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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
7章 不死国家が巡る朝 ―凛紅(リンコウ)―
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84話 少女だけが知っている

 吐き気がして、勝手に涙が頬を伝う。


 でも、ここには壁がない。

 皇帝の住まいでもない。

 串焼きを食べた大通りだった。


「ブゥヨジェンマ?」


 串焼きを手にした少女は、繰り返し私に声をかけている。

 不安げな顔は、「大丈夫?」と尋ねているように見えた。


「大丈夫……だよ」


 涙を拭い、無理やりにでも微笑んだ、その時。


「おい、こっち向け」


 少し強引な手に引き寄せられた。


「あ……」


 そういえば、ウェンゴウと一緒に壁の中へ呑まれたのを忘れていた。

 

 彼は息がかかりそうな距離で私の顔を観察した後、深いため息とともに腕を解放してくれた。


「奴の魔力に呑まれちゃいねぇ。腐っても聖女か」

「……腐ってもは余計だ」


 口は動いても、今は強がることすらできなかった。

 串焼きを差し出してくれる少女から串を受け取り、温かい肉を頬張ったところで――。


「ミュウルさ~ん!」


 砂煙を上げて駆けてくるのは、重そうな鞄を背負ったギザール。

 それに、ギザールを追い越してきたジェニファだ。


「ミュウル様、お顔の色が……!」

「そっちも、どうしたの?」

「いや、お城の門前で二人を待ってたんすけどね。あの衛兵さんたち、突然態度が変わって……」


 捕まりそうになり、走って逃げてきた。

 ギザールは息を整えながら、話してくれた。


「それって……」


 ここに留まっていてはマズいのでは――と、口にするよりも早く、通りの奥から走ってくる衛兵の影が見えた。


「そうなんっすよ! 串焼き食べてないで、行きますよ!」

「逃げ延びたら、そちらの殿方から詳しくお話をうかがいませんと」

「……それ、俺のことか?」


 ウェンゴウが煙草を取り出そうとする手を引き、さっさと逃げようとしたところ――。


「ジィェリ!」

「え……?」


 串焼き屋の少女の小さな手に、腕を引かれた。


「ギザール、なんて?」

「ええと、これは……『こっち来て』っす!」


「あんまり訳したことのない言語なんすよ」とぼやきながら、ギザールも後に続いて走り出した。

 そして、相変わらずのんびりと煙草を吸うウェンゴウを、ジェニファが引っ張っている。


 赤い髪紐を翻して走る少女が、私たち4人を案内してくれたのは――裏通りにある小さな商家の中だった。


 木組みの室内には、落ち着いた木の香りと串焼きの匂いが混ざり合っている。


「ここ、あなたの家……?」


 糸のように目を細める少女は、両手を合わせて頭を下げた。


「んと、『わたしは眠民(ミンミン)。お客さんたち、なにしたの?』……っすかね」

「なにって……」


 よく分からないまま、衛兵に追われる私たちを匿ってくれたのか――。


 眠民は白磁の茶器と湯呑みを出して、「『もっと詳しく聞かせて』」と言った。


「いいの? あなたも危なくなるかもしれないのに」

「それ、ほんとにそうっすけど……この子、『そんなことより』ですって」


 眠民は、私たちが追われる理由を聞きたいという。


「私は良いけど……」


 ようやく煙草をしまったウェンゴウに視線を向ければ、彼は「俺が話すのか?」と頭を掻いた。


「当然だ。私たち、ウェンゴウのこと、まだよく知らないんだから」


 元勇者パーティーの彼が、ただ私たちを国へ連れ戻しに来たわけではないことは分かった。

 でも、皇帝との戦いに、どうして私を連れて行ったのかはまだ聞いていない。


「『そっか、お姉さんたちは……』」


 “皇帝”という言葉を出した直後、なぜか眠民は俯いてしまった。


 彼女は、この都を支配する者が人ではないと気づいているのだろうか――。


「ん、待ってください。ミュウルさんたちは上で皇帝ってやつと戦闘になって……そいつの魔法じゃない力で、突然大通りに飛ばされたってことっすか?」

「うん……」


『魔法じゃない力』というので、ギザールは察したかもしれない。

 皇帝が魔族だということを。


「それで、なぜ元勇者パーティーのオジサマが皇帝を倒しに?」


 私の身体のあちこちを診察しながら、ジェニファが言った。


「俺ぁ雇われの魔族ハンターだ」


 ウェンゴウは「魔族の残党狩りだ」とため息を吐き出した。


「元仲間から異変を聞いて、俺がここへ来ることになった」


 そこでウェンゴウは私を見て、ようやく本題を口にした。

「お前さんが必要だった」と。


「嬢ちゃんの力をちぃっと、あの壁を越えるのに使わせてもらった」

「え……でも」


 都に入った時、私は気絶していたはずだ。

 壁を壊した覚えもない。


「壊すだけが越える方法じゃねぇの」


 稀に見る笑顔に、何だかはぐらかされた気がした。


 でも、ようやく分かった。

 ウェンゴウは私の聖力を必要としていたのだ。


 勝手に使われたことには、やっぱり腹が立つけれど――。


「……なぁ、眠民ちゃんとやら。この都、なんか変だと思わねぇか?」

「でた、またそれ」


 強大な力を持つ魔族、“皇帝”が、この都を支配しているからではないのか。

 

 そう指摘すれば、ウェンゴウはお茶のお代わりをもらいながら首を横に振った。


「だから、皇帝が魔族だってだけじゃねぇ。この都そのものの、何が変なのかって聞いてんだ」

「あっ」


 急に声を上げたのは、ジェニファだった。


「転んで泣いていた子どもの膝に、傷ができていませんでした。偶然かと思いましたけれど、もしかして……」


 そういえば、通りを歩いている時にそんなことを言っていたけれど――。


「転んで血が出ない……怪我してもすぐに治るってこと?」


 それがこの都の異変だと言うのか。


 ジェニファは答え合わせを望むように、眠民の方を真剣に見ていた。


 やがて、ギザールが眠民に何かを伝えた直後――彼女は笑みを消して、窓の外へ視線を向けた。


「『あのお向かいの爺さん(イェイェ)、この間亡くなったのに、また屋台を開いているの』」

「え……」


 まさかと思って外を見ると、老人が声を張って饅頭を売っていた。


「……どういうこと?」


 まさか、生き返ったわけでもあるまいし。


 冗談混じりに、そう呟くと。


「『この都の人たちは、繰り返してるんだ』」


 瞬きもせず、眠民は外を眺めている。


 窓の外の誰も、死んだはずの老人を不思議そうに見ていなかった。それを異常だと知っているのは、この少女だけなのかもしれない。


 ただ、彼女が言おうとしていることが信じられない。


「ジェニファさんの話と眠民ちゃんの話を合わせると、もしかして……」


 でも、そんなはずは――と、ギザールも口に出すことをためらっている。


 そんな彼に、「言って」と先を促すと。

 外のにぎわいを眺めながら、ギザールは息を呑んだ。


「みんな不死……なんじゃないっすか?」

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