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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
1章 閉ざされた地図 ―ロマンティア―
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10/23

9話 勇者の息子、逆襲する。

「試験ナンバー353、合格です」


 最終面接まで残った8人の視線が、一斉に私へ集まる。


「え……?」

「ですから、ミュウルさんは合格です。次」


 いつもの不機嫌顔から発せられたのは、私の名前だった。


「やりましたよミュウルさん!」

「……うん」


 次に名前を呼ばれたギザールに肩を叩かれても、オーリウスの淡々とした横顔を見ても、まだ実感できない。

 それでも。


「そっか。私、外を歩けるんだ」


 執務室の壁にかけられた白地図。

 あれを、私がすべて埋める未来があるかもしれない――想像するだけで、両手が震える。


「ちなみに。『一緒に旅したい受験者』の投票は、すべてミュウルさんの名前でした」


「たった一票の無効票を除いて」と、オーリウスは私から視線を逸らした。


「あ……」


 私の入れた“彼への票”は、もしかすると彼を怒らせてしまったのだろうか。

 淡々とした口調で「首席合格ですよ」と告げられても、少しも喜べない。


「おい、アンタ!」


 いつの間にか、背後に凸凹の男女が立っていた。


「アンタと一緒なら、どこまででもいけそうだ」


 旅メンバーになるという彼ら。

 大剣背負ったゴツい鎧と、杖より小さなおさげの女性。


「この人たちは、勇者から推薦を受けた優秀な騎士と魔術師さんらしいっす」

「へぇ……勇者から」


 でも――今は目が、勝手に車椅子の彼を追いかけてしまう。


「改めて合格者の皆さま、おめでとうございます。これより3時間12分5秒後、勇者より賜った馳走が振る舞われます」


 懐中時計を握りしめるオーリウスの手は、かすかに震えていた。

 そのわけを訊ねる間もないまま。「早めに行ってみましょうよ!」と弾むギザールに手を引かれ、国土省内の式典ホールへ入った。


「ここで、選抜メンバーへのパスポートが授与されるらしいっす!」


 ご馳走も良いけれど、メインはそちらだとギザールは言う。


「ミュウルさん、せっかく合格できたのにどうしたんっすか?」

「……え? 別に――」


 広間を車椅子で横断するオーリウス。

 その背後に続く人物へ、ふと目が留まった瞬間。


「ミュウルさん?」


 ギザールの声が遠くなっていく。


 あり得ないと思う一方、確信してしまった。


「僕が初の選抜隊へパスポート授与できるなんて、光栄だなぁ!」


 金薔薇のローブを引きずる、胸を張った男。

 黒と白の髪をなびかせ、近づいて来る。


 勇者の息子、エリアスが。


「ん? 君は……」


 目が合ってしまった。

 そして。

 身を翻すより早く、無遠慮な手に腕を掴まれた。


「間違いない! 君、あの時の聖女じゃあないか?」

「……っ」


 仰々しい口調に、どこか遠くばかり見ている青い瞳。

 もう二度と、彼に会うことはないと思っていたのに――。


 身体が震えて、手を振り払えない。


「……エリアス様、彼女をご存知なのですか?」


 オーリウスの固い声が、くぐもって聞こえる。


「ああ! 僕に痛みを教えてくれた人さ。ほら、もっとよく顔をみせて? 殴ったことは怒ってないから」

「……それ以上触ったら、また殴る」

「ああ、構わないよ! それより驚きだ。いくら探しても居なかったから、もうダメかと思ったんだけどね」


 追放しても()()()生きていた。

 そう言って、彼は私の腕を掴む手に力を込めた。


「これで証明されただろう? 君は、英雄の血を一緒に残すのに相応しい女性だ」

「……まさか、わざとあんなことしたの?」


 震える声で、訊き返すと。


「うん! さぁ、結婚しよう」


 久々に見た顔は、一点の曇りもない笑顔だった。


「……っ」


 呼吸すらできない中、拳だけが小刻みに震える。


「……あなたは、私の名前すら知らないくせに」

「そんなもの、後でいくらでもお話できるだろう? 初めて血を流したあの夜から、君のことが忘れられなくて――」


 彼は私に構わず、腕を引こうとする。


 たとえ今度こそ死罪になったとしても。

 私は、今ここで、彼にこの拳を叩きこむべきだ。


 今度こそ、ありったけの力で――。


「ん? もしかして、今度は本気で殴ってくれるの?」


 音がするほど拳へ力を込めた、瞬間。


「ミュウルさん……!」


 しんとしたホールに、ギザールの高い声が響いた。


 でも――私たちの間に入ったのは、彼ではない。


「え……?」


 杖を支えに腰を浮かせた彼、オーリウスが、ギザールよりも早く動いていた。

 彼の筋ばった手が、エリアスの腕を強く握っている。


「オーリウスさん……」


 彼はこちらを見ない。


「……エリアス」


 オーリウスが声色を低くした、瞬間。

 刃のような魔力の波に撫でられ、肌がゾクッと(あわ)立った。


「なんですか? オーリウス兄さん」

()()()()()()は私の管理下にある測量士だ……手荒な真似はやめろ」


 初めて聞く乱暴な口調。

 それでもエリアスは、まだ私の腕を離そうとしない。


「まさか、僕と彼女を取り合う気ですか?」

「違う……お前はいつからそんなに偉くなった?」


 刃のような魔力の圧が増していく。

 会場に用意されていた、空のグラスすべてを震わせるほどに。


「ははっ、兄さんは()()と引き換えに、もうすべてを手にしたでしょう?」


 これ以上何が欲しいのです――そう言って、エリアスがオーリウスの足を見下ろした、瞬間。


「……それ以上、口を開くな」


 パリン――と、高い音が会場を満たした。


 グラスだけではなく、窓ガラスまでもが割れたのだ。


 冷や汗を浮かべるエリアス。

 凍てつく魔力を放つオーリウス。


 一歩も動けなかった。


 それでも、もしもの時はまた右ストレートを叩き込めるように――拳を握ったり、開いたりしていると。


 やがて、エリアスの手が腕から離れていった。


「今は引きましょう。でもね……翼を手に入れたって、()()()()()()だ」


 聖女はこの国を出られない。


 そう残して、エリアスは金薔薇のローブを翻した。


 最後の瞬間まで、彼から目を逸らさなかったせいか。乱れた呼吸が治らない。


「ミュウルさん、大丈夫っすか?」

「ギザール……」


 彼の手が肩に触れると、身体の力が抜けていった。


 オーリウスは私を一瞥するだけで、出口へ向かっていく。


「予定を早めましょう。パスポートは私が授与します」

「あ……」


 突然の宿敵との対面で、動けない私を助けてくれたのに。


「……お礼、言えなかったな」


 金薔薇のあしらわれた、革細工のパスポート。

 オーリウスから受け取った“外の世界への通行証”を、宿の窓辺に置いて眺めてみると。


『ミュウルさんは、私の管理下にある測量士だ』


 彼の声が、空っぽの頭に反響した。


 せっかく魔導測量士になれたのに、なんだか胸が落ち着かない。


『翼を手に入れたって、所詮は籠の鳥』


 きっと、あの言葉のせいだ。


「……やっぱり、一発殴っとけばよかったな」


 今回は出番がなかった拳を見つめ、そう呟いたところ。階段を駆け上がる、けたたましい音が聞こえてきた。


「ミュウルさん、大変ですっ!」


 扉を破る勢いで飛び込んできたのは、髪を乱したギザールだ。


「じっ、実は……」


 その通行証が、紙も同然になった。

 暗い窓辺のパスポートを指して、ギザールは言った。


「は……?」

「ゆ、勇者の息子が……選抜隊のメンバーを、勇者が直々に選抜した候補者だけにして……っ」


 新しいパスポートが、勇者の息子権限で付与された。

 息を切らしたギザールの言葉を、ようやく理解した途端。


『聖女はこの国を出られないよ』


 去り際に残した、エリアスの言葉がこだました。

 冷たい声が、指の跡が残ってしまった腕に響く。


「……そんなの、絶対に許さない」

「あっ! ミュウルさん、どこへ――」


 夜だろうと構わない。

 オーリウスの執務室を目指して、力のこもる足を駆った。

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