42話 完全無欠ミニスター
ヴィーナスは、黒服たちを見た瞬間、露骨に顔をしかめた。
「……都市開発機構」
「ええ、お言葉から察するに、修道国の方々ですね?」
オアシスを埋め尽くす黒服たちのひとり、年配の彼は、迷わず私に近づいてきた。
「ヴィーナスくん、この人たちは?」
「友達の部下」
「友達?」とギザールが聞き返すと。
ヴィーナスは立ち上がり、彼らの代表に何かを囁いた。
「じゃ、行こうか」
友達の、“ミニスター”のところへ――。
どこか面倒そうに、ヴィーナスは息を吐き出した。
「ミニスターって……政治家ですの?」
ジェニファの問いかけに頷きつつ、ヴィーナスは黒服に続いていく。
そのミニスターというのが、“天使”の保護者のようなものだろうか――。
迷わず足を踏み出すと、背後から「待って」と腕を掴まれた。
「ミュウル、僕たちの新婚旅行は?」
「……これも新婚旅行でやりたいこと」
何を言っても笑顔を崩さないエリアスを引き連れ、街の中心にある塔の中に入っていった。
一番高い塔の前に建つ、中くらいの塔。
それでも、市場を歩く人が手のひらほどに見える高さだ。
「今の、オーリウスさんの“魔導式エレベーター”と似た仕組みだったんすかね!?」
ギザールはいつものように、建物の仕組みに興奮しているが――ジェニファは、私のそばでこっそり「ここだけ贅沢ですねぇ」と呟いた。
確かにそうだ。
貿易中継都市と聞いていたが、外の家はほとんどが土壁の造り。この建物だけ、よく分からないけれど、石のようなものでできている。
通された部屋も、外にはない金や赤といった色で埋め尽くされていた。
「皆さま、ようこそ! 熱砂のオアシス、ラヒムザードへ」
棚のたくさんついた文机の前でニコニコしているのは、白髪混じりの男性だった。
前歯まで、部屋と同じ金ピカに光っている。
その背後には、金のドレスが眩しい女性が控えていた。
あの黒服と同じ――この人も、ロマンティア語を話している。
「……だれ?」
少し顔が硬いヴィーナスに、小声で訊ねると。
「サバート・アルハサン……この都の首相だよ」
「首相っすか!?」
ギザールが驚いているということは、たぶん、相当偉い人なのだろう。
よく見ると、外見はまだ若そうだった。
「こちらは私の妻のシェリーンです」
彼のそばに佇む、高身長ですらっとした女性。
彼女は少し透けた布の奥で口元を緩ませ、頭を下げただけだった。
「私たち夫婦だけではなく、この都全体が“魔族”を支援しているのです」
「え……!?」
今度はギザールだけではなく、みんなの声が重なった。
サバートはいま、確かに魔族と言った。
「……ヴィーナス。彼ら、あなたのこと知ってるの?」
魔族だと分かった上で、彼らの生き方を尊重している――ヴィーナスの代わりにサバートが答えた。
彼らが生き残っていたことにも驚いたのに。
それを認める人間がいるなんて――。
すっかり固まってしまったこちらを眺めながら、サバートはアゴ髭を撫でた。
「15年前、あなた方の国の“勇者”という冒険者が、彼らの王を倒してしまった」
「……!」
勇者は、あくまで修道国の英雄。
サバートの言葉に、エリアスが何かを言いかけた気がした。
「あなた方と同じ人族として、生存権を確保するための仕方ない行動だと理解してはいますが……私は魔族を否定しません」
彼ら魔族が人間社会にも認められるよう、都市をあげて協力している――サバートは、そう言い切った。
「協力……」
この都ラヒムザードは、ヴィーナスとの共生を望んでいる。
だから市場の商人ですら、天使の家を知っていたのか。
でも――立派な取り組みに聞こえるのに、隣のヴィーナスはますます黙り込んでいく。
「それで。鎖国で有名な修道国のあなた方は、どういった目的で?」
「……ここからはオレの出番っすね」
一番に動いたギザールがサバートに話したのは、魔導測量士と地図作りのこと。
私たちの歩みを、彼は短く、それでも濁さず伝えていった。
「ふぅむ、なるほど! 拠点契約ですか」
やっぱり。
政治家のサバートが食いついたのはそこだった。
「では条件として、我々の貿易協定国になっていただくことは?」
「できると思うっす。上司に確認しなきゃっすけど」
私たちの拓く地図が、少しずつ繋がっていく――世界の広がる感覚に、胸が震えるのに。
サバートを一切見ないヴィーナスの横顔が、目に焼きついて離れない。
「ほう! これが『コンパス・アンクレット』」
「……!?」
驚いた――いつの間にかサバートが、私の足元に顔を近づけていた。
「失礼! 私も魔法技術者の端くれでして。こんなに高度な魔法と技術の融合が実現されているとは」
「『魔導』っす。でも今の技術を、開発者のヤバい魔力で限界突破してるだけというか――」
何の話をしているのかはさっぱりだが。
ふたり一緒に、私の足へ顔を近づけるのはやめてほしい。
それでも、あまりに真剣で「嫌だ」とは言えない。
視線をあちこちにやっていると、妙にご機嫌なエリアスと目が合った。
「……なに?」
「いやね、お仲間の中で、僕の奥さんは“殴り担当”なんだなぁって」
「それって……」
「頭が弱い」と、暗に馬鹿にしているのでは――エリアスの脇腹を、半ば本気の力で小突いていると。
ずっと沈黙していたはずの耳飾りが、ザザッと音を立てた。
『横から失礼致します。私、修道国国土省のグレイヴと申します』
「これは……いったい声はどこから!?」
いつの間に、エリアスの妨害が解けていたのか。
「オーリウス……?」
『……ミュウル、貴女との話はまた後で』
今はラヒムザードの首相と話をつけるというオーリウスまで、何だか小難しい話に参加してしまった。
「貴殿のような素晴らしい魔術師が政を担う国とならば、できる限り平等な条約を結ぶことにいたしましょう!」
『ぜひ、よろしくお願いいたします』
オーリウスの、外向きの声がやんだ頃。
「ミュウル様」
蚊帳の外だった私に、ジェニファが近づいてきた。
彼女が首相の妻と話をしていたのは、エリアスを突きながら横目で見ている。
ふと、きんきらドレスのシェリーンを見ると。
彼女は一言も喋ることなく、こちらに小さく頭を下げた。
「……」
何だろう。
彼女の細い瞳が、時々ヴィーナスを見ていたけれど――ジェニファと何を話していたのか、あとで聞いてみよう。
「今夜はもう遅いですからね。お疲れでしょうし、また明日にでも」
友好国からの使者としてホテルを取るかとサバートが提案してくれたが――速攻で首を横に振った。
サバートは、良い人に見える。
でも良い人なら、どうしてヴィーナスは一度も彼を見ようとしないのだろう。
「うーん、オレも遠慮した方がいいかなって思うっす」
「もったいない! ですけど……ミュウル様がそうおっしゃるなら」
何か考えがあるらしきギザール、ちょっと残念そうなジェニファの声を掻き消すように、「ええ!?」とエリアスが声を上げた。
「僕はあの、一番高い塔のてっぺんに泊まってみたかったんだけど!」
「貴方は砂漠にでも寝転がって休んだらいかがですかぁ〜?」
ジェニファの嫌味にも表情を崩さないエリアス、ある意味強い――。
でも、そんなことより。
塔を降りる間も、ヴィーナスは口を閉ざしたままだった。
「すごい人と友達みたいだけど……不満?」
「はぁ!? そんなのあるわけないじゃんか」
久々に聞いたヴィーナスの声は、少しだけ震えている気がした。
都中に乱立する塔を見下ろしながら、遠い目をしている。
「異種族相手なのに、随分と親切な大人だったね」
急に耳元に寄ってきたのは、背後のエリアスだった。
「“人魔共生都市”を目指すなんて、修道国とは真逆の思想じゃないか」
そんな都市が、本当に修道国とうまくやっていけるのか――エリアスの疑問に、言葉が出てこなかった。
「でも……それより変なことがある」
ヴィーナスは、本当にサバートを信用しているのか。
何か隠しているように見えると、本人を横目に言うと。
「ええ、そうですよ」
ジェニファが、私たちの間を割るように入ってきた。
「でなければ、どうして私たちの路銀や薬瓶を盗んだのです?」
「それは……これから確認しないと」
表に出る頃には、赤紫の空に星が瞬くようになっていた。
同じ夕暮れでも、修道院とはまるで違う。
「おねーさんたち、どこ泊まるの?」
ここは貿易中継都市。
当日の宿はもうどこも埋まっていると、ヴィーナスは忠告してくれた。
「……オアシス公園にでも寝てみる?」
「冗談じゃないっすよ!」
冗談じゃない提案だったのに。
都市の公園で寝るのは危険だと、ギザールはいつかの言葉を繰り返した。
「盗んだものさえ返してもらえれば、あとは何とでもして宿を取りますから」
「あれは、もう……」
「もう?」
ギザールの鋭い視線を前に、彼は背中の翼を揺らした。
何か、今すぐ返せない事情があるのか――。
ヴィーナスの、揺れ動く白いまつ毛を見つめていると。
「……とにかく、ボクんち来る?」
「え……“天使の家”?」
彼は薄暗い中でも目立つ翼を揺らしながら、白い家の並ぶ高台へと向かっていった。




