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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
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39話 聖女、新婚旅行に乗っかる。

 最悪だ。

 ギザールもジェニファもいない時に、勇者の息子と遭遇するなんて――。


「ここだとゆっくり話せないし、そこの店入らない? もちろん僕のおごりで」


 いつもなら、「あなたにおごられる筋合いはない」と言い返すところだが。


 彼が指差した、ガラスの窓がついているお店を一瞥し、溜め息を吐いた。

 明らかに、その辺の串焼き屋台より高そうだ。


「……お店の食べ物、ぜんぶ食べていいなら」


 意地悪のつもりで、そう呟くと。

 

「うん! 必要なら店ごと買い取ろうか」


 本当に、この人は――冗談なのか分からない。

 ただ、「嘘ではない」という目をしているのだから厄介だ。


 鼻歌混じりの彼に手を引かれたまま、重い足を踏み出した。


「それで? あの考古学者さんと君のお友だちはどうしたんだい?」

「……」


 テーブルいっぱいに並んだ料理には見向きもせず、エリアスは輝くような笑顔をこちらに向けている。


 読めないメニュー表の上から下まで、全部注文してやったのに。勇者の息子の財布は無限なのだろうか。


 それより、いま一番確認しなければいけないのは――。


「……私を連れ帰ろうとしないの?」


 どうして、ここでひと呼吸する気になったのか。

 砂漠で彼を撒いた時には、すぐに国へ帰ろうと言っていたのに。


「ん? ああ、そのこと」


 彼は水を一口だけ含み、胡散臭い笑顔をこちらに向けた。


「いやね、君に僕が本気だってことを分かってもらうなら、君の話も聞かなきゃって思ったんだ」

「は……」


 いったい、この数日で何があったのか――。


『所詮、聖女は籠の鳥だ』


 出会った頃、あの言葉を吐いた人間と同じとは思えない。


「……砂嵐で記憶喪失になった?」

「あははっ! 君にとっては、その方が良かったかい?」


 彼は笑いながら、丸鳥の揚げ焼きに串を突き刺した。

 肉汁の滴るそれを、こちらへ差し出してくる。


「君のお友だち……なんていったか忘れたけど、ほら、この鳥みたいな子」

「ジェニファだ」


 殺意を込めた声で即答すると、彼は「ごめんごめん」と串を下げた。


「君のところまで案内してもらってる時、彼女言ってたんだ。『自分の言いたいことしか言わない人間は最悪だ』って」

「え……?」


 私を追いかけてきている時、ジェニファはエリアスをそんな話をしていたのか――。


「結局、彼女には裏切られちゃったけどね。その後になって、君がどうして僕から逃げるのか考えた時……聞いた言葉がよみがえってきて」


 帰る前に、私のことをもっと知ってみようと思った。


 エリアスは笑みを解いて、少しだけ緊張したように言った。


「それ……ほんと?」


 この男の言うことを、本当に信じる価値があるのか。

 試すように、色とりどりの豆の浮かぶ赤いスープを飲み始めると。


「本気だよ。君がどうして帰るのが嫌なのか、ちゃんと聞くからさ」


 新婚旅行を通して――と、無邪気に放たれた言葉に、抱えた皿を落としそうになった。


「は……?」


 話を聞く以前の問題に、頭が追いつかない。


「私……結婚とかしないです」


 自分の足跡で、世界地図を作る。

 

 そのために測量士試験を受けたことだって、彼は分かっているはずだ。

 資格証を私から剥奪したのは、他でもない彼なのだから。


「うんうん、そっか。じゃあ今はそれでいいよ。ほら、今すぐ正式に結婚できるわけじゃないし」

「え……?」


 この男、本当に何を考えているのか分からない――。


「じゃあ、私はこのまま旅を続けていいの……?」

「うん、今はね」


 さっきから、「今は」などと引っかかる言い方をする。

 このまま完全に信じることはできない。


 でも――彼の並外れた力と、妙な純粋さは利用できるかもしれない。


「……“新婚旅行”なら、一緒にしたいことがある」

「えっ、本当かい!?」


 テーブルから身を乗り出したエリアスを見ると、ほんの少しだけ胸が痛む。この人の、私への好意は本物なのかもしれないと。


 それでも、最初に彼を利用して修道院を出て行こうとした時のように。


 今度こそ彼を利用してやろう――。


「ところで、君のお仲間は探さなくていいのかい?」

「……大丈夫。そっちは?」


 選抜隊が必要だったのは、壁壊し要員だったから――そう言って、エリアスは卓上の呼び鈴を鳴らした。


「さっさと出て、君のしたいことをしようか」


 笑顔も余裕の態度も、ぜんぶ胡散臭いけれど。

 エリアスがいれば、あの天使が住んでいるというアブダバル区へ、塀を飛び越えずに入る機会が巡ってくるかもしれない。


「……とりあえず、人を探してほしい」


 朝よりも人通りの増えた市場を見回して、エリアスは「お仲間ではなく?」と首を傾げた。


「いま私たちは、銀髪の男の子を探してる」

「それが、君の新婚旅行でしたいこと?」

「……うん」


 一応、最低限の事情だけは話すことにした。

 全財産をその少年にすられたと。


「じゃあ、気合い入れて探さないとね! この人混みから見つけ出すのは、中々大変そうだ」


 何だろう。

 この人の言うこと、ぜんぶ寒気がするのに――相変わらず、言葉や表情に邪気がない。


「どうかしたかい? ああ、僕に見惚れてた?」

「……」


 とりあえず、彼と完全にふたりきりは危険かもしれない。


「……オーリウス、話せる?」


 耳飾りに話しかけて間もなく、軽い雑音が響いた。


『すみません、先ほどは会議の時間で。通信履歴が入っていましたが』


 まずは、エリアスと一時休戦だと伝えておかなければ。


「実はエリアスが――」

「やめてよ」


 少し苛立った声が響いた、直後。

 耳元で揺れる紫の宝石に、白い光が集まっていった。


「えっ……」


 エリアスの指先から伸びる、(かいこ)の糸のようなものが、耳飾りを包み込んでいる。


「オーリウス……?」


 問いかけても、声がまったく聞こえない。

 エリアスを睨みつければ、彼は「当然の対処だよ」と笑った。


「今は君とふたりの時間なんだ。オーリウス兄さんと話すのはやめてよ」

「……っ」


 喉が震えた。


 どういう仕組みかは分からないが。

 この男、自分の魔力で魔道具の通信を遮断したらしい。


「器用でしょ? 聖力はただ、魔を祓うための力じゃないんだよ」


 同じ聖力をもつ者でも、ここまで差があるものなのか――せっかく壁殴りで回復してきた自尊心が、萎んでいく気がした。


「……はぁ。もういいよ、ふたりで」

「じゃあ行こうか」


 勝手に腕を引くエリアスに、少年をどうやって探すつもりかと訊ねれば。


「とりあえず、一緒に街歩きを楽しもうよ。見物客がいるけどね」

「え……?」


 言われてみれば、視線を感じる気がする。

 往来に人が多すぎて、あまり意識してなかったけれど。


 明らかに私たちを見ている目が、ふたつ――。


「……ジェニファとギザール?」

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