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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
5章 人魔の洗濯川 ―ヴァリナ―
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64話 人魔共闘

「あぁ……ギザールさん……?」


 祈りの手を崩したジェニファが、ギザールを抱える私を見て立ち上がった。


 ギザールがいなくなったこの洞穴で、ずっと祈っていたのか――。


「ジェニファさん……そんなにオレを心配してくれてたんっすね」


 ふらふらと歩み寄ってくるジェニファを受け入れるように、ギザールは腕を広げているが。


「グエッ!」


 ジェニファの握りしめていた薬瓶が、ギザールの口に直撃した。


 やっぱり――素直に“再会のハグ”なんて、あのジェニファがするはずない。


「このおバカさん! ミュウル様にご心配をおかけするなんて、許せませんっ……」


 口ではそう言っているものの。

 ジェニファは、少し泣きそうな顔を腕で隠していた。


「え……」


 薬瓶を口内から取り出したギザールは、ポカンとしている。

 それでも彼の背を叩いて、「ジェニファもホントに心配してたんだよ」と、囁いたところ。


「……そっか。アンタにも心配おかけして、すみませんでした」


 ギザールは微笑み、ジェニファの腕をそっと解こうとした。


「別に私は……」

「ジェニファ、照れてる」

「ちょっ……ミュウル様!」


 少なくとも、私以外を本気で心配しているジェニファを初めて見た。


 頬を膨らませるジェニファに、どんどん口角が上がってしまう。


「もうっ! その腫れた足首、さっさと診せてくださいませ」

「はーい、お願いしまっす」


 すっかり仕事の顔になったジェニファ、それに嬉しそうなギザールから、今は離れることにした。


 ギザールの足首を治してもらっている間に、私はあのことをヘリオスへ報告しなければ。


『ヴァリナ村の方面から、大穴の地下水脈に向けて伸びる道があって』


 迷子のギザールが見つけた、「壁を介さない水脈への穴」。

 でも、まだ水路を引けるかは分からない。


「……直接見てもらわないと」


 ブーミダが掘った穴のひとつがある岩場へ、半信半疑のヘリオスを案内すると。


「そうね。使えそうか確認するわ……乗りなさい」

「え……?」


 一瞬、何に乗れと言われたのか分からなかったのだが――純白の翼を広げたヘリオスが膝をついたところで、ようやく理解した。


 あのヘリオスが、“私を背に乗せてもいい”と言っているのだと。


「早くなさい!」


 前は、足に掴まった私たちを平気で落としたくせに。

 今のヘリオスは、私が振り落とされないよう、翼の角度まで変えて飛んでいる。


「ふぅん。確かに、壁は避けて掘られた穴みたいね」


 しかもヘリオスいわく、ブーミダの通り道は、本当にヴァリナ村の方へと続いているらしい。


 が――まだ途中だというのに、ヘリオスは翼を畳んでしまった。


「どうしたの?」

「……しっ、ほら」


 ヘリオスの翼が放つ光以外、ほとんど何も見えない中。トンネルの奥にそびえるものが、暗闇に慣れた目に浮かび上がってきた。


「これは……」


 道を塞ぐ巨大な壁――ではなく、分厚い“漆黒の岩盤”だ。


「……下から水の音がするわ。このバカでかい岩盤が塞いでいるのね」


 ヘリオスは小さく肩を落とし、ため息を吐いた。


「これはアタシたちの力じゃ無理ね。人間の魔法でも、おそらくは」

「でも、あの壁じゃないんでしょ?」


 壊しても問題ないはずだ。


 そう言うと、ヘリオスはため息を大きくした。


「この岩盤の表面、アンタ見えてないの?」


 ブーミダを覆っているのと同じ、黒光りする鉱石。それが厚く結晶化していると、ヘリオスは教えてくれた。


 でも――。


「いける」

「は……アタシの話、聞いてた?」


 試しに岩盤を叩いてみて、確信した。

 魔力のたぎる障壁よりも、まだ壊しやすそうだ。


「ただ……」

 

 こんなところの岩を一気に壊したら、天井が落ちてきそうな気がする。


「私ひとりじゃダメだけど……地下の工事に慣れたバシールたちと力を合わせれば、できる」


 言い切ると同時に、拳を強く握った。


 久々に握ったそれに、聖力を灯してみると――。


「アンタ、その力……!」


 目の眩むような光を前に、ヘリオスが後退した。

 純白の翼を広げ、全身を覆っている。


「やっぱり、魔族に聖力は毒なんだ」

「それはそうだけど……アンタの力、近くにいるだけで痛いほどよ」


 そこまでの力があったなんて――そう言われて、初めて気づいた。

 拳の纏う光が、以前よりも濃くなっていることに。


「私の聖力……強くなってるんだ」


 弱い、弱いと大聖女様に言われ続けた聖力。

 それが今、あのヘリオスを退かせるほどの光になっている。


「……ねぇ、ヘリオス」


 拳の光を消すと。翼の隙間から覗く、赤い瞳が揺れた。


「聖女自身(わたし)が信じられるものが増えていけば、この力はもっと強くなるんだって」


 その信じるものは、ギザールやジェニファ、オーリウスだけではない。


「旅の途中で出会ったあなたたちも、私に進む力をくれるんだ」


 そこには、この川で出会ったみんなも含まれている――そう告げると。


「はぁ……ほんと嫌になっちゃうわ、アンタ」


 遠くを見る瞳が伏せられた、直後。

 ヘリオスは来た道を振り返った。


「あの人間たちを呼ぶわよ」

「えっ……!」

「ただし、母親と次女だけよ……本当は死んでも嫌だけど」


 それでも、ふたりを大穴に入れてもいいというのか――私たちですら煙たがっていた、あのヘリオスが。


 つい緩む頬を押さえながら、ヘリオスを見ると。

 彼は翼をひるがえし、「工事の準備に戻るわ」と小声で言った。


「……やった」


 自分たちのためにアシャを操ろうとしたヘリオスが、バシールたちと協力する気になった。


 それだけで胸がいっぱいになったが、立ち止まってはいられない。


「ギザールにも協力してもらわないと……!」


 数日後。


 ギザールの足が完全に治った頃には、ヴァリナ村側から“漆黒の岩盤”までの地下道が開通していた。

 別の水路候補があることを知ったバシールたちが、張り切って掘り進めてくれたのだ。


「『それじゃ最後の仕上げかねぇ、ヘリオス!』」


 この数日の間に、バシールはヘリオスを名前で呼ぶようになっていた。

 ヘリオス本人は嫌そうな顔をしているが、裏では地下道の補強に魔族たちを回していたのを私は知っている。


 あとは本当に、最後の仕上げだけ――。


「水を塞いでる最後の岩盤……いくよ」


 “漆黒の岩盤”を前に、背後のバシールを見上げたところ。


「『天井と横壁は任しときな!』」


 彼女は腕をパンパンと鳴らし、落盤を塞ぐための丸太の壁に張り付いた。


「『ミュウルさん、本当に素手で岩盤を穿つ気……? 人間にそんなことできるの?』」


 母親を手伝うアシャも、今日は特に腕の筋肉が良く張っている。


「大丈夫だよ。今までもこれでぶん殴ってきたし」


 不安げな彼女に微笑んでみせると。

 翻訳をしてくれていたギザールが、その間に割り込んできた。


「ミュウルさん、いいっすか? ブーミダさんが言うには、『右下の方、最適』らしいっすからね」


 全部ぶっ壊すのではなく、一点をまずは砕いて様子を見るべき――ギザールの指示に、大きく頷いた。


「うん、一点集中ね」


 この一家と腕相撲をした時は、別々の方向から力を加えて戦った。

 でも、今度は違う。

 バシールたちと、ひとつの岩盤を穿つために手を取り合うのだ。


「……本当にやれるんでしょうね」

「うん、ヘリオスも下がってて」


 ヘリオスは少し離れたところで、人間に擬態したままこちらを見ている。

 バシールの前で翼を広げる気は、まだないらしい。


「ふぅ……」


 考える時間はここまで。

 あとは拳の出番だ。


 冷たい空気をすべて肺に放り込むように、息を吸い――止める。


 そして。


「……っ、はぁぁあ!」


 いつもより速く。

 でも、少しだけ優しく。

 血管の浮き出る拳を、岩盤の右下に叩き込んだ――瞬間。


 ピキッと、岩盤に小さなヒビが走った。


 隙間から漏れた水飛沫に、泥で汚れた頬が洗われる。


「やった、すごいっすよミュウルさん! でも、ちょっと水の音が強い気が――」

「……っく、まだ!」


 今回はいつもと違って、ただ目の前の邪魔モノを壊すのではない。

 ヴァリナ――“神聖な命の川”で生きる人と魔、その未来を繋ぐための拳だ。


「ギザール、ヘリオス、バシールたちも……離れてて!」


 地下で拳連打はできない。

 次の一発に、鋭く一点を穿つよう力を込めるしか――。


「……っ、これで……さいごだ!」


 いっそ拳を解き、全力を指先に込めた――その瞬間。


 黒い鉱石の表面が砕け散り、頬を掠めていった。


「今度こそやった……?」


 いや、なんだかおかしい。

 穿った拳ほどの大きさの穴から、水の音が激しく轟いている。


「え……」


 ヒビが広がっている。


 このまま岩盤が完全に砕けてしまうと、このトンネル全体が川の水で満たされる――。


「『上の穴へ退避だ!』……って、間に合うんすかコレ!?」


 事前にギザールとバシールが想定したよりも、ずっと水の勢いが強い。


「そんな……」


 あと数秒もしないうちに、膨大な量の川の水に押し流されるかもしれない――。


「ギザール、どうしたら……」


 なだれ込む水音が、すべての声を飲み込んだ。


 逃げろというギザールの声も、バシールの怒鳴り声も、もう形にならない。


 心臓が破裂しそうなほどに軋む中――視界一面に、純白の羽が舞った。


「ヘリオス……?」


 人の姿を破った天使は、迷いなく翼を広げていた。

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