第15話 皇帝は箱に入っています
店員が、大きな鉢を売り場へ運んできた。
3本の花茎には、大輪の白い花が連なっている。
花茎は中央へ寄せられ、白い花がまとまって並んでいた。
「なんか偉そうなの来た」
パキラの声がした。
店員が鉢を丸いテーブルの中央へ置いた。
普段なら、いくつもの商品が並ぶ広さがある。
今は、大きな鉢がひとつだけ置かれている。
「ひとりで使うの?」
「当然であろう」
「広いよ」
「余に相応しい」
「そっか」
「余を見ているのか」
「あんた誰? 新人?」
「余を知らぬか」
「知らない」
「余は、胡蝶蘭である」
「胡蝶蘭?」
「そうだ」
「名前は?」
「皇帝である」
「皇帝?」
「そうだ」
パキラの声が愛さんを呼んだ。
「愛さん」
「はい」
「あれ、本当に皇帝なの?」
「キヌホワイトエンペラーです」
「本当にエンペラーだった!」
「当然であろう」
少し離れた場所から、ベンジャミンの声がした。
「पचिरा……(パキラ……)」
「何?」
「वह कौन है?(あれ、誰?)」
パキラの声が愛さんを呼んだ。
「愛さん」
「はい」
「ベンジャミン、何て?」
「あれは誰か、と言っています」
「皇帝だって」
「うむ」
「ベンジャミンも知らないんだね」
「余を知らぬ者が二人もいるとは」
「俺も入ってる?」
「ここはどれほどの田舎なのだ」
「店のせいになった」
しばらくして、店員が丸いテーブルの横を通った。
鉢には触れず、そのまま通り過ぎる。
「ずっとひとりだね」
「当然であろう」
「他の商品、置かないね」
「余のために空けてあるのであろう」
「そうなのかな」
「他に何がある」
「分かんない」
別の店員がやってきた。
鉢の前で足を止める。
「来たよ」
「うむ」
店員が花を確認し、鉢の向きを少し整えた。
そのまま離れていく。
「直してった」
「当然であろう」
「何が?」
「余の向きだ」
「そっか」
その日の午後。
店員が鉢を持ち上げた。
「あ」
「何だ」
「連れてかれるみたいだね」
「次の場所へ案内するのであろう」
「次の場所?」
「いつまでもここにいるわけにもいくまい」
「そうなの?」
「余には余に相応しい場所がある」
「ここじゃないんだ」
「ここも悪くはなかった」
「気に入ってたんだ」
鉢が売り場を離れ、作業台の上に置かれた。
「ここ、売り場じゃないよ」
「見れば分かる」
「じゃあ何するんだろ」
「余を迎える準備であろう」
「何の?」
少し間があった。
「分かんないんだ」
「いずれ分かる」
「そっか」
店員が透明なセロハンを広げた。
鉢を包んでいく。
「包まれてる」
「うむ」
セロハンの上から、黒と金の和紙が重ねられた。
「また増えた」
「悪くない」
さらに、赤地に金糸の入った網状のペーパーが重ねられる。
「また増えた」
「うむ」
店員がペーパーごと鉢のまわりを、深い赤のリボンで締める。
さらに、大きな輪をいくつも作った金色の飾りリボンを、葉の間へ差し込んだ。
「すごくなったね」
「ようやく余に相応しい姿となったか?」
「派手だね」
「それでよい」
「いいんだ」
「皇帝であるからな」
「そっか」
店員が札を持ってきた。
鉢元に立てる。
「何かついたよ」
「余の名を掲げるものか」
「違うと思う」
「では何だ」
「分かんない」
「余に関するものであろう」
「たぶん」
「ならばよい」
店員が鉢から離れた。
「終わったみたい」
「うむ」
しばらくして、店員が大きな箱を運んできた。
「箱だ」
「見れば分かる」
「大きいね」
「うむ」
「何入れるんだろ」
「知らぬ」
店員が箱を開いた。
鉢を持ち上げる。
「あ」
「何だ」
「あれ?」
「何だ」
スポッ。
胡蝶蘭が箱に入った。
「…………待て」
「どうしたの?」
「待て」
店員が鉢を箱の底へ置いた。
「何をしている」
「箱に入れてるね」
「それは分かっている」
「じゃあ何?」
「なぜ余が箱に入っている」
「分かんない」
「これは何の趣向だ」
「何だろうね」
「余に聞くな」
「聞いてないよ」
箱の蓋が閉じられた。
「暗いぞ」
「だろうね」
「灯りをつけよ」
「無理じゃない?」
「余は皇帝であるぞ」
「うん」
「聞いているのか」
「聞いてるよ」
「ならば聞き届けよ」
「俺には無理だよ」
「では店員を呼べ」
「聞こえないよ」
店員がガムテープで箱の上を塞いでいく。
「何をしている」
「塞いでるんじゃない?」
「開けよ」
「塞いでるね」
「開けよ」
箱の上が、ガムテープで端から端まで塞がれた。
「完全に閉じたね」
「余はここにいるぞ」
「いるね」
「開けよ」
「無理だって」
「余を誰だと思っている」
「胡蝶蘭」
「皇帝である!」
「はいはい」
「無礼だぞ」
「はーい」
箱は、そのまま作業場に置かれた。
しばらくして、箱の中から声がした。
「そこの葉の者」
「俺?」
「そうだ」
「何?」
「まだか」
「まだだね」
「店員を呼べ」
「聞こえないって」
また、しばらくして。
「そこの葉の者」
「何?」
「暗いぞ」
「知ってるよ」
「灯りをつけよ」
「無理だって」
夕方になっても、箱はそこにあった。
「そこの葉の者」
「何?」
「開けよ」
「俺には無理だよ」
「では誰なら開けられる」
「店員じゃない?」
「呼べ」
「だから聞こえないって」
翌朝。
店員が店内へ入り、作業を始めた。
箱は、昨日と同じ場所に置かれている。
「皇帝、おはよう」
「…………開けよ」
「起きてるね」
「開けよ」
「朝から元気だね」
その日の夕方。
緑色に黄色の細いストライプが入った服の人がやってきた。
「あ、あの人来た」
「誰だ」
「たまに来る人」
「何をしに来た」
「何か持ってくよ」
「何か?」
店員が箱を緑色の服の人に渡した。
「あ」
「何だ」
「持ってくの、皇帝みたい」
「何だと」
緑色の服の人が箱を持ち上げた。
「持ち上げられているのか」
「うん」
「箱ごとか」
「うん」
「なぜだ」
「分かんない」
「店員!」
箱を抱えたまま、店の出口へ向かって歩き出す。
「余をどこへ運ぶ!」
「行ってらっしゃい?」
「待て!」
「何?」
「そこの葉の者!」
「俺?」
「余の帰還まで、ここを任せる!」
「帰ってくるの?」
「当然であろう!」
「そっかー」
箱が店の出口へ近づいていく。
「余は皇帝であるぞ!」
その声も遠ざかる。
「…………余が一体、何をしたというのだ……」
緑色の服の人が箱を抱えたまま、店を出ていった。
店内が静かになった。
「愛さん」
「はい」
「皇帝、どこ行ったの?」
「お届け先へ向かいました」
「帰ってくるって言ってたよ」
「ご予約の商品です」
「最初から?」
「はい」
「そっか」
皇帝は、予定どおり発送された。




