表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
1章 閉ざされた地図 ―ロマンティア―
PR
4/11

3話 勇者の息子を殴った日

「勇者の息子って、どうやったら落とせるかな?」


 薬草の葉をちぎりながら首を傾げると、ジェニファは葉を刻む手を止めた。


「ミュウル様。あのご子息……エリアス様を()()()()()()のは、勇者様だけでは〜?」

「いや、物理じゃなくてさ」


 どうしたら、あのキザっぽい男の心を射止められるのか。

 そう尋ねた瞬間、ジェニファの持つ包丁がこちらを向いた。


「私という恋女房(もの)がありながら! あんな自信過剰男のどこが良いのです!?」

「違うって。ただ、外に出るのに利用させてもらおうってだけで」


 外。

 その言葉に肩を震わせたジェニファは、再び葉を刻みはじめた。


「……とにかく、あんな方はミュウル様にふさわしくありません」

「あんなって?」


 本当に、彼の恋人や妻になりたいわけではない。ただ、ここを出るための足がかりにするだけ。

 そう言っても、ジェニファは眉根を寄せるだけだった。


「すみませんが。今回ばかりは私、ご協力できません」

「あっ……」


 止める間もなく、ジェニファは調合室を出て行ってしまった。


 “あんな方”――ジェニファは、彼を元から知っていたのだろうか。


「……とりあえず、パーティーの準備するか」

 

 狭い自室に戻るなり、窓にぶら下がった。


「ふっ、ふっ! 身体、温めとかない、と!」


 勇者の息子は、影を倒した私の強さに興味を持っていた。鍛えておけば、さらに惚れ込んでくれるかもしれない。


 でも、いざ式典用のドレスを着て出ようとすると――扉の向こうから、ガチャリと音が響いた。


「え……?」

「勇者像の首を折る“けもの”には、パーティーへの参加権は与えられません!」


 この枯れた声、大聖女様だ。

 外から鍵をかけられたらしい。


「そんな、待ってオババ……大聖女様!」


 足音が、容赦なく遠ざかっていく。

「窓にも封印魔法をかけた」と言い残して。


「そこまでするんだ……」


 窓がだめなら、扉を壊すしかない。

 ベッドの上で助走をつけた、その時。


「ミュウル様」


 今度は、ふんわりした高音が響いた。


「ジェニファ……?」

「しっ、いま錠を開けますから」


 金属の擦れる音が、しばらく聞こえた後。

 錠と針金を手にしたジェニファが、部屋の中へ入ってきた。


「閉じ込めるなんて、さすがにやり過ぎですわ」

「でも、いいの?」


 昼間の彼女は、私が修道院を出ることに反対していたはずだ。


「仕方ありません。外の世界を見ることが、ミュウル様の望みなら」


 でも、パーティーに出ればきっと後悔することになる。

 そう言って、ジェニファはエプロンを翻した。


「ねぇジェニファ、こっちって礼拝堂だよね?」

「……ええ」


 日中、影の獣に傷つけられた建物は、何事もなかったかのように修復されていた。

 私が破った扉も元通りになり、隙間からオレンジ色の灯りがこぼれている。


「行きますよ、ミュウル様」


 ジェニファが扉を開いた、瞬間。

 男女の笑い声に包まれた。


「わ……」


 礼拝堂が、立食パーティーの会場になっている。


 勇者像の前には白い布をかけた長机。

 祈りの席には花と料理。

 いつもは聖女たちが膝をつく場所で、知らない男の人たちが笑っていた。


「ミュウル様はご存じなかったでしょう? こんなパーティー、興味すらなかったでしょうから」


 これは実質、官僚と聖女のお見合いパーティー。


 ジェニファのため息に、胸の奥が冷えていった。


 ここは、祈りを捧げる聖女が、閉じ込められている籠だと思っていた。

 でも――ここは、私たちを並べる場所でもあったらしい。


「ああ、君!」


 こちらに手を振っているのは、聖女たちに囲まれていた勇者の息子。

 ワインみたいな赤い飲み物を手に、こちらへ近づいてくる。


「これ、ぶどうジュースなんだ。お酒はちょっと無理なんだけど……都に行ったら、美味しい食べ物なら教えてあげられるよ」


 遠慮しろ、と言いたげな彼の視線に、ジェニファは離れていってしまう。


「あ……」

「大丈夫、僕が楽しませてあげるから。そういえば、まだ名乗っていなかったかな?」

「勇者の息子、エリアス……様?」


 こちらから口を開けば、彼の笑顔が一層輝いた。


「さすがに知ってたか。僕を知らない人なんて、この国にいないだろうし」

「はぁ」


 言葉を交わすほどに、彼の放つキラキラが鬱陶しくなっていく。でも、ここを出るためには彼に見初められなくてはならない。


 穏便に、誰にも邪魔されずに出ていくには。


 それにしても。

 この人、私の名前を聞こうとしない。


「……ところで。エリアス様は、どうして私を気に入ってくださったのですか?」


 差し出されたグラスを受け取り、できる限りの愛想笑いを浮かべる。

 すると、彼の空いた片手が白い光を放ち始めた。


「……っ!」


 昼間見た彼の力は、やっぱり本物。

 肌をひりつかせるほどの濃い聖力が、彼の手に集まっている。


「僕は、どうも母の血が濃くてね」


 魔王を討伐した勇者パーティーの聖女。

 その血を継いだ彼は、あの影を複数縫い留める力がある。

 さらに時間をかければ、自分だけでも焼き払えるのだと言った。


「影を、ひとりで……」


 私の拳だけでは倒せなかった、あの影を。


「でもね、僕は丈夫な器が欲しかったんだ」


 エリアスの楽しげな目が、私をじっくりと見下ろした。


「君は、あの影に触れても壊れない身体を持っているからね」


 彼の視線が、私の手、腕、肩、胸元へと滑っていく。


「君の器の強さと、僕の聖力。そのふたつを継いだ子なら、きっと父にも負けない存在になる」

「は……?」


 喉が締まった。


「……そんなことのために、この修道院に来たの?」

「そんなこと?」


 エリアスは、本気で不思議そうに首を傾げた。


「それが聖女(きみたち)の役割だろう?」


 そう言って、彼はパーティー会場と化した祈り場を振り返る。


 他の聖女たちは、仰々しい格好の男性たちに愛嬌を振りまいていた。


 選ばれるのを待つ笑顔に、胸の奥が冷えていく。


「そんな……」

「君は聖力があまり強くないみたいだけど、大丈夫。影を殴れる器の強さがあればね」


 彼が必要とするのは、私の丈夫な器だけ。


 私だって利用するつもりだった。

 それでも、血は拳に集まっていく。


「ミュウル様!」


 震える拳に触れたのは、小さく硬い手だった。


「ジェニファ……?」

 

 いつも薬草を刻んでいる、見た目よりも頑丈な手。

 それに触れて、少しだけ息が吸えた。


「お部屋に戻りましょう。ここはお気持ちを抑えて――」

「君は何だ?」


 笑顔のままのエリアスが、今度はジェニファを見下ろした。

「話の邪魔をする気?」と。


「見たところ、聖女ですらなさそうだが……君の外見なら、まだもらい手がありそうだね」

「なっ……!」


 軋む拳を握り直した、その時。


「ミュウル様、ダメです!」


 ジェニファに手を握られ、足が動かなくなった。


「……っ」


 彼女が一番悔しいはずなのに。

 唇を噛み締め、必死に耐えている。


 でも。

 拳は止まっても、喉が震える。


「あなたはまるで……人の役割を、自分が決められるみたいなことを言いますね」

「ん? その通りだけど」


 生まれ持った力と役割が、人のあるべき場所を決める。

 英雄の子である自分には、それを操作する権限がある――。


 彼は、何でもないことのように言った。


「じゃあ、私は……外へ出ても、あなたの決めた役割を与えられるだけなの?」


 震えを抑え、問いかければ。

 エリアスはにっこりと微笑んだ。


「所詮、聖女は籠の鳥だ。飛び方を覚える必要はないよ」


 温度のない声だった。


「……籠の、鳥?」

「僕と結婚してくれれば、何でも必要なものを籠に運んであげるよ」


 そう言って、彼は手を差し出した。


「あぁ……」


 目の前の白い手が、歪んでいく。

 真っ青になった頭に浮かぶのは――。


 “灰色の窓”。


 私は、()()()()の答えを自分で確かめることすら許されないのか。


 目の前に浮かんだ窓すら、歪んでいく。

 やがて。

 頭が、ドクンと脈打った。


「私は……!」


 息を吸うと同時に、拳が痛いほど熱くなっていく。


「ミュウル様!」


 必死なジェニファの制止を振り切り――気がつけば、目の前の男を殴っていた。


 賑わっていた礼拝堂が、しんと静まり返る。


「……? ああ、そうか」


 口から血を流しながらも、彼の瞳は私から離れない。


「ははっ! 痛いって、こういうことなんだ」

「あ……」


 怒らせた、というより。

 もっとまずいものを、目覚めさせてしまった気がするけれど――それでも、ようやく分かった。


 修道院(ここ)を出るのに、選ばれる必要なんてない。


 鳥籠の扉が開かないなら、殴って壊せば良かったのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ