第14話 ベンジャミンは日本語が話せない
パキラの隣に、新しい観葉植物が置かれた。
新しい観葉植物から、声がした。
「Good morning.」
「…………」
「Good morning.」
「え、俺?」
「Yes.」
「あ、俺パキラ」
「Pachira.」
「うんうん、パキラ」
「I'm Benjamin.」
「ベンジャミン?」
「Yes.」
「そっか。よろしく」
「Nice to meet you.」
「ナイス・トゥー・ミート・ユー」
「Yes.」
売り場には、輪ゴムのじゅうろくちゃんもいる。
「英語だ!」
「英語だね」
「パキラ、英語しゃべれるの?」
「しゃべれないよ」
「今しゃべったよ!」
「これくらいは分かるよ」
じゅうろくちゃんの声が続いた。
「なんで!?」
「パキラの原産地域には、ガイアナが含まれます」
愛さんの声がした。
「愛さん!」
「はい」
「ガイアナ?」
「はい」
「どこ?」
「南アメリカです」
「英語なの?」
「公用語は英語です」
じゅうろくちゃんの声がした。
「じゃあパキラ、英語しゃべれるんだ!」
「しゃべれないよ」
「なんで!?」
「原産地域に英語圏が含まれることと、英語を話せることは別です」
「別なの!?」
「はい」
じゅうろくちゃんの声が続いた。
「でも英語わかるんだよね?」
「簡単なのならね」
「じゃあベンジャミンも日本語わかるの?」
「本人に聞けば?」
じゅうろくちゃんの声がした。
「日本語わかるの?」
「Yes.」
「わかるんだ!」
「Yes.」
「じゃあ日本語しゃべれるの?」
「No.」
「しゃべれないの!?」
「No.」
「わかるのに!?」
愛さんの声がした。
「日本語を理解することと、日本語を話すことは別です」
「また別なの!?」
「はい」
じゅうろくちゃんの声がした。
「ベンジャミン!」
「What?」
「しゃべって!」
「No.」
「なんでー!?」
数日後。
店員がパキラの鉢を持ち上げた。
「Where?」
「外じゃない?」
「Outside?」
「たぶん」
「Why?」
「日が足りないと、たまにこうやって外に出るんだよ」
「Really?」
「うん」
店員がパキラを運んでいく。
「パキラ、行ってらっしゃーい!」
「行ってきまーす」
パキラの鉢が売り場からなくなった。
日中は屋根のある日の当たる場所に置かれ、閉店時間になると元の場所へ戻された。
それから何度か、同じことが繰り返された。
2週間後。
ベンジャミンの鉢の下に、葉が落ちていた。
「ベンジャミン、葉っぱ落ちてるよ」
「Oh...?」
鉢のまわりには、何枚もの葉が落ちている。
「My leaves...?」
「結構落ちてるね」
「Why?」
愛さんの声がした。
「ベンジャミンは、日照不足によって葉を落とすことがあります」
「日が足りないんだ」
「その可能性があります」
店員がパキラの鉢を持ち上げた。
「パキラ、行ってらっしゃーい!」
「行ってきまーす」
店員がパキラを運んでいった。
しばらくして、店員が戻ってきた。
ベンジャミンの鉢を持ち上げる。
「What?」
「あ、ベンジャミンも行くの?」
「Me?」
「行くみたい」
「Outside?」
「たぶん」
「Pachira?」
「パキラも外にいるよ」
「Okay.」
店員がベンジャミンの鉢を、揺らさずに外へ運んだ。
パキラの隣に、そっと置く。
「Pachira.」
「来たね」
「Yes.」
「……なんか俺の時より扱い丁寧じゃない?」
「Really?」
「うん。俺、普通に運ばれてるよ」
「Oh.」
「…………」
2鉢の観葉植物は、しばらく屋根のある日の当たる場所に並んでいた。
閉店時間になると、2鉢とも元の場所へ戻された。
数日後。
ベンジャミンの鉢の下には、また葉が落ちていた。
「ベンジャミン、また葉っぱ落ちてるよ」
「Again...?」
鉢の下には、前より多くの葉が落ちている。
「My leaves...」
「外に出たのにね」
「Why?」
愛さんの声がした。
「急激な環境の変化によっても、葉を落とすことがあります」
「え?」
パキラの声がした。
「日が足りなくても落ちるの?」
「はい」
「急に環境が変わっても落ちるの?」
「はい」
「じゃあ今回どっちなの?」
「特定できません」
「どうすればいいの?」
「状態を見ながら調整します」
「難しくない?」
「はい」
数日後。
店員がベンジャミンの枝葉に手を入れた。
枝の間には、茶色くなった葉が残っている。
店員がベンジャミンの鉢を持ち上げた。
「What?」
鉢を少し横に傾けた。
「え、ちょ、何?」
パキラの声がした。
そのまま、軽く揺すった。
ばさばさばさっ。
「ちょ、何!?」
「What!?」
「何してるの!?」
何枚もの葉が床へ落ちた。
「My leaves!」
「え、ちょ、待って!」
「Wait!」
「何!? 何してるの!?」
店員が反対側へ鉢を傾けた。
「そっちも!?」
「Wait! Wait!!」
もう一度、軽く揺する。
ばさばさっ。
「My leaves!!」
「ちょ、何!?」
「No! No!」
「まだやるの!?」
店員が鉢の向きを変えた。
「まだ!?」
「No!!」
もう一度、軽く揺する。
ばさっ。
「मेरे पत्ते!!(僕の葉っぱ!!)」
「え、ちょ、何!?」
「मेरे पत्ते!!(僕の葉っぱ!!)」
「何!? 何て言ったの!?」
「क्यों!?(なんで!?)」
パキラの声が愛さんを呼んだ。
「愛さん!」
「はい」
「何!? 何が起きてるの!?」
「枝葉の内部に残った枯れ葉を落としています」
「揺すって!?」
「はい」
「なんでそこまでして落とすの?」
「枯れ葉が残っていると、商品価値が低下します」
「葉っぱがない方が商品価値下がるんじゃないの?」
「傷んだ葉を残すことより、新しい環境に適応した葉の生育を優先します」
「…………」
店員が枝葉の中に手を入れた。
「今度は何!?」
残った枯れ葉を取り除いていく。
「मेरे पत्ते……(僕の葉っぱ……)」
「葉っぱ取ってる!」
「枯れ葉です」
「そういう問題!?」
床には、何枚もの葉が散らばっている。
「क्यों……(なんで……)」
「愛さん、何て言ってるの!?」
「なんで、と言っています」
「俺も聞きたいよ!」
店員が残った枯れ葉を取り除いた。
「…………」
「終わった?」
店員の手が、枝葉から離れた。
「終わったよね?」
「सच……?(……ほんと?)」
パキラの声がした。
「愛さん」
「はい」
「今の何語?」
「ヒンディー語です」
「英語は!?」
「現在は話していません」
「なんで!?」
「ベンジャミンの原産地にはインドが含まれます」
「そうじゃなくて!」
店員が床に落ちた葉を、ほうきで集め始めた。
「मेरे पत्ते……(僕の葉っぱ……)」
「…………」
葉が一か所に集まっていく。
「मेरे पत्ते……(僕の葉っぱ……)」
「……全部持ってくの?」
店員が葉をちりとりに入れた。
「मेरे पत्ते……(僕の葉っぱ……)」
「…………」
店員がちりとりを持っていった。
「क्यों……(なんで……)」
「…………」
しばらくして、店員がベンジャミンの鉢をそっと持ち上げた。
「क्या……?(何……?)」
パキラの隣から、鉢が離れていく。
「また動かすの?」
ベンジャミンの鉢が、店内の少し明るい場所へ運ばれていく。
パキラの声が愛さんを呼んだ。
「愛さん」
「はい」
「また動かして大丈夫なの?」
「現在の場所では、日照不足になる可能性があるためです」
「…………」
店員がベンジャミンの鉢を置いた。
パキラの鉢から、少し離れた場所だった。
「पचिरा……(パキラ……)」
「いるよー」
「यहाँ ठीक है……?(ここ、大丈夫……?)」
「大丈夫だよ」
「सच में……?(ほんとに……?)」
「たぶん」
「मेरे पत्ते……(僕の葉っぱ……)」
「…………」
「क्यों……(なんで……)」
「…………」
パキラの声が愛さんを呼んだ。
「愛さん」
「はい」
「ベンジャミン、英語に戻らないんだけど」
「はい」
「大丈夫なの?」
「日本語は理解しています」
「そこじゃないよ!」
ベンジャミンは、まだ日本語が話せない。




