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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
7章 不死国家が巡る朝 ―凛紅(リンコウ)―
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82話 幻想の紅都

「先祖の……?」


 このおじさんは、突然何を言い出すのか――。


 身を構えたまま、気だるげな顔をじっと見つめるうちに、軽やかな足音が近づいてきた。


「ミュウル様!」

「ジェニファ……?」


 薬瓶を抱えたジェニファが、ギザールの腕を強引に引っ張っている。


「いでででで、もう勝手にふらつきませんから……あっ! ミュウルさん、目が覚めたんすね」


 駆け寄ってきた二人の顔を見て、全身の力が少し緩んだ。

 

 ジェニファはともかく、気絶していたギザールが元気そうに笑っている。


「ギザール、何があったの?」

「いやぁ、17個目の質問をしたところで、ウェンゴウさんに首をトンとされまして。船の上でもう目が覚めましたし……アンタこそ大丈夫なんすか?」


 かなり強めの手刀が首に入っていた、とギザールは言うが――どうやら私も、ギザールと同じ方法で気絶させられていたらしい。


「ミュウル様、ちょっと可動チェックを」

「うん……」


 ジェニファの言う通りに首を動かしてみても、特に身体に異常はなかった。


「ミュウルさん、この人は師匠と同じ、元勇者パーティーの人らしいっす」

「え……?」

 

 改めて見上げたウェンゴウは、面倒そうに頭を掻いていた。

 瞳には、一切覇気がない。

 でも、この人の立ち方、重心の取り方を見るだけで、かなり腕が立つと伝わってくる。


 実際に私は、彼に一発も拳を入れられなかった。


「今はただの傭兵だけどな。オーリウス介して伝えてもらったら、嬢ちゃんの仲間は警戒を解いてくれたわ」

「一応、ですわ」


 ジェニファは私の腕にしがみついたまま、ウェンゴウを睨みつけていた。


 オーリウスが説明した上で、二人が大人しく同行しているのならば――少なくとも、無理やりという感じではないのだろう。


「でも、本当にオーリウスがこのおじさんを信用していいって言ったの?」


 勇者の命令で、私たちを修道国へ送り返そうとしている途中じゃないのか。


 声を低くして問いかけると。


「おいおい、おじさんじゃなくてウェンゴウな」


 鼻の頭を掻いたウェンゴウは、私たちを越えて先を歩き出した。


「俺ぁ別に、勇者の依頼なんざどうでもいいんだよ」

「え……?」

「俺の先祖が生まれたっていう都を見ておきたかっただけだ」


 それだけ言うと、ウェンゴウは通りを行き交う人に混じり、ふらふらと歩きはじめた。


「第一なぁ、本気で連れ戻そうってんなら、とっくにそうしてるわ」

「あ……」


 確かに、彼は気絶していた私を見知らぬ土地まで連れてきて、あくびばかりしている。


 右も左も、焼き物の美味しそうな匂いが漂う露店市。

 ウシやヤギを引いて歩く商人たち。

 修道国では見慣れない、渋い色で涼しそうな生地の衣。


 ウェンゴウは、それをどこか懐かしそうに眺めながら歩いていた。


 たぶん彼は、嘘をついていない。


(でも、だったら……どうして私たちを連れてきたの?)


「オーリウス、ここってどのへん?」


 試しに耳飾りへ声をかけたけれど、返事はなかった。

 また会議か仕事だろうか――。


「ここは修道国からずっとずっと東に行った海沿いだ。大陸の、東の果てだな」


 オーリウスの代わりに応えたのは、串焼きを頬張るウェンゴウだった。

「首打ってごめんな」と、ギザールまでおごってもらっている。


「あ、ずるい……じゃなくて」


 ここが本当に、東の果てだとすれば。

 私たちはついに、自分たちの国のある大陸の、一番端まで到達したということになる。


 今すぐにでもオーリウスに、白地図がどうなっているのか確認したいところだけれど――今は胸が落ち着かない。


 いくら覇気がないおじさんとはいえ、ウェンゴウは元勇者パーティーの一員だ。

 ああして私たちの警戒を解こうとしているのかもしれない。


「……私、何があっても修道国(あそこ)には帰らない」


 私の足跡で、この世界の形を描くまでは――。


「それより、ミュウルさんも串焼き食べません? あっちの謎肉の姿焼きが気になって」

「まぁギザールさん! 串焼き1本で、あの殿方に懐柔されたのですか?」


 ジェニファはそう言いつつも、自分の腹から音が鳴ると、ギザールの手を離して小さくなってしまった。


「……ギザール、串焼き買ってきてくれる?」

「あいあいっす!」


 オーリウス提供の財布――魔導袋からロマンティア銀貨を1枚取り出し、露店に向かうギザールについていくと。


 露店の少女は、銀貨を前に目を丸くした。


「あれ……?」


 このお金、ここでは使えないのかもしれないと思ったけれど――ギザールが何か言う前に、少女はすぐにこちらを向いた。


 お団子頭を赤い髪紐で結んだ、吊り目の少女。

 彼女は私にニッコリと微笑んで、串焼きを2本くれた。


 “前の世界”で見た、焼き鳥を思い出す匂いとタレの照り具合。

 腹が鳴ると同時にがぶりと噛みつくと、熱々の肉汁がしたたり落ちた。


「……っ、おいしい」


 これは止まらない。

 あっという間に2本を平らげると、お団子頭の少女は追加の串焼きを差し出した。


「え……いいの?」

「その坊主、この都で宿を3か月借りられるくらいの金を渡してたぞ」


 ウェンゴウの言葉に、後ろのギザールが「げっ!」と声を上げた。


「この子に聞いたら『串焼き100本分』って……」

「観光客相手だからって、強かな娘さんですわね」


 ぼったくられたのか――でも食べてしまったら、もうお金を返してもらうわけにはいかない。

 露店の少女はニコニコとして、さらに串焼きを差し出してきた。


 ギザールが7本、ジェニファが3本、私が残り90本を食べて、全員の腹が満たされたところで。


「こりゃたまげたな。嬢ちゃんの腹、どうなってんだ?」


 少し膨らんだ私の腹を見るウェンゴウから、さっと身を逸らした。

 さすがに、じっくりと見られるのは恥ずかしい。


「それより……ウェンゴウは、本当に私たちを連れ戻す気はないの?」


 一応、勇者からの依頼なのだろうと尋ねるも。

 彼は笑って串を少女に返しながら、「どうしようかなぁ」と呟いた。


「それは、ここでの嬢ちゃんたちの働き次第だ」

「働き……?」


 首を傾げる間にも、ウェンゴウは歩き出した。


「……シェシェ」


 露店の少女は、その背中をじっと目で追っている。

 私も串を返した後、ウェンゴウの後を追うことにした。


「嬢ちゃんらは、なんかおかしいと思わねぇか?」

「え……?」


 ギザールは首を傾げ、周りの建物を見回した。

 一方ジェニファは、遊ぶ子どもたちに目を向けている。


「あちこちにある、赤と金の旗のこと?」


 それが鉛色の空を覆うほどにはためいているのは、確かにやりすぎな気はするけれど――ウェンゴウが言っているのは、そういうことではないのだろう。


「だったら……」


 目を閉じて、魔力や聖力のかすかな揺れを感じてみようとした。

 けれど、変な感じだ。

 強い魔力の塊がすぐ近くにあるみたいに、それ以外のものがまったく拾えない。


「違う違う、そうじゃなくてだな……まぁ、実際聞いた方が早いか」


 ウェンゴウが目の前の高い建物を見据えながら、歩いていく。

 その間もジェニファは、子どもたちの遊ぶ姿をじっと見ていた。


「ジェニファ、どうしたの?」

「あ……いえ、何でもありませんわ」


「膝を思い切りすりむいたのに、血が出ないはずがない」――ジェニファの呟きに首を傾げつつも、今はウェンゴウに着いていくことにした。


 今の私はこの人に勝てない。

 もし彼を振り切れたとしても、ギザールたちを連れてこの都を出る方法も分からない。


 ならば――彼が私たちに何を見せようとしているのか、まずは見極めなければ。


「おっ、たぶんここだな」


 ウェンゴウが足を止めたのは、煌びやかな楼閣――その背後に高くそびえる城だった。


「……この建物、ヘンだ」


 いつもなら建材や様式について騒ぎ始めるギザールも、城を見上げたまま黙り込んでいる。

 石の継ぎ目も、支える柱も見当たらない。まるで巨大な岩が、最初から城の形で生えてきたようだった。


「なにこれ?」


 問いかけた先で、ウェンゴウはゾクっとするような暗い目をしていた。


「凛紅を仕切る頭……“皇帝”ってやつの家だ」

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