表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
PR
48/56

46話 天使の不在

「……っ、このヒトデナシ!!」


 真横のドアから入ってきたジェニファ。

 彼女が私とエリアスを交互に見て、腰のポーチに手をかけた、瞬間。


「待って!」


 とっさに身体が動いていた。


 やっぱり――掴んだ彼女の手には、薬瓶が握られている。

 しかもラベルには、「危険」と書かれていた。


「ジェニファ、私は何もされてないから」

「嘘をおっしゃらないで! いま壁に追いやられていたではないですか!」


 たしかに、そう見えても仕方ない状況だったが。

 当のエリアスは、「君はいつも元気な子だねぇ」とニコニコしている。


 ひとまず、今は彼よりジェニファだ。


「大事な話があったんじゃないの?」

「あっ……」


 ようやく、薬瓶を握る手を下ろしたところで。

 彼女はエリアスから私を遠ざけるように、腕を引いた。


「ミュウル様、ヴィーナスさんの事情へ踏み込んだほうがいいのでは?」

「え……?」

「ギザールさんからうかがいました。オークションのこと」


 ヴィーナスはまだ幼い。きっと悪い大人に騙されているんだと、ジェニファは囁いた。


「……うん。それは私もそう思うよ」


 正直、ジェニファがそこまでヴィーナスを気にしていたとは思わなかった。

 やっぱり彼女は面倒見が良い。


「知らない魔族なんて放っておけばいいのに。君たちほんと、お人好しだなぁ」

「あら! 貴方には、他人を尊ぶ心が足りていないだけでは?」

「大切にする人を選んでいるだけだよ」


 そして、エリアスは相変わらずだ。


(でも、14歳は冗談だよね……)


 いくら彼が、人を縛ることでしか人と関われないような人だとしても――あの外見で私より年下は無理がある。


「……エリアス、お願いがある」

「ん? ミュウルからお願いなんて、珍しいね」


 輝く笑顔の彼を見上げ、深く息を吸った。

 とりあえず、ここでの件が片付くまでは帰国を保留にしてほしい――それが私からの「お願い」だと言えば。


 彼は何度か目を瞬かせ、横をすり抜けていった。


「天使の件はなんだか面倒そうだし、僕はその辺で時間潰してるよ」

「……いいの?」


 思わず引き留めそうになった手を、直前で抑えた。


 まさか、こんなにあっさり従うとは思ってもいなかったのだ。


「たまには、君の話も聞かないと」


「よそのホテルで待ってるね」と言い残し、彼は本当に部屋を出ていった。


「ふぅ……」


 帰国を考えるつもりなんて、今は少しもないけれど。

 とりあえず、エリアスを引き離すことはできた。


「ミュウル様……」

「ジェニファ、大丈夫。話を続けよう」


 眉根を寄せたままの彼女に向き直り、ベッドに座るよう促した。


「そういえばジェニファ、シェリーンと話してたよね?」

「シェリーン……ああ、首相の奥様ですわね。ええ、取り留めのない話ばかりですが」


 念のため、話の中身を聞いてみたものの。

 彼女がどこの出身なのか、いつ結婚したのか、本当に些細なことばかりだった。


「……やっぱり、見間違い?」


 オークション会場で魔導袋を競り落とした女性。最初、私はあれをシェリーンだと思った。


 でも、分からない。

 もし本当にそうだとしたら、首相の妻がなぜあの袋を欲しがったのか。


「ジェニファ、私もう一度、ヴィーナスと話してみたい」


 今度はちゃんと、踏み込んで話さなければ。

 私が彼のためにできることを、ちゃんと示した上で――。


「ジェニファはもう一度、シェリーンと会ってみてくれないかな?」

「構いませんが、オークションのことを口にするべきでしょうか?」

「それは……」


 やっぱり、ギザールも一緒の方が良いかもしれない。


 拳を握り、部屋から出たところで。


「あっ! ミュウルさん、ヴィーナスくん知りません?」


 廊下に立っていたギザールと視線がぶつかった。


「彼の靴が玄関に落ちていて。飛んでどっか行っちゃったんすかねぇ」


 その前に、黒服の人たちが来てるのは見たけれど――と、付け加えられた言葉に背筋が震えた。


 都市開発なんちゃらの人たち――サバートの部下。

 飛べない彼が落とした靴。


「……なんか嫌な感じがする」


 急かされるような衝動に駆られ、すぐに走り出した。


「あっ、待ってくださいっ! オレも」

「私も参ります!」


 結局、全員で足を踏み入れた首相官邸には、黒服たちが入り口を遮るように立っていた。

 用があるとかけ合っても、「首相は忙しい」の一点張りだ。


 やっぱり、何かおかしい――。


 昨日の彼らと今とでは、私たちへの態度が違う。


「だったら……」


 疼く足に力を入れ、黒服たちの頭上を飛び越えた。


「あっ、おい……!」


 正規ルートが使えないなら、外から塔を登れば良い。


 滑りやすい塔の表面にしがみつきながら、全面ガラス窓のてっぺんを目指すことにした。


「さっすが“ゴリラ聖女”! オレたちもどうにか行きますんで、あんま騒ぎ起こさないでくださいよ!」

「はいはい」


 と、言ったものの――外から窓を開ける方法なんて思いつかず、ガラス窓を拳で叩き割った。


「なんだ……!?」


 窓辺で屈んでいたのは、首相サバート。

 彼は自分をガラス片から庇うように、頭上へ腕を掲げていた。


 他には誰もいないみたいだ。


「……ごめんなさい。でも、今は緊急の用がある」

「貴女は修道国の使者の……」


 高層の塔の窓から押し入ったにもかかわらず、彼はすぐに昨日と同じ笑顔を取り戻していた。


 まるで、私が来ることが意外ではなかったかのように。


「今度はドアから入ってきて欲しいものですがね」

「ヴィーナスの居場所、知ってる?」


 一瞬、彼の眉がピクリと動いた。


「ああ、彼は里帰りしましたよ」

「里帰り……?」


 でも、私たちに何も言わずにヴィーナスが里帰りなどするのだろうか。


 金歯を見せる彼の笑顔に、ゾクッとする。


「ふだんよく働いていますからね。たまには帰省させるのも良いでしょう?」

「……働いてるって、“スリ”をしてるってこと?」


 震える声を吐き出すと。

 彼はついに笑顔を消した。


 やっぱり――サバートは何か知っているのだろうか。


 ヴィーナスとの出会いが、持ち物を盗られたことから始まったことを話すと。彼は静かにため息を吐いた。


「彼にそんな一面があるだなんて驚きです」

「……!」


 思わず拳が動きそうになった――が、まだ我慢だ。


 まだ、確証なんてない。


 それでも。

 サバートの余裕を壊さなければ、前へは進めない。


「私たちから彼が盗んだ袋を、彼は都営オークションに出品した」


 いよいよ口を閉じた彼を真っ直ぐ見つめ、口にした。

 

 その袋を落札したのは、サバートの妻シェリーンだと。


「確認したから、間違いない」


 確認はとれていない。

 それでも、今はそう断言すると――。

 

「……っ」


 今度こそ、サバートの表情が歪んだ。


(当たった……?)


「……なぜ、貴女がそれを?」


 サバートの少し乱れた呼吸が、こちらまで伝わってくる。

 こっそり呼吸を整えながら、「この目で見たから」と言い切ると。


「……そうですか。()()()は仕事をしなかったのか……」

「え……?」


 あの子とは、ヴィーナスのことを言っているのか。

 聞き返すより早く、すさまじい悪寒が背筋を駆け上った。


「……っ!」


 その発信源が下からだと悟った、瞬間。


 階下から、突き上げるような爆発音が響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ