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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
5章 人魔の洗濯川 ―ヴァリナ―
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57話 崇められる壁

 もう一度、“底抜け”まで連れて行ってほしい。


 バシール家を出た後、一か八かでお願いをしてみたところ。

 ヘリオスは遠回しな嫌味を言いつつも、「足に掴まっていられるならね」と、了承してくれた。


「ひぃぃぃ! ミュウルさんっ、ぜったい離さないでっ……!」

「はいはい」


 片腕でヘリオスの足にぶら下がり、もう片手でジェニファの腰をしっかりと抱えた。そしてジェニファの足には、叫び通しのギザールが掴まっている。


「はぁ。なんでこの殿方が私の足に……上向いたら劇薬投与ですからね」

「そんな余裕あるように見えます!?」


 騒がしいふたりから、純白の翼を広げるヘリオスへ視線を移すと。

 彼は大穴の上空で、突然羽ばたきを止めた。


「……やっぱりダメね」

「え……?」


 突然のため息に、空を仰いだ、その瞬間。


「知りたいことがあるのなら、それなりのものを示しなさい」


 強風に飛ばされ、ヘリオスの足から手が離れていた。


「なっ……!」


 大穴の真上で放り出されたのだ。


「どうして……!?」

「別にアタシは来て欲しいと思っていないもの。来たけりゃ勝手に来なさい」


「くっ……!」


 今は、ヘリオスが気分を変えた理由を探っている場合ではない。


 滝の水飛沫が頬を打つ中、ギザールとジェニファを抱き寄せた。


「ミュウルさまっ!」

「大丈夫だよ」


 風に流される足を必死にばたつかせると――なんとか指先が、崖の縁にかかった。


「よし……」


 足場は確保した。


 そのまま片手ボルダリング状態で、岩から岩へ手を移し、少しずつ降りることにしたが――このままだと、いつ体力が切れるか分からない。


「待ってください! オレらも完全なお荷物になるつもりはないっすから」


 ギザールがリュックから取り出したのは、丈夫そうな縄。

 彼は慣れた手つきで私の腰に縄を結び、ジェニファとふたりで岩にしがみついた。


「万が一オレらが落ちた時、ミュウルさんが引き上げてくれさえすればいいんで」


 息を整えながら、頷いた。


 でも――滝の水を浴びながら進むのは、私でも難しい。

 それに、いつふたりの体力と集中が切れるか分からない。


「ギザール、ジェニファ、崖から離れて!」

「えっ……? りょ、りょーかいっす!」


 とっさの呼びかけに応じたふたりの重みが、縄越しに腰へかかった。

 瞬間、拳を握る。


「はぁぁっ!」


 水の流れる岩壁を、一点集中で殴ったところ。


 砕けた岩の先は、空洞になっていた。


 とっさに洞窟の中へ転がり込み、縄を引いたところ。

 縄でつながっていたギザールとジェニファが、うまいこと釣れてくれた。


「ミュウルさん、ナイス判断! とりあえずの足場を確保できたっすね」

「うん。あとは私だけ穴の底に降りて、ヴィーナスに助けを――」


 身体が突然落ちる感覚に、胸の奥がざわついた。


「ミュウルさん……!」


 まずい、このままだとギザールとジェニファも道連れだ。


 深く考える間もなく、縄を引きちぎった。


「ミュウル様!?」


 まさか、横穴の下に空洞があるなんて――真っ暗闇の中、私の身体だけが転がり落ちていく。


(どこまで落ちるの……?)


 もし、この下に地面以外何も無かったら――。


『ミュウル、また何か……この轟音は何だ!?』


 耳元で響いたのは、オーリウスの声だ。

 自然と手足に力が入った。


「……!」


 そうだ、迷っている時間はない。

 両手足を伸ばし、壁を探すと――狭い穴の壁に、手足が突き刺った。


「よしっ……」


 そのまま勢いを殺し、降りていくと。

 やがて足がついたのは、水面が青く光る地底湖だった。


「ぷはぁ……なんとか死なずに済んだ」


 終着点が水場で助かった。


『今度は何があった!?』


 声がうわずっているオーリウスをなだめるため、「とりあえず生きてる」とだけ吐き出した。


 落ちてきた方向を見上げると、円形の穴がぽっかりと開いている。

 機械で穿ったかのように、キレイに岩が削れていた。


「これは……?」


 ひとまず地底湖を泳いで、狭い岩場に上陸すると。その奥にも、同じような穴が開いていた。


「巨大モグラの工事跡……?」

『はい……? それより、本当に無事なんだろうな』


 繕う余裕もなさそうなオーリウスに、つい頬が緩んだ。


 毎回、本当に心配してくれているのだろう。


「うん、大丈夫だから」


 耳飾りに手を添え、そう答えると。

 長いため息の後に、オーリウスは黙ってしまった。


「今は、この穴を辿っていくしかないか」


 あの光る水に落ちたおかげで、謎の発光成分が身体に染みたらしい。

 暗い穴の先も、ぼんやり見通すことができる。


「……そういえばさ」


 オーリウスは、世界に魔族が生き残っていることを知っている――。

 エリアスから聞いたことを、ようやく本人に話すことにした。


「ピラミッドの地下にいた、ヴォジャイって魚も……やっぱり魔族だったんじゃないの?」


 水滴が落ちるたび、少しずつ身体の光が薄れていく中。


『……いつか話すと、約束でしたからね』


 長い沈黙を破ったオーリウスは、「あれは壁を守る魔族だった」と口にした。


「魔族が壁を?」

『ええ。我々が出会った彼は、すでにミイラ化していましたが……』


 当時の勇者パーティーにいた、優れた通訳者によると。

 ヴォジャイは自らを“壁の守護者”と名乗り、壁を守るために勇者の歩みを否定したという。


「そう……だったんだ」


 あのピラミッドの地下にあった壁の破壊が、勇者が魔王討伐へ向かうために必要だったと、オーリウスはあの時言っていたが――。


「もしかして……」


 壁は魔族にとって特別なもので、少なくとも魔王と関係しているものだったのではないか。


 あくまで憶測として話したのだが、オーリウスはまた口を閉ざしてしまった。


「あなたは、壁が何かは分からないって言ってたけど……それってほんと?」

『…………』


 その先を、私に言えない事情があるのだろうか。


 いつまでもオーリウスの言葉を待っていると。


「……熱っ!」


 突然額に走った衝撃に、足が止まった。


「え、この感じって……」


 まさか、これは――。


 ためしに目の前を殴ってみたら、布に包まれたような抵抗が返ってきた。


『ミュウル、どうしましたか?』

「うん。これ……壁だ」


 岩壁を貫通してそびえる壁が、目の前に広がっている。


 こんなに暗がりでも見えるのは、半透明の壁が硬いカーテンのように波打っているからだった。


 それに。壁を隔てた穴の奥から、人の足音が聞こえてくる――。


「あっ、もしかしてミュウルさん!?」

「この声……どうして!」


 間違いない、ギザールだ。

 正面から、ランプの柔らかい灯りが近づいてくる。


 「えっ、ミュウル様!?」


 ジェニファの声もこちらに近づいてくるが、「待って!」とふたりを静止させた。


「ここに壁がある」

「はい……?」


 当然、ふたりともキョトンとしていた。

 


「でも、嘘じゃないよ」


 聖力を込めた拳で、また壁を叩いてみせると。


「うわっ、ほんとだ……こんなところに壁があるっ!」

「でも2人とも、どうしてそこに?」


 明かりが来て、ようやく分かった。

 奥に見えているのは“底抜け”の街。木の実のようにぶら下がる家々が揺れている。


 それらを遮るように、純白の翼が広がった。


『じいちゃんが意地悪したんだってね。ちゃんと後で回収するつもりだったらしいけど……』


 よく見えないが、翼の持ち主はヴィーナスらしい。


「そうだったんだ……」


 たとえヘリオスが助けるつもりでも、あの時岩壁を壊したのは正解だった。


 この壁と出会えたのだから。


「ねぇヴィーナス、どうしてこんなところに壁があるの?」

『え? 壁なんてどこにでもあるけど』


 質問の意味がうまく伝わらない。


 魔族は壁の存在に、疑問すら抱いていないということなのか――。


「でも……」


 道を遮る壁は、壊すだけだ。


 そう思ったのだが――。


「あれ……?」


 見えない壁の根元には、羽や色石、小さな骨飾りが並べられていた。

 誰かがここへ、何かを供えた跡みたいだ。

 それも何度も。


「これは……どうして?」


 聖力の灯りかけた拳を、そっと下ろす。


 そして。

 壁越しに向き合うヴィーナスを見つめた。


「あなたたちにとって、壁は……なんなの?」

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