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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
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47話 天使は籠の中

「なに……!?」


 階下からの爆発音に、思わずサバートと顔を見合わせた、その時。

 煙をまとう、ふたつの影が飛び込んできた。


「ゲホッ、オェッ……ジェニファさん、無茶しすぎっす!」

「無茶ではありません! ミュウル様が強行突破なさったということは、あの方は黒確定ですから」


 咳き込むギザールと、空の瓶を握ったジェニファだ。


「みんな……!」


 入り口の黒服を突破するために、相当無茶をしたみたいだ。


「ミュウルさん、ヴィーナスくんはいました?」

「ううん、でも……」


 サバートには、後ろめたい何かがあることは分かった。


 ただ――それをどうやって証明すれば良いのかが分からない。


「ギザール、あのね……」


 ヴィーナスはこの人のために、魔導袋を出品した。

 そう耳元で囁くと。


「なるほどっす」


 少しの間、ギザールはアゴに手を当てていた。

 微笑むサバートを見据えながら。


「……見えてきたっす」


 サバートに向き直ったギザールは、毅然とした彼に近づいていく。


「ギザール……」

「大丈夫っすよ、オレが話しますんで」


 ――ギザールの顔つきが変わる、この瞬間を待っていた。


「昨日の話、覚えてます? 魔導具に関する話」


 ギザールの問いかけに、サバートは「もちろん」と微笑んだ。


「あの時のアンタ、政治家って顔じゃなかったっすもんね」


 技術者としての顔をしていた。


 ギザールがそう言い放つと、彼は少し肩を揺らした。


「……それはどういう意味ですか?」

「“強い魔力を帯びた品物”に、アンタが異常な興味を示してたってことっす」


 いつにも増して真剣なギザールが、私の足元で光るコンパス・アンクレットを指した。


「おおかた、そういう代物をヴィーナスくんに盗ませていたんじゃないっすか? これまでも」

「……!」


 サバートの笑顔が、一瞬だけ凍った。

 が――彼はくくっと笑いだした。


「その証拠は? ミュウルさん、貴女が私の妻をオークション会場で見かけた事だけですか?」


 もし自分が関係ないと言い出したらどうするのか。

 彼の言葉に、頭が真っ白になっていく。


「それは……」


 彼がヴィーナスに盗みを働かせている、確かな証拠なんてない。

 結局、彼は私に助けを求めなかった。


 でも――。


「証拠って呼べないかもしれない。でも、変だと思ったことはある」


 拳を軋ませると、サバートは光る金歯をしまった。


「昨日、ヴィーナスはあなたを一切見なかった」


 口では“友だち”と言いながら、まるで恐れているかのようだった。

 いくら強がっていても、彼はまだ子どもだ。心を完全には誤魔化しきれない。


「それほどの何かを、あなたがしたんじゃないの……?」

「何かとは? 人魔共生都市の“仕事”をする代わりに、彼には衣食住を提供しています。そんな彼が、いったい何を怖がると?」


 サバートは、さも善人のような顔で言うが。


「あれは外側が立派なだけの鳥籠だ!」


 気づけば叫んでいた。


 前の私に唯一与えられた、“灰色の窓”からの景色。

 あれが、サバートに重なって見えて――指先の震えを抑えきれない。


「子どもがあんなところにひとりきりなんて、誰もおかしいと思わないのですか?」


 ジェニファが私の隣に並び、震える指先を握った。


 温かくて、柔らかい――。


「そうっすよ。魔獣の身体を都営オークションで扱っていた時点で、アンタはきな臭さ満点っす」


 隣に並んだギザールの横顔に、身体の力が抜けていった。


 いま私は、ひとりじゃない――。


「あなたは正直に話すべきだ。ヴィーナスに、どんな仕事をさせているのか」


 もう迷いはない。

 両隣のふたりの熱を感じながら、まっすぐにサバートを見つめると。


「……ああ、染みついた不信感は拭えないようですね」


「ならば」と、サバートは白髪混じりの髪をかき上げた。

 彼は、私が割って入ってきたガラス窓に近づいていく。


「魔族は管理されている方が安全だろう?」


 そうして街を見下ろす彼の目からは、光が消えていた。

 

「彼らには、私たちの魔法を遥かに凌ぐ力がある。共存には、制御が必要です」


 街中に乱立する塔を見下ろすサバートは、「あれも重要な制御装置だ」と告白した。


「それって……あの塔が、魔族の魔力を制御してるってことっすか?」

「あれは都中の聖力を集め、魔族の魔力を相殺する結界です」


 結界――。


 もし、ヴィーナスが飛ぶのに魔力が必要だとしたら。

 彼がずっと飛べそうでも飛べなかった理由は――飛ばないのではなく、制御されていたからなのか。


『どこへも行けない籠の鳥』


 エリアスの言葉が、また頭をよぎる。


「自由を奪うなんて……許せない!」


 熱を帯びる拳を握った、瞬間。


「今ですかね」


 サバートが指を鳴らすと、ガラス片の散らばる部屋が、突然真っ暗になった。


「なに……!?」


 暗闇の中に、ふたつの赤い光がぼんやりと浮かび上がっている。


「ほら、やりなさい。いつものように」


 いったい、サバートは何を言っているのか――。


 両隣のふたりを引き寄せ、赤い光から離れようとしたところ。


「どうしたのですか? 一度の気の迷いくらい許すと言っているのです。大切なビジネスパートナーですから」

「ビジネスパートナー……?」


 その言葉でやっと分かった。


 闇に浮かぶあの赤い光は、ヴィーナスの瞳――彼がゆっくりと、私に近づいてくる。


「何をするつもり?」


 そっと声をかけると、赤い瞳が瞬いた。


「……最初の砂漠で、まさか追いかけてくるとは思わなかった」

「え……?」

「そのまま放っておくのは危ないタイプだと思って、わざわざもう一回出ていったのに……」


 彼の深く沈んだ声が、細く続いていく中。

 ため息が頬にかかった。


「記憶を消そうとしたんだ……ミュウルの中の、ボクに関することぜんぶ」

「記憶を……消す?」


 魔族には、そんな力があるのか。

 それともヴィーナスだけのものなのか。


 頭の中に、言葉が巡る中――これまでに首を傾げた時の記憶が、少しずつよみがえってきた。


『みんなボクのことを見ても、最後には“見なかったこと”にするんだ』


「あれは……」


 みんなが彼を見なかったことにする、という意味ではない。

 彼が、みんなの記憶を消すということだったのだ。


「ええ、そうですよ。だから盗まれた方は、何も覚えていないはずだった。それが……」


 ヴィーナスは、私たちにそれをしなかった――。


 サバートの苛立ちのにじむ声が、暗闇に響いた。


「ですが、今からでも遅くないでしょう。修道国の皆様から、貴方の記憶を消し去りなさい」

「……ヴィーナス」


 本当に、それで良いのか。


 問いかけるより早く、身体が動いていた。


「……!?」


 翼をブルっと震わせたヴィーナスに構わず、彼の腕を引いた。


「あなたが彼と、どんな取引きをしたのか分からない……でも」


 どんなに優しい言葉を吐いても、所詮サバートは“鳥籠”――エリアスと同じ側の人間だ。


「あなたを籠に閉じ込める人が、あなたの望みを叶えてくれるわけがない!」

「……っ」


 少しずつ慣れてきた目に、ヴィーナスの泣きそうな顔が浮かんだ。


「どうして……ミュウルは、ボクのことを……」

「ヴィーナスこそ、どうして私の記憶を消さなかったの?」

「それは……」


 少しの沈黙の後、彼の翼が音もなく揺れた。


「言ったろ……ここで僕の名前を聞いてくれた人間は、ミュウルだけだったって」

「……そっか」


 私に忘れられたくなかった――彼の消えそうな言葉に、目の奥が熱くなった。


 彼もまた、必死に残そうとしていたのだ。

 自分がここにいるという、ほんの小さな証を。


「……それで、どうなんすか? サバートさん」


 塔の結界で縛って、魔族の力を都合よく利用していただけではないのか――ギザールの低く鋭い声に、サバートはくくっと喉を鳴らした。

 やがて。


「ハハハハハ! 貴方たちも人間ならば、分かるでしょう!? 彼らと私たちは根本的に違うのだと」


 約束は、人間同士がするものだ。


 サバートはついに、声を張り上げて言い切った。


「私はラヒムザードの首相(ミニスター)だ。この都の人間を第一に守ることが、当然の使命だ!」


 彼が言葉を放つたび、触れていたヴィーナスの腕が硬く冷たくなっていく。


「そんな……約束したじゃないか! ボクがじゅうぶん働いたら、理想の都を作ってくれるって!」

「言ったでしょう、約束は()()()()がするものだと」

「……!」


 拳が震える一方、「そうか」と腑に落ちた。

 サバートは、ヴィーナスを騙しているつもりすらなかったのだ。


 最初から、“人間と同じ約束を守る相手”だと思っていなかった。


「それでも……」


 ヴィーナスの能力を利用して、彼に盗みをさせていたことは許せない。


「サバート、あなたは……!」


 震える唇を開いた、その時。


「貴女もそうでしょう? 聖女様」

「え……?」


 少しずつ明るくなっていく部屋の真ん中で、満面の笑みを浮かべたサバートが見えた。


「修道国が魔族を滅ぼそうとしたのは、自分たちを守るため。あなた個人だって、自分を害すものを野放しにできますか?」

「私は……」


 魔族は恐ろしいものだと教わってきた。


 でも、本当にそうなのだろうか――?


 ヴィーナスの翼に触れた時、確かに生き物の温度を感じた。


「ミュウル……」


 ヴィーナスの暗い瞳が、不安げに揺れている。


 私は彼を受け入れたいのに――頭のどこかで、彼がこの世界にいていいのかを測っている気がした。

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