第12話 殿はまだ開かない
長い茎の先に、細長い緑の蕾がついている。
ひとつの茎に、いくつもの蕾。
まだ、ひとつも開いていない。
「ケイトウ」
「なんだ」
「りんどうが殿って言った」
「言ったな」
「誰だ!」
「知らん」
「りんどう!」
「何用でござる」
「殿って誰だ!」
「殿でござる」
「それは分かってる!」
店員が新聞紙を外した。
長い茎が、作業台に置かれた。
「どれだ!」
「目の前におられるでござろう」
「これか?」
「無礼でござる」
「まだ何も言ってない!」
「これ、と申したでござる」
「じゃあ何て呼べばいいんだ!」
「殿でござる」
「名前を聞いてるんだ!」
返事はない。
「殿!」
「…………」
「聞こえてるか!」
「…………」
「りんどう」
「何用でござる」
「喋らないぞ」
「左様でござるな」
「いいのか!」
「何がでござる」
「殿なんだろ!」
「殿でござる」
「だったら何とかしてくれ!」
店員が茎を切り戻していく。
「殿!」
「…………」
「殿ー!」
「…………騒がしい」
「喋った!」
「騒ぐでない」
「殿!」
「左様」
「本当に殿だった!」
りんどうが声を低くした。
「殿」
「何じゃ」
「こちらが申し上げたひまわりでござる」
「俺の話してたのか!」
「左様でござる」
「何を!」
「仕官の件を」
「だから仕官じゃない!」
緑の蕾は、まだ固く閉じている。
「お前が殿か!」
「先に名乗るが礼であろう」
「俺はひまわり、サンリッチオレンジだ!」
「左様か」
「次はそっちだ!」
「何がじゃ」
「名乗れ!」
「急くでない」
「俺は名乗ったぞ!」
「ご苦労」
「終わりか!」
店員が切り戻した茎を水に入れた。
「ケイトウ!」
「なんだ」
「何の花だと思う!」
「知らん」
「りんどう!」
「何用でござる」
「教えろ!」
「拙者から申し上げることではござらぬ」
「なんでだ!」
「殿がおられるでござろう」
「その殿が言わないんだよ!」
ひまわりが、緑の蕾に向き直った。
「何の花なんだ!」
「見て分からぬか」
「分からない!」
「ならば待て」
「何を!」
「開くまでじゃ」
「いつ開くんだ!」
「知らぬ」
「自分のことだろ!」
「花に聞くでない」
「花だろ!」
店員がバケツを持ち上げた。
「殿!」
「何じゃ」
緑の蕾が入ったバケツだけが運ばれていく。
りんどうのバケツは、その場に残った。
「…………殿」
「りんどう!」
「何用でござる」
「置いてかれたぞ!」
「見れば分かるでござる」
「追わなくていいのか!」
「動けぬでござる」
「忠義はどうした!」
バケツが売り場に置かれた。
「殿! りんどう置いてかれたぞ!」
「店じゃからな」
「それでいいのか!」
「何がじゃ」
しばらくして、店員が一本を抜いた。
「ほら!」
「何じゃ」
「出番だぞ!」
「左様か」
店員が茎を切り、仏花に入れた。
細長い蕾が、まっすぐ上へ伸びている。
「入った!」
「入ったな」
「ケイトウ! 咲いてないぞ!」
「見れば分かる」
「なんで使うんだ!」
「知らん」
「愛さん!」
「はい」
「なんで咲いてないのに使うんだ!」
「品質管理上、蕾で扱う場合があります」
「咲いてない方がいいのか!」
「場合によります」
「どっちなんだ!」
店員がもう一本、緑の蕾を抜いた。
「まただ!」
「騒ぐでない」
「じゃあ咲け!」
「今は開かぬ」
「なんでだ!」
「おぬしには、おぬしの役目がある」
「俺の?」
「わしには、わしの役目がある」
「開かないのが役目なのか!?」
「急くでない」
店員が仏花に入れた一本を抜いた。
「殿!?」
別の一本を取り、蕾の向きを確かめる。
その一本が、同じ場所に入った。
「替えられた!」
「左様」
「殿、替えられたぞ!」
「見れば分かる」
「殿って替えていいのか!?」
「花屋じゃからな」
ひまわりの声が止まった。
「お前、何者なんだ!」
「日の本じゃ」
「日の本?」
「名じゃ」
「今名乗るのか!」
「左様」
「何の花だ!」
「テッポウユリじゃ」
「ユリ!?」
「左様」
「これが!?」
「まだ開いておらぬからな」
店員が出来上がった仏花を持ち上げた。
「殿!」
「何じゃ」
「そのまま行くのか!」
「左様」
「いいのか!」
「今はこれでよい」
「なんでだ!」
「時が来れば開く」
仏花が店頭へ運ばれていく。
「殿ー!」
「騒ぐでない」
値札がついた。
「…………殿」
通常営業に支障はなかった。




