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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
7章 不死国家が巡る朝 ―凛紅(リンコウ)―
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85話 ゴリラ聖女、師と出会う。

 衛兵が近くから消えたのを確認して、5人で通りへ出ることにした。

 ギザールの仮説、「この都の人は、みんな不死?」を確かめるために。


 ただ、このまま出て行っては相当目立つ。

 そういうわけで、眠民の家族の服を借りたのだけれど――。


「俺、こういう趣味ないんだが」


 ウェンゴウだけは眠民の父の服が入らず、上半身裸で歩いている。


「暑そうなジャケットより全然いいよ。ナイス筋肉」


 慰めるつもりで言えば、軽く額を小突かれた。


「お前さんこそ、ひらひらの着物がよくお似合いだぜ」

「……あんまり見ないで」


 少しだけ、ウェンゴウは私たちに馴染んできたように見える。

 でも彼が私を利用してこの都へ侵入し、さらに何かさせようとしているのは事実だ。


 無言で隣のギザールを見つめると、彼は咳払いをひとつして、「それにしても」と辺りを見回した。


「よーく見ると、確かに変っすね、ここ」


 これだけ大きな都なのに、街中が清潔で、争いが起きている様子もない。

 ギザールの言葉を受けて、前を歩く眠民が振り返った。


「はい、ええと……『不治の病にかかった近所の人が、何日か経つと仕事に戻っているの』」


 眠民が指したのは、猟銃を背負って歩く若者だった。


「それって……」


 ジェニファが目撃した、転んだのに怪我をしていなかった子どもと同じ――この都の人は、怪我や病気に怯える必要はないということだろうか。


「まぁ……それは何だか」

 

 きっとジェニファのことだ、「気味が悪い」と言いそうになって飲み込んだのだろう。

 彼女は、何食わぬ顔で働く商家の人たちを眺めていた。


 でもここの人たちは、自分が不死になっていることに気づいていないかのような、穏やかな顔で過ごしている。


(そういうものなの……?)


「『気味が悪いよね。これってきっと、何年も姿の変わらない“皇帝さま”のせいなんだよ』」


 私たちが飲み込んだ言葉を、眠民自身が口にした。

 どうやら彼女は、道端で笑い合う彼らとは違うらしい。


「『こっち、来てみて』」


 眠民が足を踏み入れたのは、緩やかな坂の続く竹林だった。

 葉の擦れるさらさらという音を聞くうちに、整備されていない坂の先には、小高い丘が見えてきた。


「わぁ……」


 皇帝の城の屋上から見た時よりも、ずっと広く都が見渡せる。

 やっぱりここは、白と灰色に赤が交じる、石造りの街並みが美しい。


 でも――町を行き交う人々は、何だか記号のように見えた。


「死なない都って、すごいね」


 死んでも生き返る民。

 同じ命が、終わりと始まりを永遠に繰り返している。


 それだけ聞けば、無敵のように思える。


「でも、進まないんだね」

「『……そうだよ』」


 誰も未来の話をしない。

 結婚式も、葬式もある。

 でも出産の祝いがない。


 眠民はそう言って、瞼を伏せた。


「『新しい命は生まれない……ここには“未来がない”の』」


 “命”という言葉に、ジェニファは肩を揺らしたように見えた。


 彼女だけではない。ギザールもウェンゴウも、この都の「異質」を目の当たりにして、自分の言葉を失っている。


「『外から来た人なら、この国の終わらなさを壊せるかもしれない』」

「え……?」


 光を宿した茶色の瞳が、私をまっすぐに見上げた。


 眠民はそのまま瞬きもせず、「『どうか終わらせて』」と言い放った。


「眠民ちゃん……『外から入ってきた人は、ほとんどいないから』って……どうしますか、ミュウルさん」

「どうって……」


 もし、それができるとして。

 私が終わらせてもいいのだろうか――。


「でもよ、いいのか?」


 言葉が探せない間に、深く息を吐いたのはウェンゴウだった。


「この都の連中は、不死の生活を満喫しているように見えるんだが」


 誰も異議を唱えていないと、ウェンゴウは遠くの街並みを見つめた。


 それに対して、眠民は――「『構わない』」と寂げに笑った。


「『終わらせてあげてほしいの。私、ずっと見てきたから』」

「え……?」


 その微笑みが、何だか大人びて見えた。

 もうずっと、何年も、何十年も、ここから都を見下ろしてきたみたいに。


「『お姉さんが追われてるのって、きっと皇帝が怖いと思う力を持ってるからなんだよね』」


 だから、私にこの異様な永遠を壊してほしいという。


「永遠……」


 ふと、皇帝の姿が頭に浮かんだ。


 最初に都を見下ろしていた顔は、面布でまったく見えなかったけれど――。

 なぜか、少し寂しげに見えた。


「……ミュウルさん」


 ギザールが、「どうする?」とも言わずに私を振り返った。


「ミュウル様」


 ジェニファが、私をじっと見つめて頷いた。


 きっと二人は、もう確信しているのだろう。

 私が納得できる答えを選ぶと。


 でも、その前に――少しだけ険しいウェンゴウの顔を見上げた。


「もしかして……都に入るためだけじゃなくて、皇帝を倒すために私を連れてきたの?」


 ウェンゴウが私たちを連れ帰らない条件は、“私たちの働き次第だ”と最初に言った。

 城壁の内側に入ることが目的だったならば、私の聖力(ちから)はもう必要ないはずだ。


「もしかして、あなたがいくら強くても……皇帝の作った城壁は壊せない、とか?」


 少しだけ煽るように、でも真剣に言うと。


 新しい煙草を取り出したウェンゴウは、白い煙を吐き出し――クスクスと笑いはじめた。


「考える役は黒髪坊やかと思ってたが……お前さん、なかなか鋭いじゃねぇか」


 初めて見る笑顔に、思わず口をポカンと開けてしまった。


 ジェニファとギザールも、顔を見合わせている。


「この殿方、意外と上品に笑われますね……」

「お、嬢ちゃん惚れたか?」

「お黙りください、煙臭いオジサマ」


 ジェニファとウェンゴウが騒ぐ間にも、眠民がこちらを見ていた。

 また、あの大人びた目で。


(眠民だけ、なんか違う……?)


「とにかく、オレらが皇帝を倒せば見逃してくれるってことでいいんっすよね?」


 ギザールが言い合う二人の間に入っていくと、ウェンゴウは「ああ」と頷いた。


「ま、仕方ねぇわな。俺ひとりじゃどうにもならんし」

「でも、どうするの?」


 私の聖力が皇帝の壁に有効だということは、この都に入り込めたことで証明されているのかもしれない。

 でも、今の私の力では皇帝に勝つどころか、ウェンゴウの足手まといになるだろう。


「ほう? 意外に冷静じゃねぇの」

「悔しいけど、事実だから」


 船の上で気絶させられたことも、当然まだ忘れていない。


「ああ、そうだ。だから最低限鍛え上げてやる」

「……え?」


 いま、「鍛える」と言ったのか――?


 ウェンゴウは、目を瞬かせる私に構わず、私の拳を掴んで観察しはじめた。


「なっ、ミュウル様のお手に易々と――」

「ジェニファさん、今は抑えて!」


 二人が騒ぐ間にも、ウェンゴウはひと通り眺め終えている。


 さっきので、いったい何が分かったのだろうか。


「それで、お前はどうする?」


 改めて、この都の壁を殴る気があるのか。


 ウェンゴウは静かな口調で言った。


「私は……」


 チラッと、眠民に視線を遣ると。

 彼女は怯えるでもなく、絶望するでもなく、ただ静かに私を見ていた。


 壊すかどうかを決めるには、まだ知らないことが多すぎる。


 皇帝は、何のためにこんなことをしているのか。

 そもそも、いくら強力な魔族とはいえ、都中の人間を不死にできるのか。


 それでも――壊す前にまずは、皇帝から話を聞くべきかもしれない。


 この都は奇妙だけれど、一度見たら忘れないほど鮮烈な色をもっている。

 少なくとも、皇帝はこの都を慈しむように見下ろしていて、壊そうとしているようには見えなかった。


 だったら――。


「皇帝に届く拳がほしい」


 そのうえで、壁を壊すべきか見極める。


 絞り出した決断に、ウェンゴウは私の手を握る力を強めた。


「いいんだな? 俺ぁこう見えても厳しいぜ」

「……っ」


 この目――船の上で気絶する直前に見た、夕日色の眼光と同じだ。

 背筋が震える。

 それでも「構わない」と口にした、直後。


「よし、んじゃ行くか」


 突然、ひょいと、ウェンゴウが私の身体を持ち上げた。


「まずはどこまでやれるか、“師匠”に見せてみろ」

「は……わっ!」


 いったい何が起こったのか。

 気づけば、身体が街の真上に放り出されていた。


 このおじさん――遥か下で私たちを探している衛兵目がけて、人を紙飛行機のように投げ飛ばしたのだ。

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