第21話 支払いは完了しています
予約していた5,500円のお供えアレンジメントを、客が取りに来た。
店員が、予約品を会計台へ運ぶ。
アレンジメントには、キクも入っていた。
会計台の脇には、鏡がある。
店員が、決済端末へ金額を入力した。
端末の画面に表示が出る。
《5,500円》
客がスマートフォンを操作した。
ピコーン。
キクが言った。
「売れたか」
会計台の脇の鏡が答えた。
「せやな」
あとは、いつもの流れだった。
決済端末が支払いの情報を受け取る。
端末からレシートが出る。
店員がそれを確認してから、レジに商品と支払方法を登録する。
会計が終われば、売れた花は客のところへ行く。
キクも、そのつもりでいた。
少し待った。
何も出ない。
もう少し待った。
決済端末は、静かなままだった。
「………」
「紙、出えへんな」
「出ないな」
店員も、決済端末を確認している。
「これ、出るんだろ」
「出るで」
「じゃあ、まだか」
「普段なら、もう出とる頃やけどな」
店員が決済端末を操作した。
その画面に表示が出る。
《取引情報がありません》
「………ないのか」
「ないみたいやな」
店員は、客にスマートフォンの画面を見せてもらった。
そこには、5,500円の支払いが完了したと表示されている。
「払ってるな」
「払っとるみたいやな」
もう一度、決済端末を確認する。
《取引情報がありません》
「でも、こっちにはない」
「ないな」
キクが少し黙った。
「………5,500円は?」
「何がや」
「払ったんだろ」
「せや」
「じゃあ、5,500円はどこにいる」
鏡の返事が、一拍遅れた。
「電子決済やから、現金がここに来るわけちゃうで」
「来ないのか」
「金そのものやなくて、払ったっていう情報が来るんや」
「情報?」
「せや」
《取引情報がありません》
「その情報も来てないぞ」
「そこがおかしいんや」
「じゃあ、5,500円本人を呼べ」
「おらんねん」
「なんでだ」
「電子決済やからや」
「現金ならいるだろ」
「まあ、5,000円札とか500円玉ならおるな」
「なら、そいつらに聞けばいい」
「何を聞くねん」
「今どこにいるのか」
「………お前ら、金にも聞くんか」
「いるなら聞けるだろ」
「人間には聞こえへんけどな」
「不便だな」
鏡の返事が少し遅れた。
「………まあ、言われてみれば不便やな」
《取引情報がありません》
「情報はどこにいる」
「情報は、おるとかそういうもんちゃう」
「でも来るんだろ」
「本来は来るんやけどな」
「今回は来ない」
「せや」
「途中で止まることもあるのか」
「………あるみたいやな」
「………迷子か」
「情報を生き物みたいに言うなや」
キクは少し考えた。
「物か」
「物ちゃう」
「見えるか」
「見えへん」
「喋るか」
「知らん」
「でも動く」
「………動くらしいな」
「途中で止まる」
「今回はな」
キクが黙った。
「………一番よく分からない奴だな」
「説明してる俺まで怪しくなってきたわ」
店員は、客に事情を説明した。
このまま待たせるわけにはいかない。
念のため、名前と電話番号を控える。
客は、別の支払方法としてクレジットカードを出した。
店員が、もう一度決済端末へ5,500円を入力する。
《5,500円》
客がカードを端末にタッチした。
《決済処理中》
少しして、表示が変わった。
《クレジットカード 5,500円 決済完了》
ジジジ、とレシートが出てくる。
「出たで」
「出たな」
「今度は来たみたいやな」
「5,500円が?」
「情報が」
「本人は?」
「おらん」
「………また本人不在か」
「そこはもう諦めろ」
店員はレシートを確認し、レジに商品と支払方法を登録した。
レジの画面に商品名と金額が表示される。
【お供えアレンジメント 1点 5,500円】
レジから出たレシートには、支払方法として「電子決済」と印字されていた。
「売れたな」
「売れた」
「客は払った」
「払っとる」
「店にも分かった」
「分かっとる」
「でも5,500円本人はいない」
「まだ言うんか」
キクは少し考えた。
「人間は、金が見えなくても払ったって信じるんだな」
「記録があるからな」
「記録を信じるのか」
「せや」
「見えないものを?」
「せやな」
「俺たちはちゃんとここにいるぞ」
「おるな」
「金は?」
「おらんな」
「なのに交換できる」
「できるんや」
キクが黙った。
「………人間、思ったより信用で生きてるんだな」
「………なんか変やな」
店員が、お供えアレンジメントを客へ渡した。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「今度の情報は来たんだな」
「来たで」
「ならいい」
キクを入れたアレンジメントが、客と一緒に店を出ていった。
会計台から、キクはいなくなった。
その後。
店員はカスタマーセンターへ連絡した。
最初のスマートフォン決済について確認する。
客側から送られた決済情報は、決済会社側までは届いていた。
そこで処理もされていた。
しかし、大規模なネットワーク障害によって、その結果が店舗側の端末まで返ってこなかったらしい。
《取引情報がありません》
「向こうまでは行っとったんやな」
《取引情報がありません》
「ほんで、こっちに帰ってこれへんかった」
鏡には、変わらない端末の表示が映っていた。
「………迷子やないか」
《取引情報がありません》
「キクの方が合っとるやないか」
《取引情報がありません》
「もう分かったわ。お前は知らんねんな」
決済端末の表示は、変わらなかった。
カスタマーセンターの案内に従い、最初のスマートフォン決済は取消処理となった。
返金は、後日行われることになった。
しばらくして。
別の客の会計で、レジの引き出しが開いた。
鏡には、紙幣と硬貨が並ぶレジの中が映っていた。
5,000円札。
1,000円札。
500円玉。
100円玉。
50円玉。
10円玉。
5円玉。
1円玉。
どれも、いつもそこにいる。
キクの言葉が、ふと浮かんだ。
現金なら、本人に聞けばいい。
「………ほな、聞いてみるか」
鏡は、開いたレジに声をかけた。
「なあ。5,500円って、どこにおるんや」
すぐには返事がなかった。
「5,000円」
鏡の返事が止まった。
「………喋るんか」
「5,000円」
「5,000円」
「5,000円」
「5,000円」
「ちょ、待て」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「500円」
「多いな」
「500円」
「500円」
「500円」
「まだおるんか」
鏡は気を取り直した。
「5,500円が、どこ行ったんか知らんか」
「5,000円」
「5,000円」
「500円」
「500円」
「500円」
「いや、お前らの金額はもう分かった」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「お前らには聞いてへん」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「1,000円」
「待て待て待て」
「100円」
「100円」
「100円」
「100円」
「100円」
「100円」
「100円」
「100円」
「50円」
「50円」
「50円」
「50円」
「50円」
「50円」
「50円」
「10円」
「10円」
「10円」
「10円」
「10円」
「10円」
「10円」
「5円」
「5円」
「5円」
「5円」
「5円」
「5円」
「待て。まさか全員参加する気か」
「100円」
「50円」
「10円」
「5円」
「する気やな。なんでやねん」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「待て待て待て。お前ら何人おんねん」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「まだおるんか」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
まだ続いている。
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「………お前ら、まさか一人残らず返事する気ちゃうやろな」
「1円」
「1円」
「1円」
「1円」
「する気やな! もう分かったわ!」
「500円」
「1,000円」
「100円」
「5,000円」
「10円」
「50円」
「5円」
「1円」
「お前らまで戻ってくんな!」
「5,000円」
「500円」
「1,000円」
「100円」
「50円」
「10円」
「5円」
「1円」
「金額はええねん! 会話しようや!」
「5,000円」
「500円」
「せやから!」
「1円」
「1円」
「1円」
「お前らはもう返事したやろ!」
「1円」
「1円」
「まだ言うんか!」
店員の手が、レジの引き出しにかかった。
「500円」
「1,000円」
「100円」
「1円」
「1円」
「1円」
ガシャン。
引き出しが閉まった。
あれだけ騒がしかった声が、ぴたりと止んだ。
「………いつもこんなにうるさかったんか」
【会計を終了しました】
「お前は静かでええな」
店の外は、いつの間にか曇っていた。
差し込む光が弱まり、鏡に映る店内も少しだけ暗くなった。
「人間って、こんなんに信用置いとるんやな」
鏡には、閉じたレジと、その前を行き交う客の姿が映っていた。
「………けったいなもんやな」
その時。
閉じた引き出しの奥から、かすかな声がした。
「10,000円」
「10,000円」
「10,000円」
「………まだおったんか」




