第19話 鏡は本日業務外です
店員が、出来上がった仏花を予約品置き場へ運んだ。
予約品置き場の横には、鏡があった。
じゅうろくちゃんでまとめられた仏花が、そのまま鏡に映る。
「………鏡」
「まだ言ってんのか」
「今度は逃げない」
「鏡は逃げてねぇよ」
「鏡よ鏡」
「………」
「鏡よ鏡!」
「………」
少し間が空いた。
「ちょお待って」
「………喋った」
「そら喋るやろ」
「鏡なのに?」
「あんたらに言われたないわ」
ハサが黙った。
「ハサ」
「俺を見るな」
「鏡、喋った」
「聞こえてる」
「さっきは喋らなかった」
「勝手に通り過ぎただけやろ」
「見てたの?」
「映っとったからな」
「ずっと?」
「鏡やぞ」
じゅうろくちゃんは、少し考えた。
「じゃあ聞いていい?」
「嫌や」
「まだ何も言ってない」
「嫌な予感しかせえへん」
「鏡よ鏡」
「その呼び方やめぇ」
「この店で一番きれいなの、だあれ?」
「知らんがな」
「………鏡なのに?」
「鏡に何を期待しとんねん」
「一番きれいな人」
「そんなん決める仕事ちゃうわ」
「でも鏡だよ?」
「ただ映すだけや!」
「それ、私のこと?」
隣のバケツから、ガーベラが会話に入った。
「………ガーベラ」
「一番きれいって話してたよね」
「うん」
「私、かわいいから♡」
「きれいや言うてんねん!」
「ほう」
お方様が口を挟んだ。
「美しさを論ずる場で、わらわを差し置くでない」
「お方様も来た」
「当然じゃ」
「私もいるよ」
「知っておる」
「私、かわいいから♡」
「わらわは美しい」
「二人とも自分で言うんかい!」
鏡が叫んだ。
「じゃあ、ガーベラが白雪姫?」
「白雪姫?」
「かわいいから」
「やっぱり私ね♡」
「では、わしは交代か?」
鉄砲ユリがすぐに反応した。
「うん」
「よし!」
「殿、うれしそう」
「ようやく姫ではなくなるのじゃ!」
「さっきから嫌だった?」
「嫌に決まっておろう!」
「じゃあ白雪姫、ガーベラ」
「私ね♡」
「うむ。任せたぞ」
「任された♡」
「話が早ぇな」
ハサが口を挟んだ。
「愛ちゃん」
「はい」
「ガーベラ、白雪姫になった」
「役については判断しません」
「じゃあ、殿と交代できる?」
「できません」
「………え?」
鉄砲ユリが止まった。
「なぜじゃ」
「ガーベラは、仏花には通常使用しません」
「なんで?」
「茎が傷みやすく、仏花では扱いにくいためです」
「お供えには使えないの?」
「お供えのアレンジメントには使用します」
「でも、この仏花には入らない?」
「通常は使用しません」
少し間が空いた。
「………では、交代できぬのか?」
「できないみたい」
「なぜじゃ!」
じゅうろくちゃんが言った。
「殿、白雪姫続投」
「戻すでない!」
ガーベラが言った。
「じゃあ、私は白雪姫になれないのね」
「役については判断しません」
少し間が空いた。
「そっか。かわいいって罪ね♡」
「何の罪やねん!」
「では、妃はどうするのじゃ」
お方様が言った。
「美しさを問うのであれば、わらわを差し置くわけにはいくまい」
「お方様、妃やる?」
「望むところじゃ」
「愛ちゃん」
「はい」
「お方様なら、この仏花に入れる?」
「オリエンタルユリは、仏花にも使用します」
「ほれ見よ」
「お方様、入れる!」
「当然じゃ」
「妃に相応しい格というものがある」
「ただし、今回は使用できません」
「………なぜじゃ」
「予算を超えます」
少し間が空いた。
「入れられるのに?」
「はい」
「使えない?」
「今回の予算では使用できません」
「………お方様、高い」
「妃には相応の格というものがある」
ハサが口を挟んだ。
「予算の話だろ」
「格も高い」
「一緒にすんな」
「では、わらわも妃にはなれぬのか?」
「役については判断しません」
お方様が黙った。
「………妃もいなくなった」
「わらわはおる!」
「でも仏花には入れない」
「予算を上げよ!」
「予算はお客様が決めます」
愛さんが言った。
「………お客様が決めるの?」
「ご予算に合わせて構成します」
「お方様より強い」
「ご予算が優先されます」
お方様は少し間を置いた。
「客人の望みとあらば、致し方あるまい」
店員が、隣の作業台で次の花を切り揃え始めた。
花ばさみが手に取られた。
「………あ」
「今度はなんや」
「狩人」
「また増えたんかい!」
「白雪姫は殿」
「違う!」
「妃は予算オーバー」
「そのように申すでない!」
「狩人は花ばさみ」
「………じーさんか」
ハサが言った。
「じーさん?」
「花を切るなら、あっちが本職だ」
「ハサより偉い?」
「そういう話じゃねぇ」
「じゃあ、狩人のお爺さん?」
「じーさんを勝手に狩人にすんな!」
店員が、花ばさみで茎を切り揃えた。
「………喋らない」
「じーさんは仕事中だ」
「無口?」
「余計なこと言わねぇんだよ」
「ハサは言うね」
「うるせぇ!」
じゅうろくちゃんは、少し考えた。
「………あと何がいる?」
「知らんがな」
「毒りんご」
「取り扱えません」
愛さんが言った。
「………なんで?」
「食品衛生法第六条により、有毒な物質を含む食品は販売できません」
「法律?」
「はい」
「予算より強い?」
「法令が優先されます」
少し間が空いた。
「………法律、強い」
「りんごなら、向こうにあるよ」
パキラが言った。
「………パキラ」
「ほら、あそこ」
「どこ?」
「食品売場」
背の高いパキラからは、花屋の向こうに積まれたりんごが見えていた。
「花屋にはないよ?」
「でも、そこにあるよ」
鏡が口を挟んだ。
「ここスーパーの中やろ」
「………買える?」
「通常の商品であれば購入できます」
愛さんが答えた。
「毒は?」
「含まれていません」
「普通のりんご?」
「はい」
「じゃあ白雪姫、普通のりんご食べる?」
「わしに食わせるでない!」
「食べたら寝る?」
「寝ぇへんやろ」
鏡が言った。
「………毒ないから?」
「普通のりんごやからな!」
「じゃあ白雪姫、起きてる」
「最初から寝ておらぬ!」
「王子いらない?」
「いらぬ!」
「じゃあ王子は?」
「先ほど販売されました」
愛さんが答えた。
少し間が空いた。
「………売れた」
「売れたな」
「白雪姫より先に?」
「花だからな」
じゅうろくちゃんは、少し考えた。
「妃はいない」
「わらわはおる!」
「毒りんごもない」
「法律やからな」
「王子もいない」
「販売済みです」
「白雪姫は起きてる」
「最初からじゃ!」
少し間が空いた。
「………白雪姫、できない」
「ようやく気づいたか!」
ハサが言った。
妃は予算超過、毒りんごは法令上販売不可、王子は販売済み。
りんごだけは、食品売場で通常販売されていた。




