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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
5章 人魔の洗濯川 ―ヴァリナ―
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63話 第三の道

 バシール家での話し合いを終え、大穴の洞穴に戻ったものの――焚き火を作るギザールの表情は険しいままだった。


「とりあえず、バシールさんたちは分かってくれましたけどねぇ」


 ヘリオスが、壁が自分たちにとって大切なものであることを、バシールたちに伝えたわけだが。

 それによって彼女たちが明かしてくれたのは、「水路によって得るものは、こちらの想像以上に大きい」ということだった。


「隣町の町長さんからの依頼に、まさかあんな条件があったなんて……あ、この薪はどう置けば良いですか?」


 焚き火起こしを手伝いながら、ジェニファも顔を曇らせている。


 共同で使える水路ができれば、子どもたちは毎日働かずに済むだけではない。

 村から四姉妹全員の教育を支援する――そんな話があれば、母であるバシールが水路工事を諦められないのも当然だろう。


「『アタシも50になる。10年以上かけて掘り進めた水路を、今さら掘り直すってのも厳しいんだ』……って、バシールさん言ってたっすね」

「うん……」


 大穴に暮らす魔族は、壁の恩恵を受けて生きている。ヘリオスがその壁を守る理由はわかる。

 でも、子どもたちの未来のために、水路を村まで引きたいバシールの言い分もわかる。


 どちらも家族のことを考えているのだ。


「さぁて。真っ黒パンも食べ終わったことですし、皆さんおやすみなさいっす」

「あら、ギザールさん! 今夜は私から見張りを始めますわ」


 そんなギザールとジェニファを微笑ましく眺めながら、「今夜は私がする」と提案したところ。


「でも、ミュウル様には一番休んでいただかないと……!」


 戦闘要員は身体が資本だから、と、ジェニファは言うが。ヘリオスとバシール家のことを考えると、いまは眠れそうになかった。


「休まないといけないのは、みんな同じだよ」


 心配する二人を奥に押しやり、洞穴入り口の焚き火の前に座った。


 壁を壊さないで水路を作る、どちらも納得できる第三の道を考えても――そんなもの、なかなか思い浮かばない。


「ミュウルさん、お隣いいっすか?」

「……!」


 寝に行ったはずのギザールが、焚き火の向こうから現れた。


「どうして……」

「なんだか、オレも眠れないんで」


 ギザールは隣に腰を落とすと、少し眠そうな目で天井を仰いだ。

 低い岩の天井には、ブーミダの掘った穴が点々としている。


「何でも構わず掘りまくってたら、川の底の色んなところに道ができてそうっすよね?」

「……それは、そうかも」


 岩の隙間から落ちる滴が、焚き火に飛び込んでいくところを眺めながら。

 ギザールと、無言のまま隣り合っていた。


「これからどうしよう」とギザールを頼る前に、私自身も答えを見つけなければ。

 ヴァリナの人間と魔族が、よりよく暮らせる方法を――。


 そんなことを、柄にもなく真剣に考えていたところ。

 ギザールは無言で立ち上がり、奥へと戻っていった。


「……?」


 あのお喋りな彼が、私に一言も声をかけないなんて珍しい。

 それでも疲れているのかと思い、静かに去る背中を見送ったのだが――。


「大変ですミュウル様!」

「……ズズッ」


 背中から突っ込んできたジェニファのおかげで、まどろみから戻って来られた。

 よだれの出かけた口を拭く間もなく、彼女は顔を寄せてくる。


「あれ、もう交代?」

「違うんです、ギザールさんがいないんです!」

「え……」


 さっきまで隣にいたはずの彼。

 たしかにギザールは、ジェニファのいる奥へと向かったはずだ。


「まるで転移魔法でも使ったみたいですけれど、ギザールさんにそんな力はないですし……どうしましょう!」


 ウロウロする足が止まらないジェニファを見ているうちに、ふと、さっきの話を思い出した。


『色んなところに道ができてそうっすよね?』


 ブーミダの掘った穴を見上げて、ギザールはそう言っていたはずだ。


「もしかして……」


 穴のどれかに入ったのでは――。


「あっ、ミュウル様どこへ!?」


 考え終わるより早く、足が動いていた。


 ブーミダの通った穴は無数にあって、私ではどれが本命か分からない。


「ジェニファはここで待ってて!」

 

 “底抜け”の街で頼れるのは、あの一家だけだ。


 濡れた岩肌を猛スピードで登り、木の実のような家にお邪魔すると。


「はぁ!? あの男、アタシに偉そうに言っておいて、自分が仲間に心配かけてんじゃないわよ!」


 一か八かで頼ってみたヘリオスは、すぐに棲家を飛び出して行った。

 街の魔族を挙げて探してくれるみたいだ。


「ミュウル様、私たちもブーミダさんを探してみませんか!?」


 棲家の下でそわそわと待っていたジェニファの提案に、大きく頷いた。


「そうだね……彼なら穴を通るのも速いし」


 大丈夫だ、私たちには大穴の魔族がついている。


 そう自分に言い聞かせても、胸騒ぎは消えなかった。

 

 それから、もう何時間探し回っただろうか。

 腹も鳴って喉もカラカラ。

 それでも、止まるわけにはいかないのだが――。


 ヴィーナスいわく、大穴付近を一周して戻ってきたブーミダは、『地下の川に落ちたら探せぬ』と言っているらしい。


「そんな……脅さないでくださいませ!」


 もはやジェニファは、祈りの手を組みはじめた。

 それでも私は足を止められない。


「ずっと一人だった」とこぼしていた、ギザールの寂しげな横顔。

 あの胸を締めつけるような表情が、いつまでも頭に焼きついている。


「ギザール!」


 何度も、洞窟のあちこちに開いた穴に向かって叫び続けた。


 この声が、きっと彼へ届くはずだ――そう信じて、何度も、何度も。


 やがて。

「なぜギザールともっと話をしておかなかったのか」と、さっきの自分を責めはじめた、その時。


「うぅ……」


 いま、たしかに――足元に開くどれかの穴から、か細い声が響いた。


「……ミュウルさん……ジェニファさん……っ」

「ギザール……!」


 どの穴の先に彼がいるのかは分からない。

 それでも、彼の気配がこの先にある気がして――手前の穴に迷わず落ちると。

 足がついたのは、水色に光る地下水脈のほとりだった。


「ここは……」


 以前、落ちたことがある岩場だ。


 でも、今はそんなことより――。


「ミュウルさん……!」

「……っ」


 岩場で座り込んでいるギザールを見つけた瞬間、涙があふれそうになった。

 彼は足をくじき、動けなくなっているみたいだ。


 とりあえず、無事でいてくれた――。


 震える息を吐き出し、こちらに手を振る彼に近づいていくと。


「聞いてくださいっ! ブーミダさんが掘り進めていた道の中に、“当たり”があったんっすよ!」

「……え?」


 ギザールは何事もなかったかのように、目を輝かせていた。


「ヴァリナ村の方面から、大穴の地下水脈に向けて伸びる道があって。しかもそこ、壁で隔たれてないんすよ!」

「……」


 こちらの心配などお構いなしに、いつもの早口を披露する学者兼通訳。

 そんな彼に向かって、震える腕を伸ばした。


「その道は、壁を横から避けるように掘られていて……って、ミュウルさん?」


 意外と硬い身体を、包み込むように抱きしめると。彼はようやく口を閉じた。


 ポカンとした顔で、両手を宙に浮かせている。


 やっぱり腹立たしい――。


「ひとりで、行かないでよ」

「え……」

「ほんっとうに……心配した」


 それだけ、ようやく絞り出せた。


「えっと……」


 ギザールは何度か目を瞬かせた後――ようやくお喋りな口を閉じた。


「ギザール……こっち、見て」


 ようやく視線が合った瞬間。


 私の顔を捉えた瞳が、うるうると揺れはじめた。


「もう二度と会えないかと思ったっす……」

「……うん」


 彼が涙をこぼすより早く、頭を撫でると。

 ぎこちない腕が、私を抱きしめ返してくれた。


(この人は、ずっと一人だったんだ……)


 でも、それが平気なわけではなかった。

 そう教えてくれたような気がした。


「ギザールが私たちを信じてくれる限り、何度でも見つけてみせるから」


 私を地図作りの旅に誘ってくれた人。

 私の力を最初に信じてくれた人。


 そんな彼を、私だって信じている。


 そう告げると――ギザールは目を見開き、何かを呟いた。


「今はここがオレの……なんだ」

「ん……?」


「なんでもない」と、さらに腕の力が強くなった。


 ギザールの温度が心地良い。

 砂漠のピラミッドで、ジェニファを抱きしめた時と同じ――胸に灯る、温かい何かを感じる。


 そんな彼の熱を感じながら。

 もうこの人を一人にしないと、こっそり囁いた。

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