表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
PR
54/56

52話 魔の街「底ぬけ」

 ヴィーナスの白い翼が、滝の霧を裂いていく。


 私はその背で、ジェニファとギザールを両腕に抱え込んでいた。


「うわぁぁぁ! ミュウルさん絶対離さないでくださいよ? 約束っすからね!?」

「ギザール、耳が壊れる」


 滝の轟音といい勝負の悲鳴を聞きながら、ジェットコースターのような落下を耐えた後。

 目の前に広がったのは、滝の底にある、円型の大地だった。


『ようこそ、ボクらの棲家――“底抜け”へ』


 ヴィーナスが滞空する場所から、滝の底ぜんぶが見渡せる。


「ここが魔族の街……?」

 

 巨大な空洞のいたるところに、植物の蔓のような太い枝が張り巡らされている。蔓から垂れ下がる膨らんだ実が、あちこちで揺れていた。


『あれは食用の実じゃなくて寝床だよ』

「すっごいっす! 飛べる連中が多いから、家が浮いてるんすね……」


 ギザールでなくとも、この奇妙な街並みに目を奪われる。

 それに何より、地面を歩く彼ら――魔族に。


 人型に近い者もいれば、動物に近い姿の者も歩いていた。でもやっぱり、色々な生き物が混ざっているような、不思議な姿をしている。


『降りる前に、もうちょっとボクらの家を見て回る?』

「はい、ぜひ!」


 大興奮のギザールを横目に、飛んだり歩いたりする魔族を眺めていると。


「ご覧くださいミュウル様! どつき合いですわ!」

「うわっ……」


 巨大なモグラみたいな魔族が、泥の溜まった沼で乱闘している。

 それでも怖い感じがしないのは、なぜなのか――。


『あー、あれは地族の泥風呂だね。ボクら天族は入らないけど』

「地族と……天族?」


 隣のギザールが、解説したそうにウズウズしているが。今は何も考えずに、彼らの笑い声を聞いていたい気分だった。


「あら、浴槽を巡って争っていたのでは?」


 なぜモグラ型魔族は笑っているのか。

 ジェニファの指摘に、ヴィーナスはふっと笑った。


『あれは魔族(ボクら)のじゃれ合いだよ。人間にはちょっと分かりにくかったかな』


 危なげで乱暴で、でもゾッとするような笑い声が絶えない。

 そんな様子に、隣のギザールは、柄にもなく静かになっていたのだが――。


「ここ、修道国の貧民街と似てるなぁ」

「貧民街……?」


 ギザールの呟きに、訊き返すと。


「さっ、降りたら彼らの衣食住をもっとよく見て回るっすよ!」


 突然の高い声に、ジェニファと顔を見合わせた。

 彼女も気になったのだろう。

 それでも、妙な明るさを発揮しているギザールに対して、これ以上は追及できなかった。


「じゃあヴィーナスくん、オレらを下ろしてもらえますか?」

『ちょっと待って! いきなり人間が入ったらみんな混乱するから……』


『とりあえず被って』と渡されたのは、3枚のボロ布だった。


 何か聞かれたら、人への擬態中だと言うように――そう言いながら、ヴィーナスは巨大な翼を畳んでいる。


 私たちを土と泥の大地に下ろした彼は、顔のない天使から少年の姿に戻っていた。


「じいちゃんの許可が下りれば、みんな手出ししなくなるとは思うけどさ」

「……じいちゃんって、ヴィーナスに名前をつけてくれた?」

「そ。ミュウル、よく覚えてたね」


 とりあえず、まずは“実質的な街の長”だというヴィーナスの祖父のところへ。


 胸を張って進むヴィーナスに続き、居住区の中へと入っていった。


「滞在許可をもらえればラッキー、拠点契約なんて結べれば、超ラッキーなんっすけどね」

「……それはどうだろう」


 見た限り、魔族みんなが、ヴィーナスのように話が通じるとは限らない。


「でも……」


 羽のある者も、地を這う者も、大きな牙を持つ者も。

 彼らは形がばらばらなのに、同じ穴の底で暮らしている。


 その営みは、私たちの社会と変わらないように見える。


「……あ」


 頭の上に影を感じ、天井を仰ぐと。

 小さな羽をパタパタと動かす毛玉が、私の上を飛び回っていた。


「魔族の子ども……?」


 なんだか一生懸命で、可愛い。

 つい手を触れようとすると――小さな毛玉は、慌てて飛んでいってしまった。


「あ……」


 壁に張り付いている、逆さまの毛玉――毛むくじゃらのコウモリに見える母親の方へ戻ったらしい。


 小さな毛玉は温かく抱かれ、羽毛の手入れをされている。


「……」


 魔族も人間と同じだ。

 ああやって、親に愛されて育つのか――。


 でも、あの小さいけれど鋭い爪が、いつか人の肌を裂くのかもしれない。

 そんな考えが、一瞬だけ頭に浮かんだ。


「ミュウル様、どうかなさいましたか?」

「……ううん」


 毛玉の親子から目を逸らし、少し不安げなジェニファに続いた。

 

 魔族と人間が完全に同じだなんて、まだ思えない。

 それでも、いま目の前に映る彼らは温かかった。


 ふと、自分の親の顔を思い浮かべるくらいに――。


「あれ……?」


 実の親の顔なんて、簡単に思い出せると思ったのだが。

 前の世界の両親も、今世も、どちらも浮かばなかった。


「ヴィーナス……帰ったのか!」


 ぼんやりしていた頭に響いたのは、しわがれた声だった。

 

 小さなヴィーナスを取り囲むのは、彼とはまったく別の種族に見える魔族たちだった。


「ほら、ボクの稼ぎだよ。感謝してよね」


 ヴィーナスが仲間の輪に放り投げたのは、赤い大粒の宝石。

 最後にサバートが渡していたものだ。


 大騒ぎの魔族たちは、それを取り合っては眺めている。


「あれ? そういえば、またロマンティア語……」


 首を傾げると、私の背後に隠れていたギザールが咳払いをした。


「いや、ロマンティア語だけじゃないっすね。いろんな言語が混ざってます」


 彼らの中では、“伝わればいい”って感覚なのではないか――ギザールの仮説に、大きく頷いた。


 たしかに、時々聞き取れない言葉が飛び交っている。


『そちらさんは?』

「えっ……」


 さっき泥風呂を取り合っていたモグラが、こちらを見た。


『なんだか人間臭いが……()()してきたのか?』


 突然、みんなの目がこちらを向き、心臓がきゅっと音を立てた。


「ミュウル様、どうしましょう!」

「ジェニファ……薬瓶はとりあえずしまっておいて」


 ここで嘘をつくのは、後々マズいことになるかもしれない。


 どう言ったものか――頭を回しながら、囁き合う魔族たちに向き直ったところ。


「ミュウル、ジェニファ、ギザール。みんなボクの友達だ」


 ヴィーナスの声に、少しだけ背筋の緊張が解けていった。


 それでも、疑いの視線は濃いままだ。


「ごめん……みんな、知らないものへの警戒心が強いから」

「大丈夫だよ、ヴィーナス」


 どんなことでも、これで解決できる――そう言って、拳を構えかけたのだが。

 どういうわけか、思うように力が入らなかった。


「ミュウル……」


 ヴィーナスは、無言で首を横に振っている。

 でも、こちらが黙って怯えていても、何も解決できない。


「ギザール、ジェニファ……」


 こちらの様子をうかがう2人を、振り返ると。


「魔族は弱肉強食だとか、考古学会では常識の見解っすからね」


 拳での解決は、今回致し方ない――そう言って、ギザールは私の背に手を触れた。


「この状況で無抵抗は、まずあり得ませんわね!」


 ジェニファも、眠り玉を両手に構えている。


「うん……やるか」


 ふたりの信頼を聖力に変えて――拳に光を宿した、その時。


「アタシの庭で騒がしいわねぇ」


 凛と鳴る高音が、頭を通り抜けていった。


「えっ……?」


 魔族の群れを割って現れたのは、真っ白な人――いや、純白の翼を揺らして歩く魔族。


 彼が現れただけで、騒いでいた魔族たちがしんと鳴き止んだ。


「あれはご婦人……いえ、殿方?」


 あの彫刻のような美しさに、ジェニファがぼうっとするのも責められない。


「あら、可愛らしい小鳥ね。そんなに無防備だと、突然襲われても文句は言えないわよ」


 彼が指先を動かすだけで、自然と目が奪われる。

 でも――喋り方は穏やかだけれど、彼の瞳の奥はどこか冷たかった。


 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませると、「ここにいる、どの魔族よりもヤバそうだ」とはっきり分かる。


「ミュウルさん、大丈夫っすか……?」

「……っ、ギザールは下がってて」


 初対面のオーリウスみたいに、目があっただけで痺れるほどではないにしても。

 エリアスと同等か、それ以上の魔力――力を抜くと、膝が崩れそうだった。


 でも私が退けば、ギザールとジェニファはこの圧に耐えられないだろう。


 嵐のような魔力の波に、呼吸を乱していると。


「やめてよ、じいちゃん!」


 白い彼と私の間に入ったのは、翼を広げかけたヴィーナスだった。


「……じいちゃん?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ