78話あなたがいつか歩く道
火山の放つ轟音、それから石が転がる音を遠くに感じながら、私たちはヌァサ村の隣の無人島に流れ着いた。
青と赤の光を放つ山のせいか、真夜中でも辺りが明るい。
「ヌァサ・メラ……ヌァサ……」
年寄りたちは涙を流しながら、まだ山に向かって平伏している。
その背後では、咳をする人もいた。
「ラディンさん、こちらの方の見守りをお願いいたします!」
「ああ、分かった……」
ラディンは時々山の方を振り返りながらも、怪我人を手当てするグレゴリィとジェニファの手伝いをしている。
私も手伝いを申し出たが、「今は身体をお休めください」と、葉で作った即席テントに押し込まれてしまった。
「そっすよ。アンタほんとは、壁を殴った反動で疲れてるんでしょ?」
「それは……」
病み上がりで動いたギザールも、人のことを言えないと思うのだけれど――。
実際、あの海を隔てるような壁を壊すのには相当な力と聖力が必要だった。
そのせいか、これまでにない怠さを感じて、起き上がるのが億劫なほどだ。
「まぁオレは、こうして寝てても調査が進むんで」
ギザールは横になったまま、目の前をのっそのっそと歩くオオトカゲを眺めている。
暗闇の中、周りを生き物が歩いていると思うと落ち着かないのだが――ギザールにとって、ここは調査の宝庫らしい。
片手で手帳にスケッチをするギザールを、ただぼうっと眺めていると。
やがて彼は、ふっと息を吐き出した。
「それにしても、まさかこんなことになるなんて」
「……うん」
「ここには、グレゴリィさんを探して来たはずなんですけどね」
結局、オーリウスの足を治せる方法は見つからなかった。
それどころか、ヌァサ村の大変な瞬間に立ち会うことになるなんて――。
「……ごめん」
「えっ、なんで謝るんすか?」
守ると言っておきながら、ふたりを危険にさらした。
いくら予想ができなかったこととはいえ。
拳を握り、膝の上で震わせていると。
「『危険、どんとこいです』ってやつ。あれ、オレも同じっすよ」
「え……?」
それは確か――オーリウスの執務室を初めて訪れた時の、私の言葉。
「よく覚えてたね」
「もちろん。だから一緒に旅に出るって決めた時点で、謝る必要なんてないくらいに……運命共同体なんですよ、オレたち」
運命共同体。
一蓮托生。
ギザールがよく口にする言葉に、拳の震えが止まった。
「……そっか、そうだね」
ずっとこわばっていた、肩の力を抜くと。
ギザールは私の顔を見たまま、ニヤニヤと笑いはじめた。
「……なに?」
「いやぁ。あの時から、なんとなーくそんな予感はしてたんすよねー」
修道国を出発する時、オーリウスがいつまでも私の手を離さなかったこと。
「あれを見て確信した」と、ギザールは言った。
突然、何の話を始めたのか――。
「いつまで握ってるんすかって、オレ、からかったじゃないっすか」
「うん……そうだっけ」
「そうなんすよ! で、それがどういうことかと言うとですね」
オーリウスは、私に特別な想いを抱いている。
ギザールは少し真剣に、でも笑って、そう言い切った。
「……特別な想い?」
「はい。だから足のことも話したし、ミュウルさんが治したいって言い出した時、怒ったんじゃないですか?」
ギザールが寝ている間に話したことは、ほぼジェニファから聞いたという。
グレゴリィとオーリウスと、三人で話した時のことも、たしかジェニファに話したのだったか――。
それにしても。
「……オーリウス、気づいてるよ」
さっきから、耳元でかすかに雑音が響いている。
耳飾りに触れてみると、『ゴホン』と咳払いが響いた。
『ギザールさんには後でお話があるとして……ミュウル、その人から言われたことを、あまり真に受けないように』
「えー! なんでっすか?」
『貴方は分かっていて言っているでしょう!』
いつもより余裕のない声が響く中。
ギザールは、「あとは二人でごゆっくり」と立ち上がった。
「起きて大丈夫なの?」
「はい、グレゴリィさんたちを手伝ってくるっす」
ギザールがテントから離れたあと。
しばらくして、また咳払いが響いた。
『その……ヌァサ村の噴火は無事切り抜けられたようで、何よりです。体調はいかがです?』
「うん、少し怠いけど平気」
ただ、ひとつだけ。
ギザールが「特別な想い」の話をしてから、なぜか胸が落ち着かない。
でも何となく、それを口にしてはいけない気がした。
代わりに思いついたのは、やっぱり“あのこと”だった。
「本当に、オーリウスは希望を捨てたの?」
『…………しつこい』
やっぱり、私のエゴなのだろうと思う。
それでも手のひらを見つめると、最後に握った手の温度を思い出す。
「顔が見たい」
『……はい?』
「最後にオーリウスがどんな顔してたか……忘れちゃいそうなんだ」
思ったことをそのまま口にすると。
耳飾りの奥は沈黙してしまった。
やがて、何かを囁くような声の後――。
『どうして貴女は、そんなに私を気に掛ける?』
いつもより沈んだ調子で、彼は言った。
「どうしてって……」
オーリウスと一緒に、世界を歩いてみたい。
そう答えると、『だから、それはなぜ』と静かな声が返ってきた。
「なぜか……」
初めて出会った時、私は――彼の威圧的な魔力より、本当は彼の足を見ていた。
勇者像を砕いた時、手を繋いで――彼がまだ前を向いているのだと知った。
そして、旅立ちの時。
縋るように握られた、あの手――あの熱から私は、少しの苛立ちと焦りを感じた。
だから、私は――。
「オーリウスは諦めたんじゃなくて……私に託してくれただけなんだって、思ったから」
それに、もうひとつ。
「似てるんだ、私と」
『似ている……貴女と私が?』
オーリウスの声に、影がさした。
『そんな時代があったようには見えないほど、丈夫すぎる身体を持っているように思えますが』
当然だ。今の私を見たら、何を言っているのかと思うだろう。
唇を噛み、口を開いた。
「私は今……あなたの分も、歩いてる気になってるんじゃないよ」
“前の世界”の私とオーリウスを重ねているなんて、言えない。
それでも――。
「あなたがいつか歩く道を、私は踏み固めているだけなんだ」
いつか一緒に歩くことを、彼よりも信じている。
星の見えない空を見上げたまま、そう告げると。
耳元に響いたのは、震える溜め息だった。
『……おやすみなさい』
「あっ」
耳の奥で、ブツっと音が鳴った。
さすがに困らせただろうか――。
でも、嘘はついていない。
話したことに後悔もない。
「……オーリウス」
今が何時かも分からないほど、灰色の煙が立ち込める空。
それをただ仰ぐうちに、地面を揺らすほどの轟音は収まっていった。




