第13話 お方様は開きすぎる
テッポウユリの蕾が、昨日より少し開いていた。
「殿!」
「何じゃ」
「昨日より開いたか?」
「左様」
「じゃあ、もうすぐ咲くのか!」
「まだじゃ」
「まだなのか!」
「急くでない」
ひまわりの声に、短く答えが返る。
店員がテッポウユリの花を確認した。
指先で開き具合を確かめ、そのまま離れた。
「殿!」
「何じゃ」
「いったい何を確認されていたんだ!」
「わしの開き具合じゃ」
「なんでだ!」
「支度のためじゃ」
「何の支度だ!」
「時が来れば分かる」
「また待つのか!」
「急くでない」
少し離れたバケツから、りんどうの声がした。
「殿」
「何じゃ」
「拙者がお側におれば、お支度を……」
りんどうの言葉が止まった。
「どうした!」
「……無念」
「できないのか!」
「無念でござる」
その日の午後。
別のユリが作業場に置かれた。
長い茎に、大きな蕾がいくつもついている。
緑の蕾に、白が広がっている。
「殿!」
「何じゃ」
「似たようなのが来たぞ!」
「久しいな」
「知り合いか!」
「左様」
「相変わらず賑やかじゃの」
聞き慣れない声がした。
「なんかこいつも偉そうだぞ!」
「こいつとは何じゃ」
「やっぱり偉そうだ!」
「無礼な花じゃの」
「俺はひまわりだ!」
「聞いておらぬ」
「サンリッチオレンジだ!」
「そこまで聞いておらぬ」
「お方様」
りんどうの声がした。
「久しいの」
「お久しゅうございます」
「お方様?」
「左様でござる」
「それは名前なのか?」
「わらわは――」
店員がユリへ手を伸ばした。
わずかに開いた蕾へ、ピンセットを差し入れる。
「ん?」
花の中央から、ひとつ取り除いた。
「何か取ったぞ?」
もうひとつ取り除く。
「また取ったか?」
「何を騒いでおる」
「お方様、大丈夫か!?」
「何がじゃ」
「何か取られてるぞ!」
「承知しておる」
「体についてたやつだぞ!」
「女子の身支度に口を挟むでない」
「身支度!?」
店員はそのまま作業を続けている。
「愛さん!」
「はい」
「何を取っているんだ!」
「花粉です」
「花粉!?」
「はい」
「なんで花粉を取るんだ!」
「花が開いた際、花粉で花弁が汚れるためです」
「汚れるのか!」
「はい」
ピンセットで、残りの花粉が取り除かれていく。
「お方様!」
「何じゃ」
「汚れるらしいぞ!」
「知っておる」
「だから取ってるのか!」
「身支度じゃと申したであろう」
「それじゃ分からん!」
店員がピンセットを置いた。
「終わったらしいぞ!」
「よい」
「本当にいいのか!」
「構わぬ」
「取られてもいいのか!」
「美しくあるためじゃ」
「そういうものなのか!」
「そういうものじゃ」
翌朝。
白いユリが、一輪咲いていた。
大きな白い花が開いている。
「お方様!」
「何じゃ」
「真っ白だな!」
「当然じゃ」
「当然なのか!」
「この穢れなき白こそ、わらわにふさわしい」
「自分で言うのか!」
「最も気高く、最も美しい白じゃ」
「全部自分で言ったぞ!」
「事実じゃ」
甘い香りが漂っている。
「なんか匂うぞ!」
「香りと言え」
「匂い!」
「この甘く芳醇な香りまで、わらわの美しさの一部じゃ」
「全部自分で褒めるんだな!」
「褒めておらぬ」
「褒めてるぞ!」
「事実じゃ」
その隣では、もう一輪が開いている。
白い花弁に、花粉がついていた。
「お方様!」
「何じゃ」
「なんか汚れてるぞ!」
「何がじゃ」
「白いところだ!」
「花弁じゃ」
「そこ! なんかついてるぞ!」
「どこじゃ」
「そこだ!」
「どこじゃ!」
「だからそこだ!」
「…………」
「すごく目立つぞ!」
「言うでない!!」
店員は開店準備を続けている。
「お方様!」
「何じゃ」
「まだ取ってくれないみたいだぞ」
「分かっておる」
「昨日はすぐだったぞ」
「言うでない」
店員が白いユリの前を通った。
「来たぞ!」
そのまま別のバケツを運んでいく。
「行ったぞ!」
「言うでない」
店員は戻ってこない。
「開店準備中でござる」
「わらわの身支度も開店準備であろう」
「ごもっともでござる」
「もっともなのか!」
店員が戻ってきた。
白いユリを確認し、細い筆を持ってきた。
「どうして筆!?」
筆先が白い花弁に触れた。
ついた花粉を、少しずつ払っていく。
「昨日と違うぞ!」
「言うでない」
「昨日はすぐ終わったぞ!」
「わらわの身支度が毎日同じなはずなかろう」
「今日はずいぶん丁寧だぞ!」
「当然の扱いじゃ」
「そうなのか!?」
筆が、もう一度花弁をなぞった。
「まだついてるぞ!」
「ひまわり」
「なんだ!」
「女子の身支度をまじまじと見るものではない」
「でもまだ――」
「見るでない!!」
店員が花の向きを変え、残った花粉を筆で払った。
白い花弁がきれいになった。
「お方様!」
「何じゃ」
「どこにも汚れがないぞ!」
「当然じゃ」
「手間がかかるんだな!」
「高貴ゆえじゃ」
「自分で汚れたんだぞ!」
「言うでない!!」
店員が筆を置いた。
「終わったみたいだな!」
「当然じゃ」
「もう大丈夫だな!」
「無論じゃ」
その隣で、もうひとつ蕾が開き始めていた。
「お方様」
「何じゃ」
「また開いてるぞ」
「美しいであろう」
「また汚れるぞ!」
「…………」
少し離れたところでは、テッポウユリの蕾が朝よりわずかに開いていた。
店員は、その前を通り過ぎた。
「…………わしは、まだか」
開店準備には、若干支障が出た。




