44話 仮面オークション
「あの天使、なんか変じゃないっすか?」
借り部屋のベッドへ腰かけるなり、ギザールは真剣にこちらを見上げた。
「変とは?」
「お友達と家を見る限り、金に困ってる風でもないし。なんでオレらから路銀をすったんでしょう?」
「それは……」
『魔族が生きにくい世界を変えるには、まだ足りないんだ』――
ヴィーナスはさっき、そう言っていた。
「ギザール、これ」
ヴィーナスが返してくれた魔導袋を差し出しつつ、彼の言葉をギザールにも話すと。
「……そっすか」
彼は手の上の魔導袋に視線を落とした。
「ギザール……?」
袋を盗まれて、あんなに焦っていたのに――。
路銀が戻ってきたことにホッとするわけでもなく、彼はなぜか微笑んでいる。
「あの子、やっぱミュウルさんには心開いてるっぽいっすね」
「……そうなのかな?」
「きっとそうっす。アンタには、壁を壊す不思議な力があるんだから」
確かに、世界を隔てる壁を2枚ぶっ壊すことには成功したけれど――それとヴィーナスがどう関係するのかは分からなかった。
「でも……彼にはまだ、私たちに話せないことがあるみたいだった」
“友だち”と言いながら、首相サバートを一切見ない横顔。
飛べるのに飛べない翼。
ヴィーナスが胸を張って「幸せだ」と言える状況とは思えない。
「うーん。結果だけ見れば、ヴィーナスくんのおかげで首相と繋がれた。拠点契約も進みそうっす」
「でも私……」
「わかってますって! ライガ・マナ村の時と同じでしょ?」
見えない壁を放置したまま、この土地を知った気にはなれない。
ギザールの言葉と温かい眼差しに対して、「うん」と大きく頷いた。
「……ギザール、相談があるんだけど。もし私たちが彼を探さなかったら……この袋がどうなったのか、見てみない?」
ヴィーナスは、「換金するつもりはなかった」と言っていた。するとこの袋は、何に使われる予定だったのか――。
ギザールの手の中の袋を指さすと。
彼は「名案っすね!」と、声を高くした。
「んじゃ早速、オレはヴィーナスくんにこの袋を売ってみるっす」
「売る……?」
金ではないところに価値があるとしたら、きっと高額でも袋を買い取るに違いない。
そして、彼がそのあと袋をどうするのか監視すればいい――。
ギザールの名案に、すぐ身体が動いた。
「じゃあ私、ジェニファに話してくる」
「うっす!」
夜は、いつも早めに休むと言っていたけれど。
ジェニファはきっと、私が外出すると知れば心配して同行するはずだ。
彼女の借り部屋をノックし、声をかけると。
「……すみませんが、慣れない気候で少し疲れてしまったみたいでして」
「えっ、大丈夫?」
扉越しのジェニファの声は、少しかすれていた。
「ミュウル様、どうか無理をなさらないよう」
「私は大丈夫だけど……」
修道国を出てからここまで、少し無理をしていたのかもしれない。
離れがたいドアの前から、仕方なく足を引いた。
あとは邪魔者に見つからないように、ギザールと合流するだけ――と、思ったのだが。
「ミュウルったら、水臭いじゃないか! 何かするなら僕も混ぜてよ」
「…………エリアス」
反射で殴りたくなる笑顔に、深いため息が出た。
「すみません! 玄関で捕まっちゃって……つか、それどころじゃないっんすよ!」
袋に入っていた路銀の半額を支払ったヴィーナスは、もう出かけて行ったという。
「……ギザール、いくよ」
「あっ、ちょっとミュウルさん!?」
こうなったら、エリアスがついてきても構わない。それより今は、今度こそヴィーナスを見失わないようにしなければ。
夜でも明るい外に出ると、すぐに白い羽の目立つ背中を見つけることができた。
「いた……」
ただ、彼は私の足では追いつけないほど素早い。
「ギザール、屋根の上走るよ」
「はい? オレにそんな芸当は……って、わぁぁっ!」
「またっすか!?」と騒ぐギザールを肩に担ぎ、地面を蹴ろうとすると。
「じゃあ、僕は魔法で移動を――」
「それ、目立つから禁止」
夜に光魔法なんて、遠くからでも気づかれる。
詠唱寸前のエリアスの腕を、強く引き寄せた。
「えっ……あははははっ! こんなに小柄な子が、僕を持ち上げちゃうなんて」
「笑わずにはいられない」と騒ぐエリアスを睨みつけ、もう片方の腕で乱暴に持ち上げた。
どうやって抱えても、エリアスは足を引きずってしまう。
「君って本当に人間? “ゴリラ”って怪力の生き物に例えられてたけど、実はゴリラとのハーフ――」
「口、閉じてて」
右肩にギザール、左脇にエリアスを抱え、アブダバル区下の屋根に飛び降りた。
全身の骨格がビキビキと軋んでいるが、今は「重い」などと言っていられない。
翼を揺らす天使――ヴィーナスは、夜でも人通りの多いオアシス公園へと入っていく。
「あれ……?」
意外にも彼は、すぐそこで足を止めた。
「ミュウルさん! 昼間、あんなのありましたっけ?」
公園の中心にあるのは、黒く巨大な天幕だった。
人の声が響くその中に、ヴィーナスは迷うことなく入っていく。
「ん? ああ、アレが首相の言ってた“都営オークション”会場かな」
「エリアス、それってなに……?」
「入れば分かるよ」
とにかく、いまはヴィーナスを追いかけなければ――。
両腕に抱えていた2人を下ろして、天幕の中へ入り込むと。
「わぁ……」
星空の魔法がかけられた天幕の下には、黒いドレスとスーツの男女がひしめいていた。
外から見た時は、そんなに大きな会場には見えなかったのに。
「なるほど。オーリウスさんが開発した魔導袋の、逆パターンっすね」
中の空間を拡張する天幕なのだろうと、ギザールはサラッと言った。
よく分からないが、これも魔法の成せる技なのだろう。
ただ、そんなことより気になるのが――彼らの顔を覆う宝石の仮面だった。
「ねぇギザール。どうしてこの人たち、顔隠してるの?」
都の運営するオークションだというのに、なぜ匿名なのだろうか。
「それは……」
「はい、僕たちもつけろってさ」
エリアスが差し出したのは、会場の客たちと同じ仮面。
「参加してみれば、何か見えてくるかもよ?」
オレンジ色の照明の下に、ヴィーナスの姿は見当たらない。
人のひしめく玄関口、ステージのある奥の広間にも、彼はいなかった。
ただ、ステージ周りの異様な熱に目が奪われる。
「ギザール、ステージで話してる人はなんて?」
「……『ご来場の皆さま。こちらは“水棲魔獣の一角ツノ”、大変希少なものとなっております』……っす」
「え……?」
いま、魔獣と言ったのだろうか。
ステージの上に運ばれてきたのは、ねじれた骨のようなもの。石膏でできた彫刻みたいだけれど――仮面の客たちは歓声を上げている。
「なんか……気持ち悪い」
本物か偽物かも分からない。
それでも、生き物の身体の一部を値踏みしているようで、胸の奥がざらついた。
会場のあちこちから、知らない言葉が飛び交う中。激しい言葉の圧に、頭の中が真っ白になっていく。
「100」
突然響いたロマンティア語に、ハッと顔を上げると。
仮面のエリアスが左手を挙げていた。
周りがしんとした、瞬間。
カン――と、ハンマーを叩く音が響いた。
「えっ、なに? どういうこと……?」
「落札してみたんだ、あれ」
「本物か気になるだろう?」と、仮面の奥の青い瞳が光った。
「あ、アンタ……100って、たぶんここだと1000万ギリングっすよ!?」
「……!」
息が止まりそうになった。
それだけあれば、修道院のみんなが3年は暮らしていける。
「あとは本命を競り落とした時、どうなるか……かな」
「え……?」
次に運ばれてきた台の上には、覚えのある皮袋が乗っていた。
「あっ、あれ」
間違いない、オーリウスの魔導袋だ。
さっきのツノはともかく、あの袋からは震えるような魔力を感じる。
それがステージ中央で止まった途端。
しんとしていた会場が、わっと熱を取り戻した。
「200」
「アンタいくら持ってきてるんっすか!?」
それでも、ハンマーの音は響かない。
数字のような言葉が飛び交う中――低い女性の声を境に、再び会場がしんとした。
「いくらミュウルのためとはいえ、オーリウス兄さんが量産できるアレを5000万ギリングはなぁ〜」
「そんな金額、だれが……」
落札者の女性の、仮面の奥。
ほんの一瞬だけ見えた細い瞳に、息が止まった。
「あれって……」
すらっとした骨格の、背の高い美人。
首相の妻――。
「……シェリーン?」




