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花屋は本日も通常営業です  作者: 花束 ねる


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22/50

第22話 トルコでもキキョウでもありません

 

 店員が、新しい花の入ったバケツを運び込んだ。


 1つ。


 2つ。


 3つ。


 まだ来た。


「本日の入荷です」

 愛さんが告げた。

「トルコキキョウ、60本入荷しました。ピンク40本、紫10本、白10本です」

 キクがバケツを見た。

「…………多いな」

「はい」

「全部で60本か」

「はい」

「見た目より多いな」

「はい」


 1本の茎が途中から枝分かれしている。


 中ほどには、大きく開いた花。


 その上には少し小さな花。


 さらに上へ伸びた枝の先には、まだ固いつぼみがついていた。


 店員がバケツから3本を抜き、そのうちの1本の花をチェックし始めた。


 キクが声をかけた。

「トルコキキョウか」


「はい」

「そうどすえ」

「トルコキキョウどす」

「うちもどす」

「そうどす」


「…………」


 キクは店員が手にしている1本を見た。

「今、5人返事したな」


「5人どすえ」

「おります」

「うちはまだつぼみどす」

「そちらさん、よう開きましたなあ」

「いやや、そちらさんこそ」


「…………」


 店員は次の1本を手に取った。


「そっちは」


「3人どす」

「うちのことやろか」

「たぶん、うちらどすなあ」


「…………」


 店員は3本目を手に取った。


「6人おります」

「うちもおりますえ」

「こちらにもおります」

「下にもおりますえ」

「上にもおります」

「賑やかどすやろ」


「………………」


 店員は3本の状態を確認すると、予約用のバケツへ取り分けた。


 残ったトルコキキョウは、何本も同じバケツにまとまっている。


 キクはバケツを見た。

「愛さん」

「はい」

「何人来た」

「60本です」

「それは本数だ」

「はい」

「人数は」

「分かりません」

「…………」

「60本です」

「それは分かってる」


 隣のバケツから、リンドウが声をかけた。

「トルコキキョウ殿でござるか」


「まあ、リンドウはん」

「ご機嫌よろしゅう」

「今日はお隣どすなあ」

「青が綺麗どすえ」

「よう映えてはりますなあ」


「拙者は青でござるが、そなたらは今日は撫子色が多いのでござるな」


「そうどすえ」

「今日は撫子色がぎょうさんおります」

「白もおりますえ」

「紫もおります」

「賑やかどすなあ」


「ほう。華やかでござるな」


「リンドウはんも撫子色がありますやろ?」


「うむ。今はいないが、紅藤色もおるでござる」


「まあ、お揃いどすなあ」


「左様でござるな」


「…………」


 キクがリンドウを見た。

「今、誰と喋ってた」

「トルコキキョウ殿でござる」

「どのトルコキキョウだ」

「バケツにおるトルコキキョウ殿たちでござる」

「何人だ」

「知らぬでござる」

「…………それで喋れるのか」

「喋れておるでござるが」

「…………」


 キクはバケツにいる1本のトルコキキョウを見た。

「そこの」


「はい」

「うちどす?」

「なんどす?」


「1人だけ聞いてる」


「どなたどす?」

「うちやろか」

「どの子やろ」


「…………」


 キクは黙った。


 鏡に、1本のトルコキキョウとキクが映っていた。

「誰に聞いたん?」

「…………分からん」

「お前も分からんのかい」

「1本に聞いた」

「5人おるやん」

「だから困ってる」

「知らんがな」

「…………」

「でも、言葉通じるだけええやん」

「そうか」

「こないだなんか、5,500円に聞いとんのに、札も硬貨も全部返事しよったんやぞ」

「おう」

「10,000円も1,000円も100円も10円も5円も1円もや。誰も聞いとらんのに」

「そうか」

「しかも自分の金額しか言わへん」

「おう」

「こいつら、ちゃんと会話できるんやろ」

「できる」

「ほな楽勝やろ」

「聞いてみろ」

「なんで俺が」

「楽勝なんだろ」

「…………」

「…………」

「ほな、聞いてみるわ」


 鏡に、1本のトルコキキョウが映っていた。

「ほな、そこの一番開いとる花。お前や」


「うちどす?」

「うちやろか」


「2人返事したぞ」


「どちらどす?」

「どっちやろ」


「ちゃうちゃう。鏡に一番近いやつ。お前や」


「うちどすか?」


「そう。お前や」


「なんどす?」


「…………やっと1人になったな」


 キクは黙っていた。


「まあええわ。ほな名前。お前ら、名前なんて言うん?」


「トルコキキョウどすえ」

「トルコキキョウどす」

「うちもトルコキキョウどすえ」

「トルコキキョウです」

「トルコキキョウどす」


「…………」


 鏡が言った。

「今度は5人とも答えたぞ」


「おう」


「5人とも同じ答えやけど」


「おう」


「…………」

「…………」


 鏡が言った。

「現金より会話はできるな」

「そうか」

「できるけど、誰が誰かは全然分からんな」

「だから困ってる」


 その間も、隣のトルコキキョウから声が続いていた。


「さっきのお客さん、ずっと仏花見てはりましたなあ」

「お供えやろか」

「そこまでは分かりまへんなあ」

「店員さん、また新聞巻いてはる」

「何本巻かはるんやろ」

「数えてみます?」

「途中で分からんようなりますえ」


 別の1本からも声が重なる。


「リンドウはん、姿勢ええなあ」

「しゃんとしてはります」

「あちらのバラはん、トゲ取ってもろてましたえ」

「痛ないんやろか」

「慣れてはるんちゃいます?」

「聞いてみます?」

「忙しそうどすえ」


 さらに、その隣のバケツからも声がする。


「あの棚、空いてますなあ」

「何置かはるんやろ」

「うちらちゃいます?」

「ぎょうさんおりますしなあ」

「全部置けるやろか」

「詰めたらいけますやろ」

「詰めすぎは嫌どすえ」

「それはそうどすなあ」


 鏡に、いくつものバケツが映っていた。

「なあ」

「なんだ」

「1本に何人おるんやった」

「3人とか5人とか6人とか」

「このバケツ、何本入っとる」

「知らん」

「10本くらいあるぞ」

「そうか」

「向こうにもあるぞ」

「おう」

「…………」

「…………」

「現金より喋るやん」


 しばらくして、オリエンタルユリが声をかけた。

「トルコキキョウか」


「まあ、お方様」

「ご機嫌よろしゅう」

「今日も立派どすなあ」

「つぼみもぎょうさんありますなあ」

「よう目立ってはります」


「うむ。そなたらは今日も多いな」


「今日はぎょうさんおりますえ」

「ピンクが多いどすなあ」

「紫もおります」

「白もおりますえ」

「賑やかどす〜」


「うむ」


 キクがオリエンタルユリを見た。

「お方様」

「なんじゃ」

「誰と喋ってる」

「トルコキキョウじゃ」

「どれだ」

「そこにおるであろう」

「何人いる」

「知らぬ」

「…………それで喋れるのか」

「喋れておるが」

「…………」

「何か問題があるのか」

「…………ない」


 鏡が言った。

「また普通に喋っとったな」

「おう」

「リンドウも普通やったな」

「おう」

「人数、誰も分かってへんぞ」

「おう」

「なんで喋れんねん」

「知らん」

「…………俺らだけ、何人おるか気にしとんのちゃうか」

「…………」


 昼前。


 トルコキキョウのバケツから声が続いていた。


「あの値札、ちょっと斜めどすなあ」

「ほんま?」

「右が下がってますえ」

「よう見てはりますなあ」

「暇どすから」

「直してもらいます?」

「誰に?」

「店員さんに」

「どうやって言いますの」

「…………無理どすなあ」


 別のバケツから声が重なる。


「さっき電話鳴ってましたなあ」

「長かったどすなあ」

「注文やろか」

「配達ちゃいます?」

「聞こえました?」

「全然」

「ほな分かりまへんなあ」

「そうどすなあ」


 その向こうでは、別の話が始まっていた。


「あちらのパキラはん、あの場所なんやろか」

「そうちゃいます?」

「落ち着いてはりますなあ」

「あっちの方におるんは、どちらさんやろ」

「あの葉っぱ、ちょっと少のうなってる子?」

「そうそう」

「ベンジャミンはんちゃいます?」

「そういうお名前どすか」

「たぶん」

「あとで聞いてみます?」

「そうしましょか」


 さらに別の1本から声が飛ぶ。


「鏡の中のキクはん、まだこっち見てはりますえ」

「ほんまや」

「何見てはるんやろ」

「うちらやろか」

「ずいぶん熱心どすなあ」

「気になるんちゃいます?」

「何がやろ」


「…………」


 鏡が言った。

「今、俺らの話しとるぞ」

「おう」

「こっちが観察されとるやん」

「おう」

「誰が言うたん?」

「知らん」

「…………もうええわ」


 それでも、トルコキキョウの話は続いていた。


「さっき床に葉っぱ落ちはりましたえ」

「誰のやろ」

「うちらちゃいます」

「細長かったどすなあ」

「ほな違いますなあ」

「掃除されるやろか」

「そのうちされますやろ」


 冷蔵庫の扉が開いた。


「冷蔵庫、開きましたえ」

「涼しそうどすなあ」

「入りたい?」

「うちはここでええどす」

「うちも」

「冷えすぎるんも困りますしなあ」


 扉が閉じた。


 話題だけが、そのまま次へ移った。


「向こうの輪ゴム、よう積んでありますなあ」

「あれ全部使うんやろか」

「花束に使わはるんちゃいます?」

「よう伸びますなあ」

「切れへんのやろか」

「知らんけど」


 鏡に、いくつものバケツが映っていた。

「…………よう喋るな」

「おう」

「2人で喋っとると思ったら、途中から3人入ってくるやろ」

「おう」

「5人やと思っとったら、いつの間にか8人になっとる」

「おう」

「気づいたら10人くらい喋っとる」

「おう」

「しかも全員が同じ話しとるわけちゃうねん」

「おう」

「こっちの2人は値札の話、そっちの3人は電話の話、残りは隣のバケツと喋っとる」

「おう」

「誰と誰が喋っとるか、もう分からへん」

「おう」

「…………」

「…………」

「現金は全員こっちに喋ってきたけど、こいつら勝手に会話増やしよる」

「そうか」

「…………こっちの方がしんどいわ」

「おう」


 キクがトルコキキョウのバケツを見た。

「なあ、お前たち」


「なんどす?」

「はい」

「うちらどすか?」

「聞いてますえ」

「なんでしょう」

「なんどす?」

「はいはい」

「何かありました?」

「うちらのことやろか」


「…………」


 鏡が言った。

「増えたな」

「おう」


 キクが続けた。

「お前たち、トルコから来たのか」


「違いますえ」

「長野から来ました」

「うちも長野どす」

「トルコちゃいます」

「名前には入ってますけどなあ」


「…………」


 鏡が言った。

「長野なん?」


「そうどすえ」


「トルコちゃうんか」


「ちゃいます」


「名前に入っとるやん」


「入ってますなあ」


「なんでや」


「なんでも、つぼみがトルコの人が巻くターバンに似てるかららしいどすえ」

「うちはトルコ石の色からやって聞きましたけど」

「トルコブルーいう話もありますなあ」

「どれがほんまなんやろ」

「さあ」


「キキョウは?」


「昔の一重の花がキキョウに似てたかららしいどすえ」

「そう聞きましたなあ」

「うちらもよう知りまへん」


「…………」


 鏡が言った。

「なんや、えらい適当やな」


「愛さん」

「はい」

「結局、どこの花なんだ」

「原産地は北アメリカです。今回の生産地は長野県です」

「…………北アメリカ」

「はい」


 鏡が言った。

「長野から来て、名前はトルコで、生まれは北アメリカなん?」


「そうなります」


「…………」

「ほな、キキョウなん?」


「違いますえ」

「キキョウ科やおへん」

「うちらリンドウ科どす」

「リンドウはんの親戚どすえ」


「…………」


 キクがリンドウを見た。

「本当か」

「左様でござる」

「…………おう」


 しばらくして、トルコキキョウの声がまた重なった。


「さっきからキクはん、よう黙らはりますなあ」

「考え事ちゃいます?」

「何考えてはるんやろ」

「聞いてみます?」

「今はやめときましょ」

「そうどすなあ」

「そっとしときましょ」


「…………」


 鏡が言った。

「気ぃ遣われとるぞ」

「おう」

「なんか腹立つな」

「知らん」


 鏡がトルコキキョウを見た。

「1本に何人もおる」

「おう」

「何人おるか誰も気にしてへん」

「おう」

「話しかけたら、ちゃんと答えるやつもおる」

「おう」

「返事せんやつは、横で好きな話しとる」

「おう」

「その話に隣のやつが入ってくる」

「おう」

「気づいたら別のバケツとも喋っとる」

「おう」

「…………」

「…………」

「なあ」

「なんだ」

「俺、途中まで分かっとったよな」

「おう」

「今、最初より分からんねんけど」

「おう」

「お前、最初は人数聞いとっただけやんな」

「おう」

「どこまで行くねん」

「知らん」

「何が知りたかったん?」

「それを考えてる」

「もうやめとけ」

「遅い」

「…………そうやな」


 キクの葉が1枚、わずかに下を向いた。

「なあ」

「なんだ」

「あいつら、普通に喋っとるだけやんな」

「おう」

「聞いたことにも答えとる」

「おう」

「誰も嘘ついてへん」

「おう」

「リンドウも普通に喋っとる」

「おう」

「お方様も普通に喋っとる」

「おう」

「…………」

「…………」

「なんで俺まで疲れてんねん」

「知らん」  


 キクはトルコキキョウのバケツを見た。


「愛さん」

「はい」

「60本来た」

「はい」

「何人いるかは分からない」

「はい」

「トルコじゃない」

「はい」

「キキョウでもない」

「はい」

「リンドウの親戚」

「はい」

「…………何なんだ」

「トルコキキョウです」

「…………」


 キクは黙った。


 鏡には、60本のトルコキキョウと、葉を1枚下げたキクが映っていた。

「なあ、キク」

「なんだ」

「…………もう分からんままでええんちゃう?」

「…………おう」

「…………そうしよ」

「…………おう」


 その後も、バケツから声は途切れなかった。


「入口の札、裏返ってません?」

「どれどす?」

「あちらの」

「見えまへん」

「うちからも見えへんなあ」

「ほな誰が見えたん?」

「さっき向こうの子が言うてましたえ」

「どの子?」

「誰やろ」

「聞いてみます?」

「誰に?」

「それが分かりまへんなあ」

「ほな、まあええか」

「そうどすなあ」



 トルコキキョウが60本入荷した。


 何人入荷したのかは分からない。


 トルコキキョウは、トルコでもキキョウでもなかった。





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