74話 青い憤怒
ヴァニアを抱え、山の斜面を滑り降りていくと。
ヌァサ村の人たちが膝をつき、こちらを見上げて手を合わせていた。
「なに……?」
「山の様子を見る限り、祈らずにはいられないのだろう」
相変わらず焦りもしないヴァニアを砂浜へ降ろし、ざわめく村に足を踏み入れた。
母親たちが子どもを小屋に引っ張り込み、男性たちが何かを大声で唱えている。
また白い砂浜には、細かい灰が落ちていた。
「あたしのことはいいから、行ってあげなさい」
「うん……」
浜辺に並んで祈る大人たちの前には、祈らない人——ラディンの姿もあった。
また、スラヤドと言い争っているみたいだ。
もしかすると、山に登ったことを咎められているのだろうか。
「ラディン……!」
重い足を引きずり、近づいていくと。
私を捉えたラディンの目が、大きく開かれた。
「ミュウル、良かった……! 突然消えたから驚いた」
「……っ」
私の手を引いた彼は、存在を確かめるように手を額へ当てた。
どうやら本気で心配してくれたらしい。
「ごめん……いま、何が起こってるの?」
そう訊ねると、口を結んでいたスラヤドが眉間にシワを寄せた。
「……息子は勘違いをしている。炎を採っても、山は息子を認めない」
「え……?」
やっぱり、村の大人たちが怒っている。
ラディンと炎を採ってきたこともバレたらしい。
山に向かってひれ伏す人たちは、「炎を山へ返せ」と叫んでいるという。
「じゃあ……炎を採ったから、噴火が起こりそうだと思ってるってこと?」
さっきまでは見えなかった黒い煙を上げ、小さな噴石を吐き出している山を見上げると。
「そんなの迷信だ! ミュウル……ちょっと待ってろ」
声を荒げたラディンは、山へ平伏す大人たちに向かっていった。
でも、話し合いは上手くいっていないらしい。
ラディンが声を上げれば上げるほど、大人たちは彼を突き放すように背を向けていく。
「どうやって説得してるんだろう……」
こういう時、ギザールに頼り切りだったことを実感する。
「どれ、訳してやろう」
「……ヴァニア?」
いつの間にか背後に立っていた彼女に、「お願い」と言うと。
ヴァニアは咳払いをして、彼らに少し近づいていった。
「ふむ、“山の機嫌”について話しているようだ」
あの活火山は、これまでも頻繁に噴火の予兆を見せてきた。
村の大人たちはそう口々に話していると、ヴァニアは言った。
「えっ、じゃあ……!」
もし噴火したら、この村も危険にさらされるのではないか。
まだギザールが眠っている診療所の方を見て、駆け出そうとしたところ。
「村の年寄りに話を聞けば分かるかもね」
ヴァニアの助言に、はやる足を止めた。
私を国へ帰すために来たと言っていたけれど——彼女はなぜか、急いでいる素振りは見せない。
私を泳がせて、どんな動きをするのかを観察しているみたいだった。
「ヴァニア、頼ってもいいの?」
「そりゃね。ミュウルは勇者と似ているみたいだからさ」
旅先の問題を、そのままにしておけない気質だろう。
そう言われ、ついポカンとしてしまった。
それに今、私が“勇者と似ている”と言ったのか。
彼の像に祈ったり、像の首を折ったり——あの遠い存在と私が。
「君を国へ連れ戻すには、まずそれからだろう」
「……っ」
戻るつもりはない。
でも、今は彼女を説得するより先に、あの火山の状態を確認しなければ。
「行こう、ヴァニア。村の人にはラディンに取り次いでもらう」
「承知」
火山のことについて詳しい老人に話を聞けないか、ラディンに頼んでみたところ。
彼は顔を少し陰らせながらも、「村の年寄りの緊急集会に加わるか?」と提案してくれた。
どうやら彼も、その場へ呼ばれたらしい。
場所はやっぱり、村の中央にある大きな藁小屋。
そこで数人の老人たちが、輪になって顔を寄せていた。
でも――彼らは村の若い大人と違って、どこか和やかな表情で話している。
「ふむ。彼らにとって、山の怒りはそう珍しいものでもないようだ」
煮えたぎる火山を隣人として生きてきた、ヌァサ村の老人たち。
ただ、ここ30年は穏やかだったため、いますぐ逃げるべきか判断に迷っている——それで頭をひねっているらしい。
ヴァニアが訳してくれる横で、ラディンは何かを懸命に訴えていた。
「『逃げるなんてダメだ。やっとこの村が、外と繋がり始めたのに』、だってさ」
「ラディン……」
彼にかける言葉が思いつかない。
その間にも、ラディンは立ち上がっていた。
「じじたちが、御山の解明を先送りにしてきたせいだ……俺たちは青い炎の正体を探って、きっと怒りを鎮めてみせる」
「あっ……」
ラディンはまた私の手を引き、小屋の外へ飛び出していった。
やっぱり彼は、青い炎の正体が分かれば、噴火が収まると思っているらしい。
「ラディン、どこへ……?」
すると、彼は桟橋の途中で止まり、こちらを振り返った。
繋いだ手が、汗で少し冷えている。
「……影を一緒にやっつけてくれてありがとな」
「え、うん」
あの時は、特に大したことのない作業のように思えたけれど。
今となっては、協力して良かったのか——強い違和感が、喉の奥に張り付いたまま離れない。
「もし、炎の謎も一緒に考えてくれるなら……あとで俺の家に来てくれ」
答える代わりに、山の方を見上げた。
「噴火は冗談ではない」というかのように、山は黒い煙と噴石を吐き出している。
浜を駆けるラディンを見送った後。
もはや気配を覚えた、黒い影を振り返った。
「ねぇ。どうしてあの山が青いかは置いてさ」
「うん、なんだい?」
「山の噴火を止めることは、どうしたって人間にはできないよね?」
自然現象だから、と付け加えると。
「そうだね」とヴァニアは微笑んだ。
どうやら今の世界でも、そこは同じらしい。
「村の重鎮たちは、そんなの分かっているんだろうさ。若者たちが無茶をしないよう、“むやみに山に近づくな”と言いたいのだろうね」
だから、彼らは山を恐れる様子を若者たちに見せている。
その言葉に、「なるほど」と頷いた。
それでもラディンの意志は、“炎の謎”の解明にある。
「どうしたらいいんだろう……」
さすがに私でも、山を殴って黙らせることはできない。
村の年寄りたちが逃げると判断したら、手伝うことくらいはできるだろうけれど——それよりも。
「ラディン、大丈夫かな……?」
放っておくと、また何か無茶をしかねない。
「様子を見に行こう」
「では、付き合うとしようか」
もはや当たり前のようについてくるヴァニアを引き連れて、桟橋の方へ踏み出した。
山の機嫌など知らないと言うかのように、海は青と白の波を立ててきらめいている。
「ところで、ヴァニアはもう答えを知ってたりする?」
何となく物知りそうな考古学者に、炎が赤ではなく青いわけを尋ねてみると。
彼女はスッと目を細めた。
「予想はついている。が……自分で答え合わせをした方が楽しいだろう?」
やっぱり。
彼女なら、そう言う気がした。
でも、今は緊急事態だ。
さっさと答えを出した方が、ラディンの無茶を止められるのではないか。
ただ――私だったら、人から聞いても納得しない。
きっとラディンも、そんな気がする。
「どうしたら……」
「ミュウル様〜!」
高い呼び声を振り返ると。
診療所の方から、ゆるふわの金髪を跳ねさせた女性が走ってくるのが見えた。
「ジェニファ……?」
確か彼女は、診療所で解熱の薬を作っていたはずだ。
息を切らしたジェニファの肩を支え、顔を上げるのを待っていると。
「ミュウル様、目覚めたんです……」
「え……?」
ついにギザールが目を覚ましたと、ジェニファは泣きそうな顔で笑った。




