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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
3章 砂を泳ぐ賢魚 ―カル=ナバル―
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34話 聖女、ゲームクリア。

 ジェニファと固く手を握り合った後、ふと我に返った。


「ところで、ここは?」


 暗闇の部屋をぶっ壊して脱出したのは良いが、周りは白い光に包まれたままだ。


 そもそも私たちは、ヌルカを探して降りていたはずだけれど――。


 ジェニファと手を繋いだまま、少し前へ進んでみたところで。


「何も見えないですねぇ……あっ」


 向こうに何か見えると、ジェニファが走り出した、その時。周りを包むもやが晴れてきた。


「あれって……」


 これまで、階の節目に立っていたものと同じ看板がある。

 いや、その看板を持っているのは――。


『100階到達、おめでとう〜』


 砂マスクをつけた魚人がいる。


「ヌルカ……?」


「ゲームクリア!」と書かれた看板。

 それを掲げるヌルカ。


 頭が真っ白になった。


「え……どういうこと?」

「お魚さんの奥様は、行方不明だったのでは……」


 目を丸くしたジェニファと、顔を見合わせていると。


『ピラミッドの地下はね、アミューズメント施設だよ』


 覚えのある、のんきな声が天井から降ってきた。


「は……」

『観光用に開発中なんだ。あっ、ええとね』


 状況を飲み込めないうちにも、フィレフィレは『ドッキリだよ』と言う。


「……ドッキリ?」

『キミたちの意見が、複雑に絡み合ってるみたいだったからね。仲直りできないかなぁって』

「え……じゃあ」


 二人きりにするため、地下へ向かわせたのか――天井に向けて、そう尋ねると。


『部外者が口を挟むわけにもいかないからね。この建物の仕組みを使って、向き合わざるを得ない場を作ろうと……あっ、危険は排したつもりだよ』

「危険って……あの影は?」


 地下のいたるところに、魚影が出没していたはずだ。


『あれは、ギザールさんの話を元に、本物そっくりな“穢れ獣”を映像機(プロジェクター)で再現してみたよ』

「映像……」


 そうか。

 虚像だったから、殴った感触がなかったのだ。


 それに、フィレフィレが影を知らないということは――やっぱり、ここに壁はないのかもしれない。


「でも、良かった……ヌルカが無事で」


 キョトンとしたヌルカを見上げ、溜め息を吐き出せば。

 上から『ゴメンね』と声が降ってきた。


「じゃあ、水責めも……?」

『途中で止まるようになってたよ。キミが先に壁を壊したから、安全装置は作動させなかったけど』


 二度目のため息と一緒に、「なんだ」と呟いた。


「ジェニファに怖い思いをさせたのは、良くなかったよ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


 影はともかく、水責めは正直死ぬかと思った。


『……ごめんね。心理的負荷までは、考慮できてなくて。ヌルカが無事だと知っているぼくと、知らないキミらでは前提が違ったね』

「うん……助けるために、本気で壊しちゃうところだったから」


 でも。フィレフィレの策略にまんまとハマったおかげで、ジェニファと本音で向き合えたのは本当だ。


「ジェニファ、大丈夫……?」


 さっきから、ひとつも喋らなくなったジェニファを振り返ると。

 彼女は俯き、肩を震わせていた。


「やーっぱり! あのお魚さん、なんだか変だと思ったのです!」


 天井に向かって悪態をつきつつも、ジェニファは笑っていた。

 でも――笑っているのに、目には涙が光っている。


「ごめんジェニファ! 本当は……」


 怖かったのではないか、と、震える肩を掴むと。

 彼女は涙を拭い、私の手をそっと握った。


「だから、怖くなんてありませんでした。ミュウル様が、ずっと寄り添ってくださったから」


 濡れた頬が、ふわりと緩んだ。


「あ……」


 修道院で毎日見ていた笑顔と、少し違うけれど――。

 やっぱり彼女は、かけがえのない“ジェニファ”だ。


「……これからも一緒だから」


 改めて、手を差し出すと。

 彼女は背筋を伸ばし、こちらに向き直った。


「はい! 見習いの身ではありますが、薬師としてお力添えいたします」


 これからは、大切な仲間がもうひとり一緒に来てくれる。

 そう考えるだけで、もっと遠くへ踏み出したくなった。


『いやー、ハラハラしたっす!』

「今のは……」


 今度は、ギザールの声が降ってきた。


『ミュウルさんが世界の壁を壊せるって話をしたら、フィレフィレさんがそれを使って2人を仲直りさせる~なんて言いだすもんですから』


 実行権はギザールに委ねられたが、危険域に入ればすぐ止めるつもりだった。

 私なら突破できると思って許可した――そう言って、彼はいつもの調子で笑った。


「ギザール」

『はいっ』

「私だけじゃなくて、ジェニファもいたんだよ」


 低い声で言えば、いつもの笑い声が止まった。


『……そこは、オレの見込みが甘かったっす。すみません』

「うん」


 信じてくれるのは嬉しいが、過信は良くない。

 私だって、どんな壁も壊せる保証はないのだから。


「あのギザールとかいう方、ミュウル様を知った気になっていますわ……」

「まぁまぁ、ギザールも大事な仲間だから」


 歯ぎしりをするジェニファの肩をさすり、「できれば仲良くして欲しい」とお願いした。

 旅は信頼関係が大事だと、オーリウスが面接のときに言っていたはずだ。


「ミュウル様がおっしゃるのなら……」

『ミュウルさん、オレのことをそんな風に思ってくれてたんっすねぇ』

「なっ……ぽっと出のくせに、調子に乗らないでください!」


 このふたりが本当に仲良くできるのは、まだ分からないけれど。


「賑やかになりそうだ」


 苦笑いしつつ、耳元に触れようとしたら――いつもあるはずの耳飾りがなかった。


「あ……そうだ」


 ジェニファと真剣に話そうと思って、ギザールに預けていたのだった。


 ギザールに、「耳飾り出して」と声をかけると。

『ずっと聞いていますよ』と、今度はオーリウスの声が降ってきた。


「というわけで、選抜隊にひとり追加……いいかな?」


 元々定員は4人だったんでしょ、と付け加えると。

 今度は深いため息が返ってきた。


『貴女が決めたのならば、承諾しましょう』

「うん。ジェニファのこと、改めてよろしく」


 仕方ないと言いつつも、オーリウスなら認めてくれる気がした。


『薬師は有益ですし……旅を止められるよりは、マシですから』

「それはそうだね」


 久しぶりに見たジェニファの笑顔に、つられて笑っていると。

 看板を持って立っていたヌルカが、いつの間にか消えていることに気がついた。


「あれ……?」


 いつの間にいなくなったのだろう。


 まだ何かを言い合っているギザールの声とジェニファから離れて、広い土の部屋を回っていると。

 ランプに照らされた、黒い壁画をヌルカは眺めていた。


「これは……」


 “前の私”が見たものと、目の前の壁画が重なって見える――。


 これは、象形文字だ。


『わたしの仕事、記録すること』

「え……?」


 ピラミッドの壁に、ヌルカは黒い塗料を塗りつけていた。文字や絵を書き足しているみたいだ。


『わたしたちの見た歴史、過去の形式に倣って、描き続けている』

「そうなんだ……」


 修道院の地下で、ジェニファと一緒に見た壁画を思い出す。


 あそこに未完成の地図を描いた人も、自分の見たものを後世に残そうとしたのだろうか――。


「あれ……?」


 ヌルカが今、ヒレで描いている黒い板――何だか壁に似ている。

 しかも壁の周囲には、色々な形の獣が描かれていた。


「ここに壁があったの!?」


 尋ねても、ヌルカは手を止めなかった。

 でも、何かを伝えようとしているのか――砂マスクの中で、必死に息を整えている。


 やがて、ヌルカが口にしたのは、『勇者』という言葉だった。


『15年前、あの二本足たちも、ピラミッドに挑んだ。最下層の壁、壊すために』

「え……?」

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