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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
3章 砂を泳ぐ賢魚 ―カル=ナバル―
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37話 天使は都会にいるらしい

『ぼくらが魔族と関係してるかは、分からないけどね』


 自分たちと近い種が存在すると、フィレフィレは分析モニターを消しながら言った。


「それって、獣人族のこと?」

『ううん、()は飛ぶんだ』

「飛ぶ……?」


 それはまさか、羽が生えているということか――。


 私が言うより先に、「鳥人がいるんっすか!?」とギザールが割って入ってきた。


『東からくるお客さんたちは、“天使”って呼んでるよ』

「天使……」


 魔族が今も存在するなんて、信じられない。


 でも――獣人、魚人、最下層の魚。ここまで“あり得ないもの”を見てきた今、存在しないとは言い切れない。


「地図のために歩く予定だったけど……」


 閉ざされていた国の外には、まだ私たちの知らない世界が広がっている――想像するだけで、全身が震える。


「ミュウル様、もしかして……」

「うん。天使が何者なのか、確かめに行こう」


 この旅は、私たちの後に続く“測量士の拠点”を見つける意味もある。


 ジェニファにそう話す間にも、またギザールが割り込んできた。


「周辺の地理を聞きがてら、フィレフィレさんと“拠点契約”を結んでおくっすね!」


 ライガ・マナ村でギザールが出していた、あの割符石のことか。


 ルーツ研究をする魚人族が何を対価に要求するのか、何となく分かる気がする――。


「うん、その辺は任せるよ」

「あいあいっす〜!」


 “天使”と聞いてから、ギザールはいつになく上機嫌だ。


「あの殿方、な~んかムカつくんですよねぇ」

「まぁまぁ」


 ギザールが絡めば、やっぱりジェニファは顔をしかめてしまう。

 そんな彼女をなだめていると、透明なヒレに肩を叩かれた。


『砂嵐、過ぎた』


 フィレフィレと瓜二つの魚人――ヌルカに案内されて、久々に地上へ出てみると。


「わぁ……」


 肌を焦がすような晴天が、私たちの真上に広がっていた。


「砂嵐の後の砂漠って、こんな感じなんですねぇ」

「うん……なんだかキレイに見えるね」


 じんわり汗がにじむ気候なのに、ここを訪れた時よりずっと気分が軽い。


 でも――このピラミッドにも、そろそろ別れを告げなければ。


『出発する?』


 今度はヌルカの隣に、フィレフィレが並んだ。

 彼は『東の方まで送るよ』と、砂の中にもぐっている。


「あれ? ギザールは……」

「お待たせっす!」


 手帳を片手にやってきた彼は、私より早くフィレフィレの背に乗り込んだ。


「魚人族と、“観光ルート”契約を結んだっす。国が許可するかはまだ分かんないっすけど」

「……そっか」


 研究資金そのものではなく、資金を生むルートを選んだのは、さすがフィレフィレだ。


「方角的にはちょっと国の方へ戻るかもっすけど……天使のとこ、行くっきゃないっすよね?」

「もちろん」


 ギザールの後ろに乗り込むと、ジェニファもため息を吐きながら私に掴まった。


「んじゃフィレフィレさん、よろしくっす」

『うん、じゃあ出発〜』


 素早く砂を泳ぐフィレフィレの背に乗りながら、遠ざかるピラミッドを眺める間。

 足首で光る『コンパス・アンクレット』に触れて、執務室の白地図を想像した。


「……ライガ・マナからここまで、線が繋がってるのかな」


 たとえ一本の線でも、今この瞬間、私の足跡が刻まれている。

 そう思うだけで、もっと遠くへ行ける気がした。


「ミュウル様、あれ……!」

 

 ジェニファが指す正面には、揺らめく建物の群れが見えていた。


「あれは……」


 修道国のレンガ建築と違って、黄土色の粘土できているみたいだ。文字の彫られた塔が、広い範囲にひしめいている。


『東の“中継貿易都市”さ。キミたちと同じ形の人間が、いっぱい集まって暮らしてる』

「貿易都市……」


 同じ人間が住む都市でも、まるで雰囲気が違う。

 修道国とは交流がなかった都市。


「地理的には近くにあったのに……」


 ギザールは首を傾げているが――確かにその通り、本当に、あの国だけが閉ざされていたみたいだ。

 “穢れ獣”を生む壁によって。


「あっ、あれラクダ……?」


 ゴリラがいたのだ。ラクダがこの世界にいても不思議ではない。


『うん、彼ら砂漠の商人のパートナー……じゃあ、この辺かな』


 フィレフィレは私たちを下ろし、砂から出て二足歩行になった。


『ミュウル、よい旅を。ぼくは勇者よりキミを応援するよ』

「ええと……ありがとう」


 冷たいヒレをしっかり握ると――指先に、かすかな鼓動を感じた。


 やっぱり。姿形が違っても、彼らは私たちと同じ鼓動を刻んでいる。


 この温かさを連れて――私はもっと、遠くまで歩くんだ。


『ギザールは、ぼくらと一緒にいる?』

「えっ、えー……? 正直、超魅力的なお誘いっすけどぉ~」


 獣人族の村で女性たちに引き止められた時とは違って、ギザールは本気で彼らの研究が気になっているみたいだ。


「今度こそ置いてく?」

「冗談じゃないっすよ! ここまで一緒に歩いてきた仲でしょう!?」


 もちろん冗談だったのだが――ギザールも、フィレフィレと固く握手を交わした。


「じゃあ、今度こそ――」


 いよいよ、砂に潜る彼を見送ろうとしたところで。


「お待ちください!」


 ずっと俯いていたジェニファが、フィレフィレの前で膝を折った。


「……ジェニファ?」


 それでも、なかなか口を開かない彼女を見守っていると。

「ごめんなさい」と、か細い声が響いた。


「貴方たちの研究を、『意味がない』などと言ってしまって。お魚さん……いいえ、フィレフィレさんと私は違うと、分かっていたのですが」

『ジェニファ……』


 今も眠る故郷のこと。彼女は最初、忘れたかったのかもしれない――だからあの時、フィレフィレに言ったのだ。


『知らない方が救いになることだって、あるのです』


 でも、彼女は今、自分から彼のヒレを握った。

 壁を砕いた直後、私の手をとった時みたいに。


『いいんだよ。“分かり合えない”も、面白かった』


 相変わらずのフィレフィレの感性に、思わずジェニファと顔を見合わせた。


「じゃあ、今度こそバイバイだね」

『うん。道だけじゃなくて、「何でそこに道があるのか」も見てくるといいよ』


 最後までゆったりなフィレフィレの言葉に、胸がトクンと鳴った。


「なんで道があるのか……」

 

 ルーツ研究にすべてを注ぐ、彼らしい言葉だ。


「……うん。またいつか、きっと会いに来るね」


 砂漠から飛び出たヒレが、少しずつ遠ざかっていく。

 それが完全に見えなくなるのを見届けた後――。


「じゃあ、非公式選抜隊……行きますか」


 公式選抜隊の姿も見当たらない。

 今のうちに、選抜隊より先に東の地図を完成させてしまいたいところだが。


「いだだだだ! ミュウルさん、この人どうにかしてくださいっ!」

「さっきの、“一緒に歩いてきた仲”って何です?」


 相変わらずなふたりに、溜め息が出てしまった。


「仲良くしてほしいって言ったのに……」


 すぐ目の前にそびえる土の塔を指して、「もう着くよ」と声をかけると。


「……やり辛いな」

「え……」


 低い声に、一瞬頭が真っ白になった――。


「……うぉ! 大商隊っすよ、ミュウルさん」


 すぐに彼は、いつもの調子に戻っている。


 とりあえず、成り行きを見守るべきだろうか――今はどうしても、反物や服飾を背負っている商人たちに目を引かれてしまう。


「ミュウル様! あの殿方たち、あんなに分厚い布を身体に巻いてますけれど……暑くないのでしょうか?」

「聞いてみる?」


 言葉が通じるかは分からないが、こういう時こそ頼れる通訳さんの出番だ。


 後ろをついて来ているギザールを振り返った、その時。


「いでっ!?」


 ギザールの悲鳴が響いた。


 振り返った先に見えたのは、砂の上に転んだギザール。

 それから、彼に覆いかぶさる白髪の少年だった。


 彼の真ん丸な瞳――血のにじむような目が、大きく開いた瞬間。


「……っ!」


 彼は飛ぶように駆けていってしまった。


 魚人ほどではないが、砂地をあそこまでの速さで走るなんて――。


「今のは……地元の子?」


 惚れ惚れするほどの脚力だった。

 いっそ、地面から浮いているように見えたが――さすがに気のせいだろう。


 足の回転が速すぎて、止まって見えただけかもしれない。


「ちょっと……待ってください……!」


 人混みに消える少年から、ギザールへ視線を戻すと。

 彼は「ウソっすよね?」と繰り返しながら、ポケットだらけの服のあちこちを漁っている。


「オレが管理してた路銀袋……ないんすけど」

「え……?」


 冗談ではなさそうな声に、全身が軽く痺れた。


 オーリウスから預かっていた、旅の資金――魔道具だという袋の中には、相当な額のロマンティア金貨が入っていたはずだ。


「まぁ! 転んで砂の中に落したのではありません?」

「でも、周り見てもないんっすよぉ……」


 膝をついて砂をかき回す二人を眺めていると。


「あ……」

 

 さっきの、白髪の少年。


 突然ギザールにぶつかったかと思うと、飛ぶように逃げて行ってしまった。


「もしかして、さっきの子が……」

「おっかしいなぁ……って、ミュウルさん、どこ行くんすか!?」


 返事をするより早く、砂を蹴った。


 いくらあっちに地の利があるとしても――“ゴリラ聖女”の仲間から財布をすろうとしたこと、必ず後悔させてやる。

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