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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
6章 青い火山は怒らない ―ヌァサ・メラ―
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72話 ゴリラ聖女、力を示す。

 目の前には、黒光りする筋肉を誇るような男性たち。


『オマエの強さを示せ』とラディンは言っていたが、いったい私に何をさせるつもりなのか。


「どれ、ヒマだから見物して行こうかな」

「え……」


 さっきまで話していたヴァニアが、いつの間にか後ろからついて来ていた。


「ミュウルの仲間か?」


 真剣な顔つきのラディンに、ヴァニアは「そうさ」と軽い調子で返し——結局、彼女まで見物することになってしまった。


「……ッ! ……」

「えっ、なんて……?」


 険しい顔で小屋に詰まる大人たちに、ラディンが何かを話している。

 何となく強い口調で。


「『“青い炎の秘密”を解き明かすことが成人の条件ならば、山に登るしかない』……もっと訳してやろうか?」

「え……ヴァニア?」


 後ろで黙っていたヴァニアが、「弟子より上手いぞ?」と、自信に満ちた笑みを浮かべている。


「じゃあ……お願いします」


 実際に、ギザールより長けているかどうかは置いて。

 ヴァニアは彼らが喋るのとほぼ同時に、大事なことを短く教えてくれた。


 ラディンだけが、「本当に青い炎の正体を知りたいと思っている」ということを。


「どういうこと?」

「他の成人を迎える若者は、大人の言いつけを守って、実際に山に登らない。でも彼だけが、正しい答えを見つけて大人になりたいと思っている……ってことかな」


 眉を寄せる大人たちに、懸命に訴えるラディンの横顔。

 それが人ごとではないものに思えた。


 彼は自分が納得できる方法で、自分の前にそびえる壁を越えようとしているのだ——。


「それで、『私の力を示せ』っていうのは?」

「それは……おっと、訳すまでもないようだね」


 こちらを振り返ったラディンが、私の手を強く握った。


「話は通した。ミュウル、オマエの出番だ」


 自分には頼もしい味方ができたということを、山を登ることに反対する大人たちに示してくれ——そう言って、ラディンは握る力を強めた。


「示すって、どうやって?」

「火口に近づきすぎた俺を、とっさに助けてくれただろう」


 手を握る力を緩めたラディンは、部屋の隅で佇む大男を指した。


「あの男は村で“山”と呼ばれる巨漢だ。華奢な女のオマエが奴を持ち上げれば、ここにいる連中はオマエの力を知ることになる」

「えっ……」


 それは、たぶんできる。

 でも、山に登っても危険がないことの証明になるのだろうか——?


 これが唯一の方法と疑わないラディンから、視線を逸らしたところで。

 後ろから、笑いを堪えるヴァニアの声が聞こえてきた。


 あの変な人、この状況を絶対に楽しんでいる。


「笑いたきゃ笑え。俺は山に選ばれたいんじゃない。青い炎の正体を知るために山へ登るんだ」

「……ラディン」


 私が何か言ったところで、彼の決意は固そうだ。


「あの人たちも、私が“山さん”を持ち上げれば納得してくれるの?」

「ああ。“出来るはずがない”と取り合ってくれないが……」


 だったら、と、山さんの前に進み出た。

 彼は体格だけでなく、どっしりとした表情で私を見上げている。


「『やめときなよお嬢さん、オラを抱えたら骨が折れるぞ』……だとさ。どうする、ミュウル?」


 ヴァニアは引き続きニヤニヤしながら、こちらを眺めている。


「どうって…………こうっ!」


 全身に息を吹き込むように吸い、山さんを横抱きにすると。


「オオッ……!」


 歓声と同時に、何人かの大人が立ち上がった。


「……思ったより軽いよ、お兄さん」

「ヘェェ……?」


 正直、ヴァリナ川から村まで運んだ水よりも楽勝だった。

 さらに巨体を頭上へ持ち上げて見せれば、もはや声が止んでしまった。


 ヴァニアが笑いながら拍手をする一方。

 当のラディンは、山さんを見上げてポカンと口を開けている。


「オマエ……そこまでだったのか」


 ついでにラディンも一緒に抱えるか、尋ねると。

 小屋の中は、しんと静まり返ってしまった。


 ただ、一番年長らしき白髪の女性が、ポツリと何かを発した直後。

 唖然としていた大人たちが、一斉にラディンへ向き直った。


「ヴァニア、なんて言ってるの?」

「『確かにこの娘の力は凄まじいが、山は人が勝てるものではない』」

「……そっか」


 最初から、薄々わかっていたことだけれど——私の“ゴリラパワー”を見せつけたところで、山の大人たちは納得しなかった。


「クソっ……」

「ラディン!」


 ヴァニアに先へ帰っててと告げ、小屋を飛び出したラディンを追っていくと。

 彼は包帯の巻かれた肘を押さえながら、浜辺の先へ歩き出していた。


「ラディン……」


 成人の儀を通過するためなら、もっと安全で確かな方法があるのでは——なんて思ったところで、私には言えない。


 やがてラディンは、海に張り出した桟橋の端で足を止めた。


 夜の海は静かだ。

 でも、遠くの火山だけが、暗い空の下でぼんやりと青く揺れている。

 ここからでも熱波が感じられるほど、息遣いが強い。


 そんな山を隣人にしているラディンは、どうして炎の解明にこだわるのだろうか——。


「ラディンはさ、山が怖くないの?」


 訊いた瞬間、彼はほんの少しだけ振り返った。


「怖い。だから知りたいんだろ」


 怖いものを怖いまま祀って、何になるのか——。


 そう言って、ラディンはポケットから石をひとつ取り出した。

 昼間、彼の家で見せてくれたものと同じだ。

 青い火口のそばで拾ったという、歪な黒い石。


「大人たちは言うだけだ。山を怒らせるな。火に触るな。祈れ。でも……」


 それだけでは、村は守れない。


 ラディンは静かな青い眼光で、あかりの灯る村を見回した。


「観光客は『綺麗だった』と言って帰れる。だが……俺たちはここで寝て、ここで起きるんだ」

「……うん」


 昼間、彼が「観光客は良いよな」と言った理由はそれだったのか——。


「早く大人になって、村を出たいわけじゃないんだね」

「当たり前だ」


 ラディンは少しだけむっとした顔をした。

 それから。火山の方を見たまま、小さくため息を吐いた。


「俺はこの村を残したい。親父たちみたいに祈るだけじゃなくて……俺たちの病を知っているから治せる先生みたいに、ちゃんと山のことを知って、村を残すんだ」


 ラディンの声が、胸にすっと溶けていく。


 前の世界では、歩けなかった私。

 でも今は、世界を知って、自分の足跡を残そうとしている。


 彼と私の痛みが、重なるんだ——。


「ミュウル」

「なに?」

「青い炎の謎、手伝うって言ったな」

「……言った」


 頷くと、ラディンの海色の瞳に、青い火がちらりと映った。


「明日、一緒に山へ登ってくれないか? 青い炎を村まで運ぶためのものが、そろそろ完成しそうなんだ」

「私は……」


 彼のこと、そして彼を心配する人のことを思うなら、手伝うべきではないのだろう。

 でも、「やらない後悔」がいかに痛くて自分を苦しめるのか、私は誰よりも知っている。


「分かった、行くよ」


 ポツリと答えると。


「……ありがとな」


 火山の青い光を映した瞳が、すっと細くなった。

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