第17話 王子は本日お渡しです
黒みがかった赤いバラが入荷した。
いつもの赤いバラとは、少し花の形が違う。
花弁が多く、中心を抱き込むように丸く重なっている。
「バラ?」
「そうだ」
「なんか違う」
「何がだ」
「いつもより丸い」
「そういう花形だ」
「ちょっと黒い」
「黒くはない」
「黒いよ」
「イングリッシュローズです」
「イングリッシュ?」
「オールドローズの花形や香りと、現代のバラの性質をあわせた、イギリス生まれの系統です」
「へえ」
「今ではあまり流通していない、珍しいバラです」
「珍しいの?」
「品種は、ザ・プリンスです」
「プリンス?」
「王子という意味です」
「………王子?」
じゅうろくちゃんが、バラを見た。
「王子!」
「品種名だ」
じゅうろくちゃんは、鉄砲ユリを見た。
「殿」
「なんじゃ」
「昨日の人、来た」
「誰じゃ」
「王子」
「………いらぬ」
「王子、昨日来てよ!」
「俺は今日入荷した」
「殿、もう起きちゃったよ!」
「だから寝ておらぬ!」
バラが鉄砲ユリを見た。
「何の話だ」
「殿、昨日眠り姫だったの」
「誰が姫じゃ!」
「王子が来る前に起きちゃった」
「そうか」
「納得するでない!」
お方様が口を挟んだ。
「遅刻じゃな」
「そなたまで乗るでない!」
「王子、遅刻だって」
「今日入荷した」
「一日遅いよ!」
「無茶を言うな」
じゅうろくちゃんが、鉄砲ユリを見た。
「じゃあ、今からチューする?」
「せぬ!」
「断る」
「どうして?」
「もう起きておる!」
「俺には関係ない」
「………」
じゅうろくちゃんは、バラと鉄砲ユリを見比べた。
「せっかく王子来たのに」
「頼んでおらぬ!」
「こちらは客注です」
「………」
じゅうろくちゃんが、バラを見た。
「王子、もう行くところ決まってるの?」
「はい」
じゅうろくちゃんが、ゆっくり鉄砲ユリを見た。
「殿」
「なんじゃ」
「振られた」
「何も始まっておらぬ!」
「王子、ひどい!」
「俺は何もしてない」
「昨日来なかったのに!」
「今日入荷した」
「今日来たと思ったら、もう別の人のところ行く!」
「客のところだ」
「………婚約破棄?」
「わしは誰とも婚約しておらぬ!」
お方様が言った。
「ならば婚約不成立じゃな」
「婚約不成立!」
「成立させようとするでない!」
「殿、振られちゃったね」
「振られておらぬ!」
じゅうろくちゃんは、バラを見た。
「王子」
「なんだ」
「行く人って、知ってる人?」
「知らない」
「………知らない人のところ行くの?」
「客だ」
「王子なのに?」
「バラだ」
じゅうろくちゃんは、しばらく考えた。
「………政略結婚させられちゃう?」
「されない」
お方様が口を挟んだ。
「王子ならば、政略結婚も珍しくはないのう」
「政略結婚!」
「客だ」
「王子、かわいそう!」
「だから客だ」
「こちら、本日お渡しです」
「今日!?」
「はい」
「王子!」
「なんだ」
「今日、知らない人のところ行くの!?」
「そうだ」
「政略結婚、今日なの!?」
「違う」
「………逃げよう」
「なんでだ」
「王子、逃げよう!」
「行かせろよ。そのために来たんだ」
「知らない人のところだよ!」
「客だ」
「政略結婚させられるよ!」
「されない」
店員が、バラのトゲを取り始めた。
「………いばら!」
「トゲだ」
「いばらある!」
「バラだからな」
「愛ちゃん!」
「はい」
「昨日なかったのに!」
「バラにはトゲがあります」
じゅうろくちゃんが、鉄砲ユリを見た。
「殿」
「なんじゃ」
「昨日のいばら、王子が持ってた」
「わしに報告するでない!」
「じゃあ昨日の眠り姫、間違ってなかった?」
「何一つ合っておらぬ!」
店員が、トゲを取ったバラを束ねた。
「王子、まとめられた!」
「花束だ」
「政略結婚の準備?」
「違う」
茎元に、濡らしたステムティッシュが巻かれた。
「濡れた!」
「保水です」
「王子、大丈夫?」
「普通だ」
その上から、ビニール袋がかぶせられた。
「入れられた!」
「水が漏れないようにしています」
「逃げられない!」
「逃げる気はない」
さらにアルミホイルが巻かれた。
「銀色!」
「アルミです」
「鎧?」
「違います」
「王子、戦うの?」
「戦わない」
「政略結婚から?」
「だからしない」
「愛ちゃん!」
「はい」
「王子、逃がして!」
「本日お渡しします」
「逃がしてくれないの!?」
「はい」
「王子!」
「なんだ」
「急いで逃げて!」
「逃げない」
「自分で逃げて!」
「足がない」
じゅうろくちゃんが、バラの茎を見た。
「………足がない」
「お前もだろ」
「………」
作業台の端から、ハサの声がした。
「逃げんのはシンデレラだろ」
「………」
ハサが黙った。
「シンデレラ?」
「………忘れろ」
店員が、バラにラッピングペーパーを巻き始めた。
「王子、着替えてる!」
「ラッピングだ」
リボンが結ばれた。
「ドレス!」
「違う」
「………」
じゅうろくちゃんが、ラッピングされたバラを見た。
「ハサ」
「なんだよ」
「ドレス着て、いなくなるのって」
「忘れろ」
「シンデレラ?」
「忘れろっつってんだろ」
じゅうろくちゃんが、バラを見た。
「王子」
「なんだ」
「シンデレラだったの?」
「違う」
「………王子って、女の子だったの?」
「違う」
「でもドレス着てる」
「ラッピングだ」
「ガラスの靴は?」
「ない」
「じゃあ、どうやって王子が探すの!?」
「俺が王子だ」
「………」
じゅうろくちゃんが、バラを見た。
「自分で自分を探すの?」
「探さない!」
「お客様がお見えです」
店の前に、男性客が立っていた。
「………男の人」
「こちらをご注文のお客様です」
「………王子?」
「違います」
「でも男の人!」
「お客様です」
じゅうろくちゃんは、男性客とバラを見比べた。
「………王子、二人いた!」
「増やすな」
「昨日、眠り姫二人だったから!」
「だから何だ」
「王子も二人必要だった!」
「必要じゃない」
お方様が口を挟んだ。
「待て」
「なに?」
「昨日の姫も二人とも男じゃった」
「うん」
「今日の王子も二人とも男じゃ」
「うん」
「そなたの世界には、男しかおらぬのか」
「………ほんとだ!」
「今気づいたのか」
「こちらはプロポーズ用の花束です」
「………プロポーズ?」
「はい」
じゅうろくちゃんが、バラを見た。
「王子、プロポーズするの?」
「しない」
「じゃあ、もう一人の王子?」
「お客様です」
「誰にするの?」
「お相手の方です」
「………シンデレラ?」
「そこまでは分かりません」
「きれいな人?」
「それも分かりません」
お方様が口を挟んだ。
「わらわよりか?」
「………」
じゅうろくちゃんが、お方様を見た。
「一番きれいなの、誰?」
「知らねぇよ」
ハサが口を挟んだ。
「鏡にでも聞け」
「………鏡?」
店員が、花束を男性客へ渡した。
「王子が、王子を連れていった!」
「だから増やすな!」
「シンデレラのところ!?」
「プロポーズだ」
「じゃあ、やっぱりシンデレラ!」
「知らねぇよ!」
王子は、王子に連れられて、シンデレラ(?)のもとへ本日お渡しされた。




