か」


「……ローランドか!」


 キクは答えた。


「おう」


 鏡が言った。


「まあ、言いたいことは分かるで。自分は自分、他は他ってことやろ?」


「おう」


「ほな、お前以外のキクは誰や?」


「俺以外だ」


 隣の大菊が言った。


「俺から見れば、お前が俺以外だ」


「おう」


 小菊が言った。


「俺から見ても、2人とも俺以外だ!」


 スプレー菊が続いた。


「俺以外が多すぎる‼」


「…………」


 鏡が言った。


「……全員、自分が基準なんか」


 キクが答えた。


「おう」


「ほな、1,800人おったら?」


「俺が1人、俺以外が1,799人だ」


「……計算は合っとるな」


 隣の大菊が言った。


「俺も1人、俺以外が1,799人だ」


 小菊が言った。


「俺も!」


 スプレー菊が言った。


「俺も‼」


「…………」


 鏡が言った。


「1,800人全員が、自分だけ特別やと思っとるんか!」


 キクが答えた。


「おう」


 リンドウが言った。


「皆、己を持っておられる。実に立派でござる!」


「……リンドウ、褒めるところちゃうで」


 キクが言った。


「俺は俺だ」


 隣の大菊が答えた。


「俺も俺だ」


 小菊が続いた。


「俺も俺だ!」


 スプレー菊が言った。


「俺も俺だ‼」


 鏡は、菊たちを見回した。


「……結局、誰が誰やねん」


 キクが答えた。


「俺だ」


「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」


「…………」


 鏡が言った。


「……全員ローランドやったら、区別つかへんやろ!」


 作業台では、水揚げの準備が始まっていた。


 店員が下葉を取り、20〜30本ずつ新聞紙に巻いていく。


 足元を切り揃え、湯揚げをする。


 菊たちは、束ごとにバケツの水につけられていった。


 お盆用に確保された売場には、観葉植物に代わって大量のバケツが並んでいる。


 鏡が言った。


「なあ、キク」

「なんだ」

「お前、今どの束におるん?」

「ここだ」

「どこや」

「俺のいるところだ」

「そらそうやろ!」


 隣の菊が言った。


「俺もここだ」


 別の菊も答えた。


「俺もここだ!」


「俺もここだ‼」


 鏡は黙った。


 しばらくして、言った。


「……せめて名前を変えへん?」


「なぜだ」

「全員キクやと区別つかへん」

「俺はキクだ」

「知っとるわ」

「変える必要はない」


 鏡は、白い大菊に声をかけた。


「ほな、お前は白キクな」


「おう」


 黄色い大菊。


「お前は黄キク」


「おう」


 赤い大菊。


「赤キク」


「おう」


 鏡が言った。


「これで3人は区別できるな」


 白い大菊たちが答えた。


「おう」

「おう」

「おう」


 黄色い大菊たちも答えた。


「おう」

「おう」

「おう」


 赤い大菊たちも答えた。


「おう」

「おう」

「おう」


「…………」


 鏡が言った。


「……色でもあかんか」


 キクが言った。


「見た目で区別するからだ」


「ほな、何で区別すんねん」


「中身だ」


「……中身?」


 白い大菊が言った。


「俺は真実だ」


 黄色い大菊が言った。


「俺は破れた恋だ」


 赤い大菊が言った。


「俺は愛だ」


「…………」


 鏡が言った。


「急に何の話や?」


 キクが答えた。


「花言葉だ」


「……花言葉?」


 白い小菊が言った。


「俺は純情だ!」


 スプレー菊が続いた。


「俺は気持ちの探り合いだ‼」


 鏡が言った。


「……ああ、そういうことか」


 白い大菊が言った。


「俺たちは違う」


「まあ、花言葉は違うな」


「見た目ではなく、中身を見ろ」


「……なんで俺が?」


「鏡だからだ」


「…………」


 キクが言った。


「鏡なら真実を映せるだろう」


「……は?」


「俺たちの本当の姿を見ろ」


 白い大菊たちが答えた。


「俺の真実を見ろ」

「俺の真実を見ろ」

「俺の真実を見ろ」


 黄色い大菊たちも続いた。


「俺の恋を知れ」

「俺の恋を知れ」


 赤い大菊たちが言った。


「俺の愛を見ろ」

「俺の愛を見ろ」


 小菊たちも加わった。


「俺の純情を見ろ!」

「俺の純情を見ろ!」


 スプレー菊たちが声を上げた。


「俺の内面を見ろ‼」

「俺の内面を見ろ‼」


 鏡が言った。


「待て待て待て!」


 菊たちは止まらなかった。


「俺を見ろ」

「俺を見ろ!」

「俺を見ろ‼」


「1,800人の中身なんか見てられるか!」


 キクが言った。


「鏡なのにか」


「鏡やからや!」


 愛さんが告げた。


「鏡に内面を映す機能はありません」


 鏡が言った。


「愛さん、もっと言うたって!」


 白い大菊が答えた。


「では、真実は映せないのか」


「見た目の真実なら映るわ!」


 キクが言った。


「外見で判断するな」


「……誰が言うとんねん」


「俺だ」


「俺だ」

「俺だ!」

「俺だ‼」


「…………」


 鏡は、バケツに並ぶ菊を見た。


 白。


 黄色。


 赤。


 ピンク。


 茶色。


 緑。


 色も形も違う。


 だが、全員キクだった。


 鏡が言った。


「……ほな、どうしたらええねん」


 キクが答えた。


「1人ずつ見ればいい」


「…………」


 鏡は、1,800本の菊を見た。


「……1人ずつ?」


「おう」


 白い大菊が言った。


「まず俺からだ」


 黄色い大菊が言った。


「俺もだ」


 小菊が言った。


「俺も!」


 スプレー菊が言った。


「俺も‼」


「…………」


 鏡が言った。


「……エントリーシート持ってこい!」



 お盆前。


 花屋には、1,800本の菊が入荷した。


 全員、採用済み。


 なお、鏡による人物評価は、まだ1人も終わっていなかった。





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