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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
4章 魔都に潜む天使 ―ラヒムザード―
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38話 混沌のバザール

 熱砂を走る白髪の少年なんて、相当目立つはずなのに。


 目の前に広がるのは、鮮やかな反物の下がる市場と人混みだった。


「はぁ、はぁっ! ミュウルさ~ん! ドロボー、捕まえてくれました!?」


 追いついてきたギザールとジェニファに、「ううん」と返すことしかできない。


「たぶん、この中に紛れたんだけど……」


 文字の彫られた塔が立ち並ぶ、土造りの都――フィレフィレが教えてくれた、貿易中継都市“ラヒムザード”。

 迷路のような市場に入られたら、もう追うことはできないだろう。


「それにしても、すごい熱気ですねぇ。ミュウル様、後で少し観光いたしません?」

「はぁ!? どうしてアンタは余裕なんっすか?」


 ロマンティア金貨の入った魔導袋が無ければ、今夜泊る場所さえないと吠えるギザールに対して――ジェニファは余裕の顔で、自分の腰ポーチから薬瓶をチラつかせた。


「これを売れば、いくらかお金になりますわ。『異国製の傷薬』が、この都でどれくらい価値があるかによりますけれど」


 当初の目標である『天使』を探しがてら、ココナッツジュースでも飲もうとジェニファは言う。


 さすが、幼い頃から苦労してきたからだろうか――旅の資金をそっくり盗まれたのに、彼女はいつもと変わらない。


 一方、路銀の管理を任せていたギザールは、往来で四つん這いになっている。


「……はぁ。オーリウス、いる?」


 耳元で揺れる宝石に話しかけると、すぐにザザッと雑音が響いた。


『ええ。これまでの流れは断片的に拾っていました』


 魚人族のピラミッドを出て以来、久々の声。

 勇者について口を閉ざしていた彼は、いつも通りに戻っていた。


「魔導袋を盗まれちゃったんだけど……追跡する方法ないかな?」


 オーリウスの魔力を流して造った物ならば、足飾りコンパス・アンクレットのように足跡が残るかと思ったのだが――。


『残念ですが、あの袋には追跡魔法を付与していません』

「……そっか」


 やっぱり、地道に足跡をたどる他なさそうだ。


『ちなみに、現在地は修道国の南東。白地図にも変化がありますが……今は袋の方ですね』

「……うん。また後で聞くね」


 いつにもまして事務的なアナウンスを切った後。

 まだ地面に膝をついているギザールの肩を、ポンと叩いた。


「ギザール、大丈夫だよ。あの子は絶対捕まえるから」

「……でも、どうやって? ここ、ロマンティアの首都より広そうっすよ!?」

「ええと……」


 たしかに、見渡す限りの大市場だ。

 ラクダを引く商人たち、鮮やかな衣を巻き付けた買い物客たちが、塔の下を忙しなく行き来している。


「ん……?」


 ここまで来て、ようやく気づいた。

 あの塔、白い光に包まれている。


「聖力……? ジェニファ、ギザール、魔力感知できない?」


 念のため、ふたりにも確認してもらったが。


「注意散漫なオレには、もう何もないっすよ……」


 あの明るいギザールが、まだ肩を落としたままだ。


「私も簡単な魔法しか使えないって、ミュウル様ご存知でしょう? 走り過ぎてお疲れなのでは~?」


 ジェニファにも、あの光は見えないみたいだ。


 ふつう聖力は、魔力の少ない人間にも見えるはずなのに――。


「隠されてる……?」


 でも、誰が何のためにそうしているのか。


 それに。

 あの塔が立っているせいか、なんだか空の色がくすんで見えた。


「今は塔なんてどうでもいいっすよ! とりあえず、聞き込みましょ」


 一瞬で復活したギザールは、「ココナッツジュースなんか飲んでる暇ないっす」と、反物露店に向かっていった。


 気味の悪い塔も気になるけれど――確かに今は、銀髪の少年を追うのが先だ。


「あの殿方、自分の不注意で盗まれたくせに……ミュウル様のお手を煩わせるなんて許せませんわ!」

「まぁまぁ。どうせ天使についても聞いて回るつもりだったから」


 仮に、天使がこの都に住んでいたとしても。私たちと姿かたちが同じに見える住民が、亜人族について知っているとは限らない。


 薬を売り歩く気満々のジェニファと一緒に、かなりの長期戦を覚悟していたのだが――。


「『あぁ、天使? たしかアブダバル区に住んでるよ』……って! ミュウルさん!」


 店の前のギザールが、こちらにも聞こえるほどの大声で通訳してくれた。


「えっ、じゃあ……!」


 天使はそんなに有名な存在なのか。


 まさか、一発目で引き当てるとは思ってもいなかったが。


「ギザール、そのアブダバル……がどこか聞いて」


 すると、反物屋のお婆さんが指差したのは、一番高い塔のある方角だった。

 丘の上一帯が、黄土色の塀で囲まれている。


「『富裕層が住む場所だから、観光客のアンタらじゃ入れないよ』……だそうっす。えぇ……どうしましょう?」


 天まで伸びる塔が立つ丘。

 別に、防御魔法で覆われているわけではなさそうだ。

 

 それに、あのくらいの塀、私なら越えていける。


「……ちょっと行ってくるから、ふたりは銀髪の少年探し続けて」

「あら、でもミュウル様!」


 もし少年を探し出せたとしても、残ったふたりで捕まえられるか分からない――ジェニファの不安げな声に、足を止めた。


「そっか……」


 二手に分かれた方が早いと思ったが、ロマンティア金貨を換金されてしまったらアウトだ。先に全員で少年を見つけるしかない。


「そうだ、換金所っす! 古物商でも何でもいいんで、片っ端から行ってみましょう!」

「はぁ……この方、本当に偉い考古学者さんなんですか?」


 ジェニファのため息に「まぁまぁ」と答えつつ、市場を流れる人の海の中へ混ざっていった。


「この市場(バザール)って露店の東西に、一か所ずつ換金所があるらしいっす」


 ただし、それは都認定の店。違法店を含めたら、いくつあるか分からないらしいとギザールは付け加えた。


「まぁ! それでは、永遠に見つからないこともあり得ますわよね?」

「……その可能性も、ゼロじゃないっす」


 それを聞いたジェニファが、往来で足を止めた。


 薬入れのポーチに手をかけている――何だか嫌な予感がする。


「私、あっちのスパイス屋さんで、薬を卸せそうなところを聞いてきますわ」

「あっ……ジェニファ、ちょっと!」


 勝手に進んでいくジェニファに対し、ギザールはムッとしている。


「そうっすか。じゃ、オレは予定通りあっちに行きますんで」

「ギザール、待って……!」


 ふたりが、それぞれ反対方向に進んでいく。


 どっちを先に追うべきか――足を止めている間にも、通りがかりの人が割り込んでいた。


(まずい、はぐれる……!)


「ジェニファ……!」


 腹から声を出したつもりでも、市場の客引きの声に負けてしまう。

 

 人の波に溺れる間にも、ふたりの背中が見えなくなっていた。


「……っ、オーリウス!」


 こんな時に限って、彼からも反応がない。


 このまま全員迷子になってしまうのか。


「ジェニファ! ギザール! ふたりとも……」


 いっそ、屋根に飛び上がって移動しようか――少し疲労の溜まった足に、力を入れた、その時。


「おや? まさか、今の声は……」


 雑踏にも負けない声に、全身が固まった。


「この声……」


 少し甘みのある、ゾクッとするような声――私はそれをよく知っている。


「最悪だ……」


 そう、呟いた瞬間。


「待って!」

「……っ」


 声を振り返るより早く、腕を掴まれた。

 ちょっとの聖力を込めた、痛いほどの力で。


「ミュウル、君じゃないか」


 嘘だと思いたかったけれど――もう、振り返るしかない。


「…………エリアス」


 厚着をした褐色肌の人々が行き交う中で、彼の病的なまでに白い肌が光っていた。

 そして相変わらず、頬を染めている。


「いやぁ、選抜隊の人たちとはぐれちゃってさ。でも、代わりに君と会えた……!」


「なんて幸運なんだ」と、歌うように言う彼に対し、深い溜め息がこぼれた。


 なんて不運なんだ――と。

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