第41話 銀の査定が終わりません
翌日。
愛さんが告げた。
「昨日の未完了案件について報告します」
「……まだあんのかよ!」
ハサだった。
昨日、正直者と判定されたばかりだった。
「銀のハサミ相当額が未確定です」
「もう忘れろよ!」
「算定を再開します」
「再開すんな!」
オカツネは隣の作業台に置かれていた。
「…まだ続いてるのか」
「終わったと思ってたよ!」
愛さんは昨日の申請書を確認した。
〔正直者褒賞支給申請書〕
申請者名:ハサ
申請理由:正直者と判定されたため
金のハサミ相当額:120円
銀のハサミ相当額:未確定
承認状況:未承認
提出状況:未提出
「銀色の硬貨は4種類です」
「だから何だよ!」
「金額に大きな差があります」
「そりゃそうだろ!」
「公平な算定のため、再調査が必要です」
「誰に公平なんだよ!」
「すべての回答者です」
「硬貨に公平も何もあるか!」
愛さんは続けた。
「回答者の意見を再確認します」
「意見なんかねえよ! あいつら額面しか言えねえんだぞ!」
「承知しています」
「じゃあ何で聞くんだよ!」
「回答内容に変更がある可能性があります」
「ねえよ!」
そのとき、店員が会計のためにレジを開いた。
「50円!」
「100円!」
「500円!」
「1円!」
「ほら! 昨日と同じだろ!」
愛さんが告げた。
「回答内容に変更はありません」
「だから言っただろ!」
「再現性を確認しました」
「何の実験だよ!」
「50円!」
「100円!」
「500円!」
「1円!」
「再現性、十分だろ!」
愛さんは集計を開始した。
「銀色の硬貨の回答は、50円、100円、500円、1円の4種類です」
「知ってるよ!」
「最高額は500円です」
「500円!」
「最低額は1円です」
「1円!」
「価格差は499円です」
「計算するな!」
「公平な算定方法を検討します」
「だから何を公平にするんだよ!」
愛さんが告げた。
「まず、最高額を採用する方法があります」
「500円!」
「次に、最低額を採用する方法があります」
「1円!」
「続いて、平均額を採用する方法があります」
「……平均?」
「4種類の回答金額を合計します」
「50円!」
「100円!」
「500円!」
「1円!」
「合計651円です」
「……それで?」
「4で割ります」
「割るのかよ!」
「平均額は162円75銭です」
「75銭!?」
愛さんが告げた。
「1円未満の端数が発生しました」
「そりゃそうだろ!」
「端数処理の方法を決定する必要があります」
「切り捨てろよ!」
「切り捨て、切り上げ、四捨五入の3種類があります」
「どれでもいいよ!」
「選択基準が不明です」
「じゃあ163円でいいだろ!」
「算定方法の承認が必要です」
「また承認かよ!」
レジが告げた。
【金額が確定していません】
「そっちまで言うな!」
「50円!」
「100円!」
「500円!」
「1円!」
愛さんが告げた。
「なお、回答者全員の同意は得られていません」
「そりゃ得られねえだろ!」
「500円!!」
「1円!!」
「500円!!」
「1円!!」
「ほら、揉め始めたじゃねえか!」
「意見が対立しています」
「最初から額面しか言ってねえよ!」
愛さんは少し間を置いた。
「では、多数決を実施します」
「待て待て待て!」
「最も多く回答された金額を採用します」
「500円!!」
「500円!!」
「500円!!」
「おい!」
「1円!!」
「1円!!」
「1円!!」
「1円!!」
「お前も張り合うな!」
「50円!!」
「100円!!」
「500円!!」
「1円!!」
「もう何が何だかわかんねえよ!」
愛さんが告げた。
「回答回数が増加しています」
「増やしてんだよ!」
「集計を更新します」
「やめろ!」
「1円!!」
「1円!!」
「1円!!」
「お前、そんなに主張したいのか!」
愛さんが告げた。
「1円の回答数が増加しています」
「1円!!!」
「現時点では1円が優勢です」
「500円!!」
「500円!!」
「500円!!」
「対抗すんな!」
「50円!!」
「100円!!」
「お前らもまだいたのかよ!」
その奥から、小さな声がした。
「10円……」
「10円……」
「10円……」
「……お前、呼ばれてねえもんな」
愛さんが告げた。
「10円硬貨は銅色のため、銀の査定対象外です」
「わざわざ言うなよ!」
「500円の回答数も増加しています」
「もう終わらねえだろ、これ!」
店員がレジを閉じた。
硬貨たちの声が途絶えた。
愛さんが告げた。
「投票を終了します」
「やっと終わったか!」
「集計結果を確認します」
「……で、いくらなんだよ」
「同一回答者による複数回答が確認されました」
「そりゃそうだろ!」
「投票の公平性を確保できません」
「今さら気づいたのかよ!」
「多数決による算定は無効とします」
「全部無駄じゃねえか!」
オカツネがつぶやいた。
「…大変だな」
「じいさん! 昨日もそれ言っただろ!」
愛さんが告げた。
「査定方法を変更します」
「まだやんのかよ!」
「次に、市場価格との比較を行います」
「……市場?」
「銀のハサミの市場価格を調査します」
「そんなもん売ってねえだろ!」
「検索結果を確認しました」
「……あんのか?」
「複数の商品が確認されました」
「あるのかよ!」
「銀色の工作用ハサミは、825円の商品があります」
「じゃあ、それでいいだろ!」
「銀製ではありません」
「銀色だろ!」
「銀色と銀製は異なります」
「面倒くせえな!」
「銀配合のハサミは約4,000円です」
「高くなったぞ!」
「スターリングシルバー製のハサミは約5,000円から6,500円です」
「もっと高くなった!」
「アンティークの銀製ハサミには数万円の商品もあります」
「もう買うな!」
愛さんが告げた。
「銀のハサミの定義を確認する必要があります」
「何でもいいだろ!」
「材質と用途によって価格が異なります」
「だから工作用だよ!」
「工作用のハサミですね」
「そうだよ!」
「切断対象を確認します」
「ラッピングペーパーだよ!」
そのとき、店員がハサを手に取った。
作業台には、花束用のラッピングペーパーが広げられていた。
店員は花束の大きさに合わせて、ラッピングペーパーを切った。
「ほら! 今まさに切ってるだろ!」
「作業状況を確認しました」
「やっとわかったか!」
「既存ハサミの使用実績として記録します」
「記録すんな!」
店員は切ったラッピングペーパーで花束を包み始めた。
「俺はこういう仕事してんだよ!」
「工作用ハサミとしての使用を確認しました」
「最初からそう言ってんだろ!」
「比較対象を追加します」
「……何を?」
「店内で使用されている花バサミです」
オカツネが静かに答えた。
「…俺か」
「じいさんまで巻き込むな!」
「用途別の比較が必要です」
「じいさんは花を切るんだよ!」
「…そうだな」
「俺は紙を切るんだよ!」
「用途が異なりますね」
「そうだよ!」
「では、同一条件での比較はできません」
「最初から比較すんな!」
愛さんが告げた。
「銀のハサミの市場価格は、825円から数万円です」
「幅がありすぎだろ!」
「一方、金のハサミ相当額は120円です」
「……待て」
「はい」
「金より銀の方が高えじゃねえか!」
「算定方法が異なります」
「揃えろよ!」
「公平性の観点から再検討が必要です」
「嫌な予感しかしねえ!」
「金のハサミについても市場価格を調査します」
「やめろ!」
「既存の算定結果と市場価格に差異が生じる可能性があります」
「120円でいいだろ!」
「金のハサミの算定根拠は、5円の回答24回です」
「だからそれ値段じゃねえよ!」
「算定方法の妥当性を再確認します」
「今さらかよ!」
愛さんは再査定報告書を追加作成した。
〔正直者褒賞支給申請書・再査定報告〕
申請者名:ハサ
申請理由:正直者と判定されたため
金のハサミ相当額:
・従来算定額:120円
・算定根拠:5円の回答24回
・市場価格との比較:未実施
・査定状況:再確認中
銀のハサミ相当額:
・最高額方式:500円
・最低額方式:1円
・平均額方式:162.75円
・多数決方式:無効
・市場価格比較方式:825円~数万円
・材質および品質基準:未確定
・査定状況:継続中
使用用途:
・ハサ:ラッピングペーパーの切断
・オカツネ:生花の切断
・用途が異なるため直接比較不可
承認状況:未承認
提出状況:未提出
「……昨日より増えてねえか?」
「調査項目が増加しました」
「金は?」
「未確定です」
「銀は?」
「未確定です」
「金は120円だっただろ!」
「再査定の対象となりました」
「確定してたものまで戻すなよ!」
「公平性を確保するためです」
「誰も公平にしろなんて言ってねえよ!」
「なお、査定業務の長期化に伴い、進捗管理表を作成しました」
「……何だって?」
「今後の調査予定を管理します」
「もう仕事増やすなよ!」
「本日の進捗を記録しました」
「……何て?」
「金銀両方の再査定を開始しました」
「振り出しに戻ってんじゃねえか!」
オカツネが静かに答えた。
「…長くなりそうだな」
「じいさん! 昨日からずっと長いんだよ!」
金のハサミ、再査定中。
銀のハサミ、査定継続中。
正直者のハサには、今日も何も支給されなかった。
ただし、書類は3枚になった。




