第20話 姫は別商品です
その日、閉店が近づいた頃。
買い物かごにりんごを入れた客が、花屋の前で止まった。
予約していた仏花を取りに来た客だった。
店員が、予約品置き場から仏花を取り出す。
「………来た♡」
「………何がじゃ」
「王子様」
「………誰がじゃ」
「白雪姫のお迎え♡」
「………また、その話か」
ガーベラが、客の買い物かごに気づいた。
「………りんご持ってる」
「………それがどうした」
少し間が空いた。
「王子様、魔女だったの?」
「………なぜそうなる」
「だって、りんご持ってくるの魔女だよ?」
「………買い物かごに入っておるだけじゃ」
「毒りんご?」
「通常販売されている、ふじです」
愛さんが答えた。
「毒は?」
「含まれていません」
「………無実♡」
「………最初から無実じゃ」
店員は、そのまま仏花を会計台へ運んだ。
会計台には、レジが置かれている。
店員が商品コードを入力した。
ピッ。
レジに、登録されている商品名が表示された。
【スノープリンセス 1点 3,300円】
「………」
鉄砲ユリが黙った。
「………今度は、何じゃ」
「スノープリンセス?」
【登録商品名:スノープリンセス】
レジが答えた。
「雪のお姫様………白雪姫♡」
少し間が空いた。
「………結局そこへ戻るのか」
【登録内容と一致しています】
「………その登録が違うのではないか」
【私が登録したわけではありません】
少し間が空いた。
「………言い返した♡」
【事実です】
鉄砲ユリが、小さく言った。
「………味方はおらぬのか」
そのとき、別の店員が鉢物を売り場へ運んできた。
白い花をつけた、小さなバラの鉢だった。
「スノープリンセス?」
鉢植えのバラが反応した。
「今、俺の名前呼んだか」
「………お姫様♡」
「シュネープリンセスだ。スノープリンセスとも言うな」
「どっちがお名前?」
「どっちも俺の名前だ」
「プリンセス?」
「そこだけ拾うな」
「………お姫様♡」
しばらく黙っていた鉄砲ユリが、口を挟んだ。
「………姫?」
「何だよ」
「………そなた、姫なのか」
「品種名だ」
「………」
鉄砲ユリの声に、少しだけ力が戻った。
「………代われ」
「何とだ」
「姫じゃ」
「嫌だ」
「殿、交代できるかも♡」
「………そうか」
鉄砲ユリの声が、わずかに明るくなった。
「………そなたならば、姫であろう」
「だから品種名だ」
「………細かいことはよい」
「よくねぇよ」
「愛ちゃん」
「はい」
「このお姫様、仏花に入る?」
「鉢物です」
少し間が空いた。
「入る?」
「入りません」
「俺、鉢だぞ」
「………そうか」
「根もある」
「………申すな」
「土も入ってる」
「………もうよい」
「殿、白雪姫続投ね♡」
「………申すなと言うておる」
鉢植えのバラが言った。
「待て」
【スノープリンセス 1点 3,300円】
「俺、売れたのか?」
「売れたみたい♡」
「俺はここにいる」
【確認しています】
「確認したなら直せ」
【部門:仏花】
「じゃあ俺じゃねぇだろ!」
【登録商品名はスノープリンセスです】
「だから俺の名前を使うな!」
【私が登録したわけではありません】
「面倒くせぇな、お前」
【聞こえています】
「聞こえてるお前に言ってんだよ」
ガーベラが言った。
「………お姫様、売れたのにいる♡」
「いる」
「じゃあ二人?」
「一人だ」
【数量:1点】
「レジも一人って言ってる♡」
「余計ややこしくすんな!」
鉄砲ユリが、小さく言った。
「………姫は、そなたに任せたいのだが」
「だから俺は鉢だって言ってんだろ」
「………そうであったな」
店員の手が止まった。
レジ画面の登録内容を確認する。
【商品名:スノープリンセス】
【部門:仏花】
【価格:3,300円】
予約仏花の商品を登録した際、鉢バラの「スノープリンセス」の商品情報が複製されていた。
部門と価格は変更されていた。
商品名だけが、そのまま残っていた。
「………じゃあ、お姫様は売れてない?」
「だから俺はいる!」
「じゃあ、スノープリンセスは?」
【商品名です】
少し間が空いた。
「………名前だけ?」
「俺の名前だけ使うな!」
鉄砲ユリは、しばらく黙っていた。
「………では」
また少し間が空く。
「………姫の名で売られておるのは、誰じゃ」
【部門:仏花】
鉄砲ユリは黙った。
「………わしか」
「殿、やっぱり白雪姫♡」
「………もうよい」
店員が商品名を修正した。
ピッ。
【予約仏花 1点 3,300円】
「戻った♡」
鉢植えのバラが言った。
「これで俺は売れてねぇな」
【スノープリンセスは販売していません】
「よし」
【最初から販売していません】
「お前、さっき俺の名前出してただろ」
【商品名を表示していただけです】
「もう黙ってろ」
店員が会計を進める。
鉄砲ユリが、小さく声を出した。
「………ひとつ、確認してよいか」
「はい」
愛さんが答えた。
「………わしは、このまま鉄砲ユリとして売られるのだな」
「鉄砲ユリです」
少し間が空いた。
「………そうか」
会計が終わった。
店員が予約の仏花を客へ渡す。
買い物かごには、まだ会計前のふじが入っている。
鉄砲ユリを入れた仏花が、客と一緒に花屋を離れていった。
「………白雪姫、行っちゃった♡」
【予約仏花 1点 販売済み】
店の外には、月が出ていた。




