第38話 使用頻度には季節差があります
花屋の作業台には、二つの輪ゴムの容器が並んでいる。
どちらも十センチ四方ほどの大きさで、中には輪ゴムがたっぷり入っていた。
片方は細い輪ゴム。
規格は#16。
通称、じゅうろくちゃん。
仏花やカジュアルフラワーを束ねるため、毎日のように使われている。
「あ、仕事!」
店員が一本取り出した。
「行ってきまーす!」
仏花が束ねられた。
また一本。
「行ってきまーす!」
カジュアルフラワーが束ねられた。
さらに一本。
「行ってきまーす!」
隣の容器から、低い声がした。
「……アンタ、本当によく働くわねえ」
「うん! デラックスちゃんも働こう!」
「アタシは必要になったら呼ばれるのよ」
「いつ?」
「必要になったらよ」
「今日?」
「……今日もあるわよ」
もう片方の容器に入っているのは、太い輪ゴム。
規格は#260。
通称、ゴムデラックス。
太く、堂々としている。
容器の中で動かずとも、妙な存在感があった。
口を開けば毒舌。
細かいことにはうるさいが、粗いことにもそこそこうるさい。
大きな仏壇花や、枝物を含む大型の花束を束ねるための資材である。
その仕事ぶりは確かだった。
ただし、出演依頼は少ない。
「デラックスちゃん、今日も待ってるの?」
「待ってるんじゃないの。待機してるのよ」
「同じじゃない?」
「違うわよ!」
「どう違うの?」
「……気持ちの問題よ!」
愛さんが言った。
「通常期の#260の使用量は、#16の一割から二割程度です」
「……アンタ、いちいち数字にしないでちょうだい」
「使用頻度の比較です」
「比較しなくていいのよ!」
「必要性と使用頻度は別の指標です」
「そう! それが言いたかったのよ!」
じゅうろくちゃんが聞いた。
「デラックスちゃん、年末はいっぱい働くんだよね?」
「そうよ! 松、千両、金柳、銀柳、梅、椿。太い枝物が山ほど来るんだから!」
「すごい!」
「お盆もお彼岸も忙しいわよ。大きな仏壇花にはアタシが必要なの」
「すごいね!」
「そうでしょう!」
「年末まであと何日?」
「…………」
「まだ?」
「まだよ!」
「じゃあ、今日は?」
「今日だって仕事はあるわよ!」
「何本?」
「アンタ、質問が多いわね!」
そのとき、店員が伝票ファイルを作業台に置いた。
ゴムデラックスの容器の上だった。
「…………」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん?」
「……ちょっと」
「どうしたの?」
「アタシの上に何か載ったわよ」
「伝票ファイルだよ!」
「……書類?」
「うん!」
「アタシは書類棚じゃないのよ!」
愛さんが言った。
「#260の容器が伝票ファイルの下にあります」
「そうよ!」
「容器の視認性が低下しています」
「わかってるなら何とかしなさいよ!」
「私は物を移動できません」
「役に立たない正論ね!」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、かくれんぼ?」
「隠れてないわよ!」
「見つからないね!」
「隠されてるのよ!」
しばらくして、店員が伝票ファイルを持ち上げた。
ゴムデラックスの容器が再び姿を現した。
「……やっとよ!」
ところが、今度は菊の束が作業台に置かれた。
ゴムデラックスの容器の上だった。
「…………」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、また見えなくなった!」
「今度は何よ!?」
「菊だよ!」
「今度は花置き場!?」
「お花屋さんだからね!」
「そういう問題じゃないのよ!」
愛さんが言った。
「本日二回目の被覆です」
「数えなくていいのよ!」
「容器の破損は確認されていません」
「アタシの気持ちは!?」
「確認できません」
「でしょうね!」
そのころ、作業台では大きな仏壇花が作られ始めていた。
菊、鉄砲ユリ、オリエンタルユリ、グラジオラス。
通常の仏花よりもずっと大きな束だった。
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、大きな仏壇花だよ!」
「……そうなの?」
「うん! ユリもグラジオラスも入ってる!」
「じゃあ、アタシの出番じゃない!」
店員が太ゴムを取ろうとした。
いつもの場所には、菊の束が置かれている。
太ゴムの容器が見当たらない。
店員は作業台の端を確認した。
引き出しを開けた。
「ちょっと! ここよ!」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、探されてる!」
「そうでしょうね!」
「人気者だね!」
「そういう人気はいらないのよ!」
店員は作業台の下も確認した。
「アタシはここよ! 菊の下!」
愛さんが言った。
「探索対象の直上に花材が置かれています」
「アンタ、店員に教えてあげなさいよ!」
「店員には私の声が聞こえません」
「……本当に役に立たないわね!」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、出番なのに出られないね!」
「そうなのよ!」
「舞台に立てないね!」
「……アンタ、どこでそんな言葉覚えたのよ!」
やがて店員が菊の束を持ち上げた。
太ゴムの容器が現れた。
「……やっと見つけたわね!」
店員がゴムデラックスを一本取り出した。
「さあ、行くわよ!」
大きな仏壇花が束ねられた。
「どうよ!」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、かっこいい!」
「当然よ!」
「でも、ずっと菊の下にいたね!」
「そこは忘れなさい!」
続いて、別の仏壇花が作られた。
ゴムデラックスがまた一本取り出された。
「ほら、またよ!」
「デラックスちゃん、忙しいね!」
「そうよ!」
「じゅうろくちゃんも忙しい!」
「アンタは朝からずっとでしょうが!」
しばらくして、作業台にピンクのガーベラが置かれた。
「今日もかわいい私♡」
ゴムデラックスが声をかけた。
「あら、ガーベラじゃない」
「デラックスちゃん♡」
「今日もご機嫌ねえ」
「うん! かわいい?」
「かわいいわよ」
「やった♡」
じゅうろくちゃんが聞いた。
「デラックスちゃん、ガーベラも束ねる?」
「この子にはアタシは太すぎるわね」
「どうして?」
「強く締めたら茎が傷むことがあるのよ」
ガーベラが言った。
「痛いのはやだ♡」
「でしょうねえ」
「でも、デラックスちゃんはかわいいよ♡」
「……ありがとう」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、褒められたね!」
「そうね」
「今日は仏壇花も束ねたね!」
「そうよ! ちゃんと働いてるのよ!」
「でも、さっきまで菊の下だったね!」
「そこに戻さないでちょうだい!」
次に、カスミ草が作業台に置かれた。
「あら〜、デラックスさん〜」
「何よ」
「今日も待機なのね〜」
「さっきまで働いてたわよ!」
「あら〜、気づかなかったわ〜」
「……それが一番傷つくのよ!」
店員がカスミ草を手に取った。
花バサミが入る。
一本だったカスミ草が、三本に切り分けられた。
「あら〜」
「あら〜」
「あら〜」
ゴムデラックスが言った。
「……相変わらず賑やかねえ」
三本のカスミ草が、同じ調子で話し始めた。
「元気出してね〜」
「元気出してね〜」
「元気出してね〜」
「……ありがとう」
「きっと出番が来るわよ〜」
「きっと出番が来るわよ〜」
「きっと出番が来るわよ〜」
「だから、さっき働いたのよ!」
「いつかはわからないけど〜」
「いつかはわからないけど〜」
「いつかはわからないけど〜」
「そこは三人そろって言わなくていいのよ!」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、三人に応援されてる!」
「……ありがたいわね……」
愛さんが言った。
「慰める人数は三倍になりましたが、#260の使用頻度に変化はありません」
「アンタまで追い打ちかけないでちょうだい!」
三本のカスミ草は、さらに続けた。
「大丈夫よ〜」
「大丈夫よ〜」
「大丈夫よ〜」
「……ええ、ありがとう」
「必要とされてるもの〜」
「必要とされてるもの〜」
「必要とされてるもの〜」
「そうなのよ!」
「たまには〜」
「たまには〜」
「たまには〜」
「最後の一言、いらないのよ!」
店員が三本のカスミ草をアレンジメントへ挿した。
「お先に失礼するわね〜」
「お先に失礼するわね〜」
「お先に失礼するわね〜」
「……しっかり働いてらっしゃい」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、優しいね!」
「どこがよ!」
「怒らなかった!」
「十分怒ったわよ!」
午後になった。
店員が伝票ファイルを確認し、作業台へ戻した。
またしても、ゴムデラックスの容器の上だった。
「…………」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、また見えなくなった!」
「……ちょっと待ちなさいよ」
「またファイルだよ!」
「またアンタ!?」
愛さんが言った。
「本日三回目の被覆です」
「アタシが数えてるんだから、アンタは数えなくていいのよ!」
そのとき、店員が別の大きな仏壇花を作り始めた。
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、また仏壇花だよ!」
「……また?」
「うん! 大きいよ!」
「アタシの出番じゃない!」
店員が太ゴムを探し始めた。
「……また探してるの?」
じゅうろくちゃんが言った。
「うん!」
「まったく、アタシを何だと思ってるのよ!」
店員は作業台を見回した。
そして、伝票ファイルを持ち上げた。
太ゴムの容器が見つかった。
「……やっとよ!」
店員が一本取り出した。
仏壇花が束ねられた。
「ほら! アタシじゃなきゃダメなのよ!」
じゅうろくちゃんが言った。
「うん! デラックスちゃん、すごい!」
「そうでしょう!」
「でも、今日三回も隠れたね!」
「アタシが隠れたんじゃないわよ! 隠されたのよ!」
愛さんが言った。
「原因は作業台上の資材配置です」
「そう! それが言いたかったのよ!」
「改善が必要です」
「店員に言ってちょうだい!」
夕方。
作業台には、二つの輪ゴムの容器が並んでいた。
どちらも、元の位置に戻っている。
じゅうろくちゃんが言った。
「今日もいっぱい働いたね!」
「そうね」
「明日もいっぱい働こうね!」
「もちろんよ」
「デラックスちゃんも?」
「必要になったら出るわよ」
「明日も隠れる?」
「……やめなさい、その話!」
愛さんが言った。
「#260は、使用頻度は低いものの、大きな仏壇花や大型の花束には必要です」
「そうなのよ!」
「必要性と使用頻度は別の指標です」
「そう! それが言いたかったのよ!」
「本日の使用本数は、#16を大きく下回っています」
「…………」
じゅうろくちゃんが言った。
「デラックスちゃん、また比べられたね!」
「聞こえてるわよ!」
愛さんが続けた。
「なお、容器が物の下に隠れた回数は#260が上回っています」
「そんな数字まで数えなくていいのよ!」




