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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
1章 閉ざされた地図 ―ロマンティア―
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8話 壁を越える資格

「ミュウルさん、アンタ……聖女だったんすか?」


 気づいた時には、もうギザールの影が背後にあった。


「私は……」


 肩に乗せられた手が、ずっしりと重い。

 うるさいほどに鳴る胸を、押さえつけていると。


「なーんて、最初から知ってましたよ」

「え……?」


 振り返った先のギザールは、いつもと同じ笑みを浮かべていた。


「……でも」


 私は彼に嘘をついていた。

 それでも「どうぞ」と微笑むギザールの手を取り、床から立ち上がると。


「あんな危険なところに木こりなんていないし、聖女適性のある人間が野放しにされてるわけないっすから」


 ギザールは、手を握ったままそう言った。


「……分かってたのに、どうしてここまで連れてきてくれたの?」

「そりゃ、アンタが旅の仲間になってくれたら心強いなぁって思ったからっすよ」


 追放の事実に目をつぶってまで、私の力を必要としてくれる人がいる。

 実感すると、目の奥が熱くなった。


「実は、私……」


 勇者の息子を殴って、修道国を追放されたこと。

 本当は死んでいなければいけない存在だったこと。


 この人には、全部話さないと。


「そうっすか、勇者の息子がねぇ」


 全部を聞いたギザールは、少しだけ考え込んだあと、いつもの顔で笑った。


「じゃ、こうしましょう」




 魔導測量士試験当日。


「受験ナンバー353の身分証は……ああ、はい、“受験ナンバー352(ギザール)のご親戚”ですね〜」

「……はい」


 ギザールの偽造した私の身分証は、国すら欺いてしまった。


「ギザール、ほんとにすごい人だったんだ」

「しっ! 絶対に国土省の人……特にオーリウスさんにバレたらまずいっすから」


 でも、肝心なのはここからだ。


 中庭に集まったのは、剣士、魔術師、博士――上位職者の推薦状をもつ面々。


「試験に合格しなければ、国の外に出る許可すらもらえない」と、金薔薇のローブを羽織ったオーリウスが声を響かせた。


「試験は、『問答』、『実技』、『面接』の順に行われます。選抜メンバーは、4名……以上」


 勝手に震える腕を押さえて、彼の強い視線に応えた。

 瞼を伏せた彼は、車椅子の車輪を石のステージ上まで進める。


「まずは『問答』。こちらは20人までの早抜けです」

「えっ……!?」


 私と同じ声が、会場中から上がっても構わずに。オーリウスは「第一問」と、化石のような枝の魔術杖でステージを叩いた。


「“この建造物の名称を答えよ”」


 ステージの壁に浮かび上がったのは、見覚えのある遺跡――つくしの頭のような塔がいくつも立つ、苔むした建物だった。


「ギザール、あの石壁(モニター)もオーリウスの発明した魔導?」

「そうっすけど、今はそれどころじゃないっす! さすがはオーリウスさん……」


「重箱の隅をつつくような問題だ」と、ギザールはオーリウスを見つめ焦っている。


「でも、これって――」

「分かった者は、速やかに挙手を」


 他の受験者どころか、あのギザールですら首をひねっているけれど。


「はい」


 手を挙げれば、オーリウスは少しだけ眉を動かした。


「たぶん……だよね?」

「……!」


 オーリウスの口元が、「正解だ」と動いた瞬間。

 周囲にざわめきの波が広がった。


 隣のギザールも、目を丸くしている。


「これ、参考書には載ってなかったっすよね?」

「それは……」


 笑って誤魔化しながら、ほっと胸を撫で下ろした。


「……試験ナンバー353通過。こちらは“魔法発生の地”と古文書に記された遺跡です。では、第二問」


 その後もオーリウスの声が淡々と続き、実技まで残ったのは、予定通り20名だけだった。


 前の世界で写真を見ていたとはいえ、こんな簡単で良いのだろうか――ただ、あの遺跡。覚えのあるものより赤く見えた。


「あー、悔しいっす! まさか6日漬けのミュウルさんに先越されるなんて」

「ギザールだって2番抜けでしょ」


 でも最初の試験は、オーリウスの言っていた「特別な試験」ではなかった。


「これより、『実技』試験を行います」


 オーリウスが、再度、杖で石のステージを叩くと。

 生えるように立ち昇ったのは――。


「これ……“壁”?」


 オーリウスを囲む半透明の壁が、空の青を映している。

 本物とは違って、私の身長よりも少し高いくらいの壁だった。


「受験者の皆様には、“世界の壁”を模したこちらの壁を、30分以内に破壊していただきます」


 ただ、ひとつだけ。

 他より数倍厚く、透明度のない壁があった。


「試験ナンバー353は、正式な推薦者ではありません。よって、特別課題とします」


 このくらいは超えなければ、他の推薦者に示しがつかない。

 そう言わんばかりに、オーリウスは眼鏡を引き上げた。


「ミュウルさん……」

「大丈夫だよ、ギザール」


 深く息を吸い、吐いた直後。

 並の腕力や聖力では壊せないと騒ぐ声を聞きながら――腰の横へ、拳を引いた。


「ジェニファ……」


 私が信じるものを頭に浮かべた、瞬間。

 軋む拳に光が灯る。


 そして。

 振り抜いた拳の先に、稲妻のような亀裂が走った。


「わぁっ……ミュウルさん、やっぱスゴイっす!」

「ううん、まだダメ」


 本物の壁を殴った時と同じ。

 ヒビが入っただけで、厚い壁は完全に壊れたわけではない。


「あの女のやり方、見たか!?」

「聖力と物理の合わせ技か……いけるぞ!」


 魔力が強い受験者、物理力がある受験者が、結託しはじめている。

 そして――少しも経たないうちに、壁の崩れる音が周りから響くようになった。


「卑怯っす! ミュウルさんの真似して突破するなんて」


 ギザールの怒声も、今は遠くに聞こえる。


「そんな……」


 ジェニファの笑顔を思い浮かべても、聖力の輝きは増えない。

 全身の血管が震えているのに、まだ力が乗り切らない。


 何度殴っても、壁にはこれ以上の亀裂が入らない。


 呼吸が苦しいほどに速くなる中。

 視線を感じ、顔を上げると――暗い色の瞳がこちらを見ていた。


 オーリウスの目。

 痺れるほど怖いけれど、やっぱりそれだけではない。


「ミュウルさん」

「……え?」


 改まった声を振り返れば。


「オレも、アンタが信じる人の中に入れてくれませんか?」


 ここまで連れてきたのは自分だと、ギザールは真剣な面持ちで言った。


「オレはもう、アンタと世界回る覚悟決めてるんです」


 だから――と、ゴツゴツした手が私の拳へ重なる。


「ギザール……」


 私をここまで導いてくれた人。

 彼の温度を感じるだけで、拳の光が輝きを増していく。


 目の前に、ただそびえる壁――今はもう、怖くない。


「越えられる……!」


 確信すると同時に、振り抜いた拳。


 それは確かな感触をもって――濁った色の壁を、粉々に砕いていた。


「やった……」


 空の色を映したカケラが降り注ぐ。


「……ああ」


 しんとした庭に、オーリウスの低音だけが響いた。

 彼は魔導杖を手離し、砕けたカケラを見上げている。


「……そうか。この壁をも越えていくんだな」


 手のひらに積もったカケラを握りしめる彼から、目が逸らせない。


 でも、「次は面接ですね」と彼が宣言すれば。

 握ったままだった拳が解けていった。


 オーリウスの執務室、もとい面接会場へ輪になって座ったのは、私とギザール含め8人だけ。


「これより、自己PRを開始します。終了後、自分以外の『一緒に旅したい受験者』へ投票するように」


 説明の直後、まず手を上げたのはギザールだった。


「動物・鉱物言語はひと通り習得してますんで、通訳としても貢献できるっす!」


 ギザールは研究への情熱だけで動いてるわけではない。


「……私は」


 少しずつ、鼓動が速くなっていく。


 でも、もう覚悟を決めるしかない。


「立ちはだかるどんな壁も、この手で壊してみせます!」


 最後の発言者として、せめて力一杯声を張ったのだが。


「違う」

「え?」


 私をここまで残した理由は、そんな表面的な理由ではない。

 そう言って、オーリウスは首を横に振った。


「確かに、ひとりで壁を壊せたのは貴女だけでした。ただ、今回私が聞きたいのは()()()()()です」

「でも……前に動機がダメだって」


 口答えをすれば、彼はため息混じりに懐中時計を取り出した。


「それは6日と3時間46分前の話――あの時点では、“その動機では問題だ”と述べただけです。その後、貴女は何と?」

「え……?」


 この世界の世界地図が、元の世界の大陸と似ていそうだと気づいたことか。


 あの時オーリウスは、私の描いた地図を見て「興味深い考察」と言っていた。


「その通り。情熱だけで足跡は残せない。未知のものを想像する力がなければ……仲間と共に」

「想像する力……仲間と」


 そうだ。

 ギザールがいなければ、私ひとりでオーリウスの壁を壊すことはできなかった。


 椅子で背筋を伸ばす7人に向き直り、震える息を吸い込んだ。


「……以前の私は、何も残せませんでした。でも」


 もし、“私が描いた道の上”を歩く誰かがいたら。

 それが生きた証になるかもしれない。


「私は私のために歩くと思います。それでも、一緒に歩いてくれる人がいるのなら……その人を、どんなことからも守ってみせます」


 この拳で。

 そう言って、光の拳を握りしめたところ。


「……っ」


 会場の面々は、静かに私を見据えていた。

 ギザールだけが、拍手したい手を押さえて微笑んでいる。


「……ありがとうございました」


 オーリウスは書類に視線を戻しただけだった。


 やっぱり彼は、私をまっすぐに見ない。

 でも、拒絶は感じない。


「それでは、投票に移ります」


 試験官の彼以外、全員が口をつぐむ中。

 こちらへ飛んできた羊皮紙へ、“ある人”の名前を書き込んだ。


 私が本当に、一緒に歩いてみたい人――。

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