第34話 一本で間に合います
店員が、作業台に白いカスミ草を一本置いた。
「あら、今日は私なのね〜」
その前には、作りかけの花束が三つ並んでいる。
バラの花束。
カーネーションの花束。
もう一つも、バラとカーネーションの花束。
花バサミのオカツネが持ち上げられた。
カスミ草の茎に刃が入る。
ぱちん。
ぱちん。
一本だったカスミ草が、三つに分かれた。
「あら、三つになったわね〜」
「あら、三つになったわね〜」
「あら、三つになったわね〜」
キクと鏡が見ていた。
「増えたな」
「増えたな」
オカツネがぼそりと言った。
「…切った」
三つに分かれたカスミ草は、それぞれ別の花束に入れられた。
「あら、私はこっちなのね〜」
「あら、私はこっちなのね〜」
「あら、私はこっちなのね〜」
「まだ同じこと言ってるな」
「さっきまで一人やったからな」
しばらくして、一つ目の花束が売れた。
「あら、お出かけね〜」
「いってらっしゃい〜」
「いってらっしゃい〜」
キクが見た。
「…………違ったな」
「そら、行くやつと残るやつやからな」
やがて、二つ目の花束も売れた。
「あら、私もお出かけね〜」
「いってらっしゃい〜」
売場には、一人だけ残った。
「あら、私だけなのね〜」
キクが言った。
「寂しくないのか」
「あら、みんな元気ならいいのよ〜」
鏡が言った。
「ええおばちゃんやな」
「おう」
翌日。
店員が、新しい白いカスミ草を一本、作業台に置いた。
「あら、今日はここなのね〜」
今度は三つのアレンジメントが作られている。
一つにはガーベラ。
一つにはバラ。
もう一つにはカーネーション。
オカツネが持ち上げられた。
ぱちん。
ぱちん。
ぱちん。
カスミ草が六つに分けられた。
「あら、六つになったわね〜」
「あら、六つになったわね〜」
「あら、六つになったわね〜」
「あら、六つになったわね〜」
「あら、六つになったわね〜」
「あら、六つになったわね〜」
キクが言った。
「今日は多いな」
「六人姉妹や」
「元は一人だろ」
「細かいこと気にすんなや」
三人のカスミ草が、ガーベラのアレンジメントに入った。
「あら、ここなのね〜」
「あら、ここなのね〜」
「あら、ここなのね〜」
ガーベラが三人を見た。
「わあ♡ ふわふわ♡」
「あら、そうねえ〜」
「あら、そうねえ〜」
「あら、そうねえ〜」
「ねえねえ♡ 私、もっとかわいくなった?」
「あら、かわいいわよ〜」
「あら、かわいいわよ〜」
「あら、かわいいわよ〜」
「やっぱり♡」
キクが言った。
「聞く前から決まってただろ」
「うん♡」
「じゃあ聞くな」
「だって聞きたいもん♡」
鏡が言った。
「強いな」
「おう」
二人のカスミ草は、バラのアレンジメントへ入った。
「あら、こちらなのねえ〜」
「あら、こちらなのねえ〜」
二人は、バラの別々の位置に挿された。
「…………」
「あら、静かな子ねえ〜」
「あら、静かな子ねえ〜」
「…………そうだな」
「あら、無理して喋らなくていいのよ〜」
「あら、無理して喋らなくていいのよ〜」
「…………助かる」
最後の一人は、カーネーションのアレンジメントへ入った。
「あら、私はこっちなのね〜」
カーネーションが言った。
「一人でも十分ふわふわしてるわね」
「あら、そうかしら〜」
「してるしてる。このくらいでちょうどいいわ」
「あら、よかったわ〜」
「ええ。助かるわ」
キクが言った。
「馴染むの早いな」
「仕事だもの」
「おう」
三つのアレンジメントが売場に並んだ。
しばらくして、ガーベラのアレンジメントが売れた。
「お出かけだって♡」
「いってきますねえ〜」
「いってきますねえ〜」
「いってきますねえ〜」
バラのところにいる二人が言った。
「いってらっしゃい〜」
「いってらっしゃい〜」
カーネーションのところにいる一人が言った。
「気をつけてねえ〜」
キクが見送った。
「組ごとに違ってきたな」
「行った先が違うからやろ」
「切られたときは全部同じだったのにな」
「そういうもんやろ」
そのとき、一人のお客様が、バラと二人のカスミ草が入ったアレンジメントを指さした。
バラをもう少し目立たせたいらしい。
店員がアレンジメントを作業台へ運んだ。
同じ一本から分かれた二人のカスミ草は、アレンジメントの別々の位置に挿されていた。
店員は、そのうち一人をそっと抜いた。
「あら、私がお役御免なのね〜」
「あら、私は残るのねえ〜」
キクが二人を見た。
「…………違ったな」
「ここで別れたからな」
バラが言った。
「…………すまない」
抜かれたカスミ草が答えた。
「あら、どうして謝るの〜?」
「…………俺を目立たせるためだろ」
「あら、あなたは悪くないわ〜」
「…………」
「きれいに咲いているんだもの。堂々としていてね〜」
「…………ああ」
残ったカスミ草が言った。
「あら、お疲れさまねえ〜」
「いいのよ〜。お客様の好きな形が一番よ〜」
「そうねえ〜」
店員がバラの向きを整えた。
残ったカスミ草が言った。
「あら、きれいになったわねえ〜」
抜かれたカスミ草が答えた。
「あなたも元気でねえ〜」
「ありがとうねえ〜」
バラも言った。
「…………お前もな」
キクが二人のカスミ草を見た。
「…………さっきまで同じこと言ってたのにな」
「今は別々や」
「ずいぶん普通に別れていくな」
「おばちゃんやからな」
「関係あるのか」
店員が、調整したアレンジメントを持ち上げた。
残ったカスミ草が言った。
「私が行ってくるわねえ〜」
抜かれたカスミ草が答えた。
「いってらっしゃい〜」
バラが小さく言った。
「…………世話になった」
「あら、こちらこそ〜」
アレンジメントは、そのままお客様のもとへ運ばれていった。
抜かれたカスミ草だけが、作業台に残った。
その隣には、花バサミのオカツネが置かれている。
「あら、おじいさま。お疲れさまねえ〜」
「…ああ」
「いつもありがとうねえ〜」
「…………」
少しだけ、間があった。
「(*-灬-)✂」
キクが見た。
「じいさん、なんか嬉しそうだな」
「…そうか」
鏡が言った。
「褒められ慣れてへんのやろ」
「…知らん」
その後、店員が短い花材を集め始めた。
短いバラ。
短いカーネーション。
作業台に残っていたカスミ草も手に取られ、長さと状態を確認される。
アレンジメント用に短く切られてはいたが、ミニブーケになら十分使える。
「あら、今度はこっちなのねえ〜」
短いバラとカーネーションが束ねられる。
そこへカスミ草が添えられた。
ふわっ。
店員が全体をまとめた。
もふっ。
「…………」
バラが、カスミ草の中に埋まった。
「あら」
「…………狭い」
キクが見た。
「バラが消えそうだぞ」
鏡も見た。
「包まれとるな」
「あら、仲良しよねえ〜」
「…………近い」
店員がカスミ草の位置を少し直した。
ふわふわした白い花の間から、バラが出てきた。
「あら、出てきたわねえ〜」
「…………ああ」
キクが言った。
「さっきのバラとはずいぶん違うな」
鏡が答えた。
「あっちは気にしとったからな」
「こっちは埋まってる」
「せやな」
バラが小さく言った。
「…………もう少し離れてくれ」
「あら、ごめんなさいねえ〜」
「…………いや」
カスミ草は動けない。
「…………お前のせいじゃなかったな」
「あら、そうねえ〜」
鏡が言った。
「店員次第やな」
「おう」
店員は形を整えると、ミニブーケを紙で包んだ。
「あら、できたわねえ〜」
「…………今度は見えてる」
「あら、よかったわねえ〜」
ミニブーケが売場へ運ばれた。
その近くには、カーネーションのアレンジメントがまだ残っていた。
そこにいるカスミ草は、今朝、同じ一本から分かれた一人だった。
「あら、あなた、こっちに来たのねえ〜」
「あら、そうなのよ〜」
「あら、また会えたわねえ〜」
「あら、うれしいわねえ〜」
朝には同じ言葉を話していた二人だった。
今は、それぞれ違う場所で、違う時間を過ごしている。
キクが言った。
「今は別の商品だぞ」
「あら、そうねえ〜」
「離れてるしな」
「あら、そうねえ〜」
「じゃあ別々だろ」
「あら、みんな一緒よ〜」
もう一人も言った。
「あら、気持ちは一緒よ〜」
「…………よくわからん」
鏡が言った。
「ええやん。本人らがええなら」
キクは、カーネーションのところにいるカスミ草を見た。
「お前、一人で残ってたんじゃないのか」
「あら、そうよ〜」
「寂しくないのか」
「あら、どうして〜?」
カスミ草が、キクの方を見た。
「あなたたちがいるじゃない〜」
「…………俺?」
鏡が笑った。
「キク、仲間に入れられたで」
「俺は入ってない」
「あら、遠慮しなくていいのよ〜」
「遠慮じゃない」
ミニブーケのカスミ草も言った。
「あら、みんな一緒よ〜」
「違う」
「あらあら〜」
「あらあら〜」
作業台では、オカツネが静かに置かれていた。
カスミ草が言った。
「あら、おじいさまも一緒ねえ〜」
「あら、そうねえ〜」
鏡が言った。
「じいさん、うれしそうやな」
キクがオカツネを見た。
「…………そうだな」
売場では、ミニブーケのバラが白いカスミ草の間から顔を出していた。
「…………」
店員がミニブーケの向きを直した。
もふっ。
「…………また埋まった」
「あら、仲良しよねえ〜」
キクが言った。
「近いだけだろ」
「あらあら〜」
鏡が、売場を見渡した。
「しかし、一本でよう働くな」
キクも見た。
「六つに切られて、三か所に入って、一つは別の商品に再配属だぞ」
「あら、そうねえ〜」
「そうねえ〜、じゃないだろ」
鏡が言った。
「一本で間に合いすぎやな」
「あら、よかったわねえ〜」
「本人がいいならいいのか……?」
店員がミニブーケを持ち上げると、カスミ草がまたバラにかぶさった。
「…………狭い」
一本で、十分すぎるほど間に合っていた。




