第37話 定期的な声掛けを実施します
鏡は、昨日の反省をしていた。
店員の配置は変えられなかった。
障害物も設置できなかった。
セーブポイントも、分身も、時間制限も採用されなかった。
接客時間は、無制限のままだった。
「解決策を思いついたで!」
「またか」
「今回は設備費ゼロや」
「珍しいな」
「人員も増やさへん」
「それで?」
「五分おきに褒めるんや」
「誰を」
「お客さんや」
「何でだ」
「五分ごとに褒められたら、さすがに気づくやろ」
「何に?」
「時間が経っとることに!」
鏡は説明を始めた。
「五分経過。素晴らしいお話ですね!」
「…………」
「十分経過。本当にお話がお上手ですね!」
「…………」
「十五分経過。まだまだ話題が尽きませんね!」
「…………」
「二十分経過。これほど長くお話しできるなんて才能です!」
「褒めてるのか、それ」
「もちろんや!」
「だんだん嫌味になってるぞ」
「そこが重要なんや!」
愛さんが言った。
「称賛の回数と退店時間の関係は確認できません」
「せやけど、気づくやろ」
「何にですか」
「そろそろ帰った方がええってことに」
「退店の意思表示がありません」
「直接言うたら角が立つやろ!」
「では、意思表示をしてください」
「せやから、それができへんのや!」
キクが言った。
「そもそも、誰が五分おきに褒めるんだ」
「NPCや」
「店員には聞こえないぞ」
「…………」
「どうするんだ」
「うちらで練習する」
「何の練習だ」
「褒め言葉のバリエーションや!」
鏡は張り切っていた。
「二十五分経過。お話の持久力が素晴らしいですね!」
「…………」
「三十分経過。ここまで続けられる方はなかなかいません!」
「…………」
「三十五分経過。もうすぐ四十分の大台ですね!」
「それはもう褒めてないだろ」
「四十分経過。記録更新おめでとうございます!」
「記録を更新させるな!」
愛さんが言った。
「四十分は昨日と同じ記録です」
「…………」
「更新ではありません」
「そこを訂正せんでええ!」
鏡は考えた。
「褒め方が足りへんのかもしれん」
「十分嫌味だったぞ」
「もっと自然に褒めるんや」
「自然に?」
「五分経過。今日もお元気ですね!」
「普通だな」
「十分経過。お話に熱意がありますね!」
「まあな」
「十五分経過。お時間に余裕があるんですね!」
「…………」
「二十分経過。お忙しくないんですね!」
「失礼になってきたぞ」
「二十五分経過。ほかにご予定はないんですか!」
「もう質問だろ」
愛さんが言った。
「お客様の予定は確認できません」
「確認したいんちゃう!」
「では、質問を取り消してください」
「…………」
鏡は再び考えた。
「ほな、褒める対象を変える」
「何を褒めるんだ」
「時間や」
「時間?」
「五分経過。素晴らしい五分間でした!」
「…………」
「十分経過。充実した十分間ですね!」
「…………」
「十五分経過。時間の使い方がお上手ですね!」
「…………」
「二十分経過。貴重なお時間をありがとうございます!」
「それなら接客で使えそうだな」
「せやろ!」
愛さんが言った。
「経過時間に対する評価基準がありません」
「褒めとるだけや!」
「評価の根拠が不明です」
「気持ちの問題や!」
「気持ちは計測できません」
「…………」
キクは少し考えた。
「そもそも、五分おきに褒められたらどうなるんだ」
「そろそろ帰ろうって思うやろ」
「本当にそうか?」
「せや」
「褒められて嬉しくなる客もいるんじゃないか」
「…………」
「もっと話したくなるかもしれないぞ」
「…………」
愛さんが言った。
「称賛によって会話時間が延長される可能性があります」
鏡は黙った。
「ほな、褒めるのをやめる」
「早いな」
「代わりに時間だけ知らせる」
「どうやって」
「五分経過しました」
「…………」
「十分経過しました」
「…………」
「十五分経過しました」
「ただの時報だな」
「二十分経過しました」
「止まらないぞ」
「二十五分経過しました」
「もういいだろ」
「三十分経過しました」
「誰か止めろ!」
愛さんが言った。
「三十五分経過しました」
「愛さんまで参加せんでええ!」
「四十分経過しました」
「止まって!」
「接客時間の上限は設定されていません」
「知っとるわ!」
鏡は黙った。
キクも黙った。
しばらくして、客が店に入ってきた。
商品を見た。
店員に近づいた。
何かを話し始めた。
鏡は時計を見た。
五分。
十分。
十五分。
客はまだ話していた。
「…………」
「褒めへんのか」
「誰が褒めるんだ」
「NPCや」
「店員は普通に接客してるぞ」
「…………」
二十分が経過した。
客はまだ話していた。
鏡は小さくつぶやいた。
「お話がお上手ですね……」
当然、客には聞こえなかった。
二十五分。
三十分。
店員は何度か作業に戻ろうとした。
そのたびに客が話しかけた。
「…………」
「まだ帰らへんな」
「そうだな」
「褒めたら気づくと思うんやけどな」
「店員には聞こえないぞ」
「…………」
三十五分。
客がようやく店を出ていった。
商品は買わなかった。
「…………」
「帰ったな」
「帰ったで」
「三十五分か」
「昨日より五分短いな」
愛さんが言った。
「接客時間は四十分未満です」
「…………」
「昨日の条件を満たしています」
「…………」
「接客時間が五分短縮されました」
鏡は少し考えた。
「つまり、成功やな!」
「何もしてないだろ!」
愛さんが言った。
「改善策の実施は確認できません」
「…………」
「短縮の原因は不明です」
「…………」
「効果は検証できません」
鏡は黙った。
結局、五分おきに褒める仕組みは導入されなかった。
店員は、いつもどおり接客していた。
ただし、鏡だけは五分おきに時計を見るようになった。
接客時間の管理は、鏡の中だけで始まっていた。




