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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
3章 砂を泳ぐ賢魚 ―カル=ナバル―
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29話 砂に埋もれたルーツ

「うーん……砂、砂、砂」


 フィレフィレたちが開発したという“水鏡”――映像モニターのような鏡で、外の様子を見せてもらったところ。

 白と黒の点が舞っているだけで、何も見えなかった。


『しばらく移動はできないね』


 きっと、このピラミッドは安全なのだろう。

 フィレフィレは変わらない口調で、ゆっくりと青緑色のヒレを動かしている。


「でも、足止めされてんのはエリアスたちも同じっすから」


 焦ることはないというギザールに、ひとまず頷いた。

 少なくとも、彼らがここへ来ることはないだろう。


『ひまなら、ぼくたちの研究みる?』


 自分たちのルーツ研究を見ないかと誘ってくれるフィレフィレ、そして私の背中から離れないジェニファを交互に見た。


『とにかく、旅なんてもうさせません』


 先ほどの彼女の言葉が、胸にこだました。


(一度、ちゃんと話しておきたかったけれど……)


「もちろん!」と弾む返事をするギザールに対し、ジェニファは曇り顔のまま口を閉ざしている。


「……せっかくだから、一緒に行こう」


 軽く手を引けば、ジェニファは小さく頷いた。


 今はまず、彼女の気分を変えた方が良いかもしれない。


『3名様、ナフメルの“ルーツ研究ツアー”へご案内~』


 フィレフィレが向かったのは、「未探索えりあ」と看板の立つ、ピラミッド地下の広間だった。


 泥や石で固められた壁と床に、それぞれ魚人たちが張りついて作業をしている。


「これは……発掘?」

『その通りさ』


 フィレフィレが作業員たちに何かを伝えると、彼らはぴょんと跳ねながら仕事場を見せてくれた。


「へぇ……骨や石器、先祖のミイラなんかも発掘してるんっすね」


 水分を失ってカラカラになった皮が、石棺の中に寝かせられていた。


「この干物、どうするの?」

『上にもち帰るよ』


 次はまた研究室へ、と、階段を戻っていくフィレフィレに続くと。

 彼は、ピラミッドとはちぐはぐな機械の中に、ミイラの一部を投入した。


『DNA修復器さ。これと今のぼくたち、どう違うかを調べてる』

「そうなんだ……」


「これ、世紀の大発見でしょう!?」と肩を叩いてくるギザールを横目に、ほうっと息を吐き出した。


 前の私がいた世界と、同じくらい――いや、それ以上に、彼らナフメル族の技術は進んでいる。


『でも、おかしい。ここにあるミイラ、ぼくたちと違う』


 自分たちより、人族に近い。

 そう言って、フィレフィレはミイラを分析する画面から顔を上げた。


『ぼくたちが、どうして魚と人の特徴をもつ姿をしているのか……まだ、分からないんだ』


 その先の領域は、もはや“世紀の大発見”どころではない気がする。


「亜人種の謎を解き明かす研究っすね」

「うん……」


 もはや興奮を通り越して、ギザールは自分の頭の中と対話を始めたらしい。

 いつものことだから、放っておくとして――。


「自分のルーツなんてもの、知ってどうするのですか?」

「え……」


 ずっと唇を噛み続けていたジェニファが、私の後ろからフィレフィレを見上げていた。

 たしか前も、同じことを呟いていた気がするけれど――今回は真っ直ぐフィレフィレに向けて、棘のある疑問をぶつけたのだ。


「ジェニファ……」


 彼女がずっとイラ立っているのは、私との話がついていないせいなのだろうか。


 騒ぐ胸を押さえていると。


『これは、キミたちにとって意義のないことなの?』


 フィレフィレの、ゆっくりで無邪気な口調が返ってきた。

 ジェニファはそれに対し、さらに眉を吊り上げている。


『ぼくたちは、ぼくたちの中で「魚人族」って言葉はつかわない』


 なぜなら、それは人族向けの言葉だから――。


「え……?」


 予想もしない言葉に、思わずジェニファから彼へ視線を移した。


『ぼくたちは「ヒト」なんだ。ほかの種族に定義されない、「ヒト」だという証拠がほしいんだよ』

「『ヒト』の……証拠……」


 自分が何者か。


 そんなことを考えると、また――“灰色の窓”が頭に浮かぶ。


 何者にもなれなかった、前世の自分。

 それが、「何者か」を知りたい彼らに重なる。


「でも……」


 彼らは、足もヒレもなかった、“前の私”とは違う。

 知ることで、前に進もうとしている。


「はぁ……」


 低いため息を吐いたのは、ジェニファだった――そんなの、綺麗事だと。


「もしその先に、“知りたくないこと”があったとしても……ですの?」


 そして彼女は、今度こそ私に向き直った。


「……っ」


 外で会ってから、初めてだ――ちゃんと目が合うなんて。


 それでも彼女は、「私が間違った方向へ進んでいる」と言いたげな目をしている。


「知らない方が救いになることだって、あるのです」


(何だろう、いま……)


 彼女は私を見ているようで、どこか遠い場所を見つめているような気がした。


 ずっと繋いでいた手が、静かに解けていく。


「嵐が止んだら、修道国へ帰りましょう。ミュウル様が危険にさらされる前に」


 旅への反対は、本気みたいだ。


 でも、何か違う。

 たぶんジェニファが恐れているのは、私の身に危険が及ぶことではない。

 それよりも、私が何かを知って傷つくことを恐れているような――。


 無言でジェニファと見つめ合っていると。


『キミらは、一度ゆっくり話した方がいいみたいだね』

「え……?」

『ううん。さぁ、息抜きにお茶でもどう?』


 さっきの真剣な声、フィレフィレだったのだろうか――。


 訊ねる間もなく、ギザールが「メモ完了!」と伸びをした。


「オレ、もっと見てていいっすか? なんならその研究、手伝うっす!」

「ギザール……なんか目の色が違うね」

「だって、亜人種の起源が解明できるかもですよ!?」


 それが解明できたら、後世にまで名を残せると言うが――その動機は、はたして本当なのだろうか。


 まだ出会って1か月ほどだが、ギザールの癖はひとつ知っている。

 何かを隠そうする時、遠い目をするのだと。


『じゃあ、女の子たちは家に戻ってお茶を……』


 フィレフィレのヒレに押された、その時。


 部屋を揺らすほどの高音が、頭を貫いた。


「なに……!?」


 砂嵐の次は、いったい何が起こったのか――『警報だ』と、相変わらずのんびりなフィレフィレの後に続くと。


 画面には、さっき私たちが降りていた、 「未探索えりあ」の発掘部屋が映し出されていた。

 その中を、ぼんやりした黒い何かが跳ねまわっている。


「これって魚……ううん、まさか影?」

『うん、そうだね。砂嵐の影響かなぁ』


 この近くには壁がないはずなのに、どうして影が出たのか――。


「……行かなきゃ」


 理由はさておき、影は放って置けない。


 とっさにギザールを振り返ると、彼は無言で頷いた。


「ギザール、ジェニファをお願い」


 研究室の外へ走り出そうとした、瞬間。

 腕を、小さな抵抗に引っ張られた。


「ミュウル様……どこへ!?」


 手を解いたはずのジェニファが、私の腕を強く握っている。

 ふだんの彼女からは、想像もできない力で。


「でも、いまは殴りに行かなきゃ」

「あっ……ミュウル様!」


 いま影をぶん殴れるのは、私だけだから――。


 それでも、ジェニファの手を完全には振り解けなかった。

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