表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
PR
50/55

48話 黒い羽化

『自分を害すものを、野放しにできますか?』


 サバートの問いかけが、真っ白な頭を回る間。


「ねぇ、ミュウル……答えてよ」


 青ざめた顔のヴィーナスは、瞬きもせずに私を見ていた。


 日に照らされた瞳が、血のように赤い。


「見返りとかなしに、初めてボクのことを心配してくれた人間はミュウルだけだった」


 翼のこと、それに盗みの理由についても、気にかけてくれて嬉しかった――。


 ヴィーナスの声が、脈打つ頭に響く。


「ボクはおねーさんにとって、危険なの?」

「……っ」

人間(きみら)が魔族って呼ぶボクたちは、本当に世界の悪者なのか?」


 冷たい汗が背筋を伝う。


 危険なんかではない。悪者なんかでもない。

 そう言えば、彼は救われるのだと分かっていた。


 なのに、舌が動かなかった。


 私の中に、誰かが建てた壁がある。

 魔族は恐ろしい。

 魔族は人を食う。

 魔族は、世界を壊す。


 そんな言葉を、私はいつの間にか信じていた。


「……違う、そうだ、違う……」


 魔族は私たちと同じ心と熱をもっていると、ヴィーナスを見て分かった。

 なのに――彼の目を、真っ直ぐに見られない。


『これまで信じてきたことを、突然変えろと言われるのも無理な話です』


 いつか聞いたオーリウスの声が、脈打つ頭に響いた。


「だから……なの?」


 これまで、目の前にそびえる壁を壊してきたのに。

 私の中にそびえる透明な壁――それをどう壊すのかが、分からない。


「私、どうして……」


 その先がどうやっても紡げないうちに、ヴィーナスの顔が伏せられた。


「そっか、やっぱりミュウルもか」

「え……?」

「サバートだけじゃない……どれだけ優しくても、信じようとしてくれても、あんたらはどこまでも人間なんだ」


 彼の翼が、ザワッと震えた――瞬間。


 あの鐘の音が響いた。


「この音は……」


 もはや懐かしく思える、修道院の鐘の音に似ている。

 それが光の波のようになって、空気の張り詰めた部屋に満ちていくと。


「……っ、ミュウル……さん」


 私の肩に掴まっていたはずのギザールが、膝をついた。

 ジェニファも足がふらついている。


「ミュウル、さま……」

「ジェニファ!? ギザールも……どうしたの?」


 倒れる寸前のジェニファを抱えながら、ギザールの背に触れていると。


「うあぁっ……アンタはこれ、へーきなんっすか……?」

「これって……」


 言いかけたところで、息が止まりそうになった。


 みんな、意識がなくなっている――。


「ヴィーナス……?」


 音の中心の彼は、顔を伏せて喘いでいた。

 細い身体全体が、ボコボコと黒い泡を吹いている。


「……っ!」


 アレはいったい何なのか――。


「見たか!? これが奴らの正体なんだ!」


 煽るような声を上げたサバートも、鐘の音が増幅するにつれて床に転がった。


「あっ……」


 サバートの口元が、かすかに歪んでいる。

 どこか勝ち誇ったかのように。


 それでも――どんなに仕方ない人だって、彼を放っておくわけにはいかない。


 とっさに3人を抱え、ヴィーナスから大きく飛び退いた。


 肌がざわついて、震えが止まらない。


 何か恐ろしいものが近づいている時と同じ――本能が、「アレに近づくな」と警告していた。


「……っ」


 彼の純白の翼が、黒く塗り潰されていく。

 髪のなくなった頭に、天使の白い輪が浮かぶ。


 そして、両手で覆っていた顔があらわになると――つるんと、鼻も口もなくなっていた。


「か……」


 “怪物”と口走りそうになった口を、とっさに塞いだ。


 “天使”とはほど遠い、それでもどこか神々しい巨体が、滑るようにこちらへ近づいてくる。


『ぼボぼくハはは……なんダった?』

「……っ!?」


 幼く安定しない声が、頭の中に響く。

 彼は私の方へグルンと向き直ると、翼を広げた。


 黒い羽が舞う中――一歩も動けない。


「そんな……どうして……?」


 彼と向き合った時に感じたのは、壁の生む影――“穢れ獣”と対峙した時と、同じ悪寒だった。


 身体で分かってしまう。

 アレは今までのヴィーナスとは違う。

 私が教わってきた、“人を喰らう魔族”そのものに見えた。


『ミュミュミュウル……だいじょぶ、たべナい』

「え……?」


 食べない。

 その言葉に、胸の奥が少しだけほどけた。


 まだ、ヴィーナスだ。

 あの子はまだ、私を傷つけたくないのだと――そう思った瞬間。


 私の腹めがけて、黒い何かが伸びてきた。


「……!」


 3人を抱えたまま、反射で横へ転がると。

 1秒前までいた壁には、翼の先端が刃のように突き刺さっていた。


「……どうして」


(私を攻撃しようとした……?)


 もはや彼と意思疎通はできないのか。


 息を呑んだところで。


『ねらいハズレた。それ、ソレ、さばばばートだけおいテ』


 彼の鋭く細い指がさしたのは、サバートだった。


「……っ、そんな……」


 誰彼かまわず襲っているわけじゃない。

 ヴィーナスは、サバートだけを狙っているのだ。


「ダメ……ぜったい、ダメだよ!」


 3人を後ろに転がし、拳を構えた。


「ヴィーナス!」


 名前を呼んでも、答えはない。


『どうシテ……ボク、ぼくが、やっぱリリリ……悪ナノカ』

「……っ!」


 悲痛な叫びに、拳が震えた。


 私は今、ヴィーナスからみんなを守った。

 守ってしまった。


「ヴィーナス、私は……!」

『どいてテテ』


 変わり果てたヴィーナスが迫る。

 私の胸に、鋭い翼の先端が突きつけられた。


『ドイテて』

「できない」


 喉の奥から、苦いものが込み上げる。

 それでも、あえて拳を下ろすと――。


 ヴィーナスの歩みが止まった。


『ボク、ぼくと、たタかう?』

「……戦わない」


 私は壁を殴ってきた。

 人を襲う影、世界を隔てる障壁、私を捕らえようとする籠を。


 でも、ヴィーナスは――。


『じゃあ、し、シ、死』


 カチカチとぶつかり合う翼が、首元に迫る中――。


『ミュウル、目を開けろ!』


 反響する鐘の音を打ち消したのは、耳元からの声だった。


「…………オーリウス?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ