表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
PR
53/56

51話 東への帰郷

 首相サバートの傍らで微笑む、飾りのような女性。


 最初に見たシェリーンの印象は、そんなところだったのだが――。


「あなた、起きなさい。情けないですよ」


 ヴィーナスの鐘の音で失神していたサバートの頬を、彼女は容赦なく叩いている。


「どういうこと……?」


 いつだったか、彼女と話をしたというジェニファを振り返ると。


「実はシェリーンさん、前首相の娘さんだそうでして」

「えっ……!?」


 先に声を上げたのは、ギザールだった。


「……っ、ここは……?」

「あ、サバート目覚めた」


 私の後ろに隠れるヴィーナスを発見した途端、サバートは顔色を変えた。

「よくも逆らったな」、「魔族は追放する」などと弱々しく吠えるサバートに対して――。


「それ以上喋るなら離婚ですよ、あなた」

「……っ」


 口元を覆う布を揺らし、シェリーンが近づいていったのはギザールだった。

 どうやら昨日の話を聞いて、彼が交渉役の要だと気づいていたらしい。


「私はこれまで夫に従い、盗品の魔道具を買い取っていました」


 目を伏せ、彼女は静かに言った。


「その盗品ってのは、ヴィーナスくんに仕入れさせてたんっすよね」

「ええ……ですが」


 その罪を政治で償いたい。

 彼女は黙り込んでしまったサバートを一瞥し、提案した。


 よその技術を盗むのではなく、正式に修道国(ロマンティア)との交易ルートを設けたいと。


「あなた方……魔導測量士さんの望みは、地図作りの拠点契約を結ぶことでしたね」


 そのための契約条件として、できる限りの好条件を出したい――シェリーンの言葉に、ギザールは肩をすくめた。


「首相の奥さんに、そんな権限あるんっすか?」

「……前首相は、()()()()()に統治を委ねました。彼は元技術者、私は父の政治を幼いころから手伝っていたので」


 サバートの補佐として、時には正しく都を守るように。

 父の教えを、彼女は今こそ守りたいと言う。


「……どうする、ギザール?」

 

 私は彼女の目に嘘はないと思う。

 それでも、ギザールは私が思い至らないところまでいつも考えているから――そう訊ねると。

 彼は座り込んだままのサバートと、背筋を伸ばして立つシェリーンを交互に見比べた。


「でもアンタは、これまでサバートさんの悪行に加担してたわけっすよね? 急にオレらに譲歩するのは、己の保身のためっすか?」

「それは彼女に失礼ですよ、ギザールさん」


 助け船を出したのは、私の隣の彼女――まだ少しふらついているジェニファだった。

 

 そういえば。シェリーンと最初に言葉を交わしたのは、ジェニファだったはずだ。


「彼女は最初から、夫とではなく自分と交渉して欲しいと、私に打ち明けてくださったのです」


(昨日、そんなことを話していたのか……)


「しょせん、私は政治家の娘です。政を行う夫を支えることに徹してきました。ですが……」


 自分でも気づかないうちに、どうにもならない事態になっていた――と、彼女は深く頭を下げた。


「愛する夫に逆らえず、魔族を縛り付けるような行動に加担していること……罪悪感すら麻痺していたのですが……そこへ、外からあなた方が現れたのです」


 修道国の人間でありながら、魔族のヴィーナスに釈明の余地を与えたこと。

 そうして首相官邸まで付き合った私たちに、何かが変わる予感がした――シェリーンの真っ直ぐな視線に、目を奪われた。


 同じだ。


 ヴィーナスの白い翼と同じ。

 彼女も本当に、何かが変わったのだ。


「そんな都合良いこと今さら言われたって……! ねぇ、ミュウルさん」

「いいよ、ギザール」


 彼女がどういう意図で積極的になったのか、真実は分からない。

 それでも彼女は、一度だってヴィーナスをまっすぐに見なかったサバートとは違う。彼女はヴィーナスを見ていた。声をかけることはなくとも。


「シェリーンがこれまでどうしてたかじゃなくて、これからどうするか……見てみよう」


 不満顔のギザールを見上げると。

 

 沈黙していた彼は、やがて深いため息を吐き出した。


「あー。はいはい、アンタはそういう人っすからね」


「正式な契約を交わすならまぁいいでしょう」と、ギザールは魔石を取り出した。


 あれはたしか、“魔の割符(マギ・タンザ)”というのだったか。

 

 シェリーンの手にギザールの手が重なると、石が真っ二つに割れた。

 貿易中継都市ラヒムザードと修道国の間で、またひとつ地図作りの拠点契約が成立したのだ――。


 これで三つ目の大きな足跡が、オーリウスの見守る白地図に刻まれたことだろう。


「……ミュウル、行くならそろそろ」

「うん……!」


 東に帰省するというヴィーナスは、ためらいなく翼を広げた。


 彼の身体からボコボコと黒い泡が吹き出し、また彼の姿が黒い天使へと変わっていく。

 そんなヴィーナスの様子を、シェリーンは瞬きもせずに見ていた。


「もう、行くのですね」

『……安心しなよ。もう二度とここには戻らないからさ』


 シェリーンは無言で頭を下げた。

 それでも、床に座ったままのサバートは俯いたままだった。


「……」


 でも――何を思ったのか、サバートは立ち上がり、執務室の壁に飾られていた巨大な宝石を手にとった。


「……これまで働いた分の報酬です」


 サバートがそっと差し出した宝石を、ヴィーナスは無言で受け取ると。

 彼に背を向け、私たちに手を差し伸べた。


『それじゃあ行こうか。ボクの故郷(うち)に』

「……うん」


 これで良かったのかもしれない。

 ヴィーナスとサバート――彼を閉じ込めていた籠との最後は。


 シェリーンに丁寧なお辞儀をするジェニファ、まだ気を緩めていないギザールのふたりを両腕に抱え、天使の背中に飛び乗った。


「それじゃあ、ヴィーナスの本当のホームまで、よろしくお願いします」

『うん、任せてよ』


 粉々に割れたガラス窓から、ヴィーナスの巨体が羽ばたいた瞬間。

 もはや聞き慣れた悲鳴が上がった。


「うううう気持ち悪いいいい!」

「ギザール、下見ないで」

「こらそこ! ミュウル様に触らないでください!」


 ギザールに噛み付きそうな勢いのジェニファに、「またか……」とため息を吐きそうになったけれど。


「あれ……?」


 ジェニファが、震えるギザールの背に手を添えている。


「……」


 あんなに気まずそうだったのに。

 この二人はこれでも、うまく距離を縮めているのかもしれない――。


 無意識なのか、ジェニファの腕に縋っているギザールの姿に、微笑んでいると。


「それはそうとミュウル様、何か忘れてません?」

「何かって…………あ」


『天使の件はなんだか面倒そうだし、僕はその辺で時間潰してるよ』


 最後に聞いた、エリアスの声が響いた。


「このまま逃げられるなら、もう会わないほうがいいよね」

「はい! 全力で同意です」


 彼は私に対して、誠実になろうとしているのかもしれない。

 でも、まだそうはなれていなかった。


 いまは彼のことを忘れて、上空からの景色を楽しもう。


『ミュウル、あれ見て! 砂漠が終わるよ』

「あ……ほんとだ」


 私たちを乗せて飛んでくれている彼。

 初めて出会った魔族が、ヴィーナスで本当に良かった。


 砂漠の海にいるよりもずっと、森の上を飛ぶ彼が生き生きと見える。


『……はぁ、やっと復旧できました』


 耳元からの突然の声に、肩が跳ねた。


「オーリウス……!?」


 そういえば、ヴィーナスとの戦闘中、無理やり回線を切ったのだった。


『貴女たちは現在、東に向かっていて……これまでとは比べ物にならない速度で移動しているみたいですね』

「みたい……?」


 彼にしては、ずいぶんと曖昧な言い回しだ。


 でも、『白地図に足跡は残っていない』という彼の言葉を聞くと。


「あっ、そっか!」


 私が地面を歩いてないから、足飾りコンパス・アンクレットが働いていないのだ。


 世界の隅から隅まで歩いてやるつもりでいたのに――。


『心配には及びません。上空で得た情報も、着地地点を基準に補正されます。貴女が地上に降りれば、この白地図にも反映されるでしょう』

「おお……? 魔導すごい」

『ミュウル……さてはよく分かっていませんね?』


 跳ねた胸を押さえ、地上に視線を落とすと。


「うわっ……! なにあれ!?」


 いつの間にか見えていたのは、黒い水の流れる巨大な川だった。


 人や獣の姿が見えないほど上空からなのに、川がとんでもなく広く見える。


「うひゃあー、これは相当でっかい川っすね! 流域面積は、修道国の川ぜんぶ集めても足りないくらい広いかも」

「……」


 それよりも、ゴリラ並みの視力がある私は気づいてしまった。


 樹海の中に突然現れた、底の見えない巨大な空洞。

 黒い川の水は、あの中へ流れ落ちているみたいだ。


『気づいた? ボクの実家はあの中だよ』

「え……?」


 (ホーム)といっても、巨大な滝が流れ込んでいる穴にしか見えない。


 いったいどうやって入るのか――口を開きかけた、瞬間。


「わっ……!」


 身体が大きく傾いた。

 ヴィーナスはためらうことなく、穴の中へ真っ逆さまに落ちていく。


『ようこそ、魔族(ボクら)のホームへ』

ここまで毎日更新でお読みいただき、ありがとうございます。

次回、5章 人魔の洗濯川 ―ヴァリナ―開幕より、毎週【火・木・土】朝7時の更新となります。


次の地では、“壁”の意味が大きく塗り替わります。

そして、人間と魔族が抱える問題の鍵を、ミュウルたちが握ることに――。


引き続き、彼女たちの旅を見守っていただけましたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ