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第16話 王子を待ってください

 数十本の鉄砲ユリが、バケツに入っていた。


 その横に、1本の鉄砲ユリが倒れている。


 茎の先は、バケツの外に出ていた。


 花は下を向き、葉も萎れている。


「殿ー!」

「………」

「殿!」

「………騒ぐでない」

「生きてた!」


 じゅうろくちゃんは、愛さんを呼んだ。


「愛ちゃん!」

「はい」

「殿が萎れてる!」

「はい」

「死んだ!?」

「生きています」

「じゃあ、なんで萎れてるの!」

「水切れです」

「なんで?」

「茎の先が水に入っていません」

「入り忘れたの?」

「はい」


 じゅうろくちゃんは、萎れた鉄砲ユリを見た。


「………寝てる?」

「萎れています」

「………眠り姫?」

「………誰が姫じゃ」


「待て」


 お方様の声がした。


「なに?」

「なぜ日の本(ひのもと)を姫と呼ぶのじゃ」

「寝てたから!」

「おなごなら、わらわがおるじゃろう」

「ユリに問題はありません」

「………」

「お方様、元気だよ!」

「それは分かっておる」


 店員が鉄砲ユリを拾い上げた。


「眠り姫は、呪いで寝るんだよ!」

「水切れです」

「呪いじゃないの?」

「はい」

「じゃあ、魔女は?」


 じゅうろくちゃんが、お方様を見た。


「なぜ、わらわを見る」

「お方様、殿を呪った?」

「呪っておらぬ!」

「じゃあ、お方様は魔女だけ?」

「魔女でもない!」


 店員が鉄砲ユリの茎を切り戻した。


「切った!」

「切り戻しです」

「針は?」

「ありません」

「刺さってない?」

「刺さっていません」

「………切っただけ?」

「はい」


 店員が鉄砲ユリを新聞紙の上へ置いた。


 バケツの陰に、もう1本、萎れた鉄砲ユリが倒れていた。


 その茎の先も、水には入っていない。


「………愛ちゃん」

「はい」

「もう一人いる」

「はい」


 店員が、もう1本の鉄砲ユリも拾い上げた。


「眠り姫、二人いた!」

「増やすでない」

「じゃあ、王子も二人!」

「なぜそうなる」

「眠り姫、二人よ?」

「二人とも男じゃ」


 お方様が、しばらく黙った。


「………そなた、眠り姫をどういう話だと思っておるのじゃ」

「寝てる姫を、王子が起こす話!」

「では、なぜ男が二人おる」

「寝てたから!」

「姫はどこへ行ったのじゃ」

「殿!」

「それは日の本(ひのもと)じゃ」


 店員が2本の鉄砲ユリを揃え、新聞紙で包んだ。


「巻かれた!」

「水揚げの準備をしています」

「お布団!」

「新聞紙です」

「眠り姫、二人でお布団!」


 新聞紙の中から、殿の声がした。


「その言い方をやめぬか」


 お方様の声が続いた。


「………ますます違う話になっておらぬか」


 新聞紙に包まれた2本の鉄砲ユリが、水に入れられた。


「100年寝るの?」

「数時間です」

「短い!………いばらは?」

「ありません」

「ないの?」

「ありません」


「まだ王子が来てない!」

「来ぬ」

「呼ぼうよ!」

「呼ぶでない」

「もう一回寝たら、王子来るんじゃない?」


 新聞紙の中から、殿の声がした。


「寝ぬ!」


 店員は、そのまま別の作業へ移った。


「愛ちゃん!」

「はい」

「王子、いつ来る?」

「来ません」

「なんで!?」

「必要ありません」

「眠り姫だよ!」

「水揚げ中です」



 数時間後。


 店員が新聞紙を外した。


 2本の鉄砲ユリは、花を持ち上げていた。垂れていた葉にも張りが戻っている。


「殿!」

「なんじゃ」

「起きた!」

「寝ておらぬ」

「もう一人も起きた!」

「わしも寝ておらぬ」


「………」


 じゅうろくちゃんは、2本の鉄砲ユリを見比べた。


「愛ちゃん」

「はい」

「王子は?」

「来ていません」

「間に合わなかった!」

「必要ありません」


「………チューは?」

「していません」


「………じゃあ、殿」

「なんじゃ」

「もう一人に、チューして」

「断る」


 お方様の声が飛んだ。


「するな!」


「でも、眠り姫はチューで起きるんだよ!」

「もう戻っています」

「チューしてないよ!」

「水が上がりました」

「王子も来てない!」

「はい」

「100年も寝てない!」

「はい」

「いばらもなかった!」

「はい」


 じゅうろくちゃんは、しばらく黙った。


「………分かった!」

「何がじゃ」

「王子が来る前に、起きちゃったんだ!」


 殿の声がした。


「違う」


 少し間があった。


「じゃあ、王子に起きたって教えてあげないと!」

「誰にじゃ」

「王子!」

「どこの王子じゃ」


「………愛ちゃん」

「はい」

「王子、どこ?」

「存じません」


 王子には、まだ何も知らされていない。





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