29話 砂に埋もれたルーツ
「うーん……砂、砂、砂」
フィレフィレたちが開発したという“水鏡”――映像モニターのような鏡で、外の様子を見せてもらったところ。
白と黒の点が舞っているだけで、何も見えなかった。
『しばらく移動はできないね』
きっと、このピラミッドは安全なのだろう。
フィレフィレは変わらない口調で、ゆっくりと青緑色のヒレを動かしている。
「でも、足止めされてんのはエリアスたちも同じっすから」
焦ることはないというギザールに、ひとまず頷いた。
少なくとも、彼らがここへ来ることはないだろう。
『ひまなら、ぼくたちの研究みる?』
自分たちのルーツ研究を見ないかと誘ってくれるフィレフィレ、そして私の背中から離れないジェニファを交互に見た。
『とにかく、旅なんてもうさせません』
先ほどの彼女の言葉が、胸にこだました。
(一度、ちゃんと話しておきたかったけれど……)
「もちろん!」と弾む返事をするギザールに対し、ジェニファは曇り顔のまま口を閉ざしている。
「……せっかくだから、一緒に行こう」
軽く手を引けば、ジェニファは小さく頷いた。
今はまず、彼女の気分を変えた方が良いかもしれない。
『3名様、ナフメルの“ルーツ研究ツアー”へご案内~』
フィレフィレが向かったのは、「未探索えりあ」と看板の立つ、ピラミッド地下の広間だった。
泥や石で固められた壁と床に、それぞれ魚人たちが張りついて作業をしている。
「これは……発掘?」
『その通りさ』
フィレフィレが作業員たちに何かを伝えると、彼らはぴょんと跳ねながら仕事場を見せてくれた。
「へぇ……骨や石器、先祖のミイラなんかも発掘してるんっすね」
水分を失ってカラカラになった皮が、石棺の中に寝かせられていた。
「この干物、どうするの?」
『上にもち帰るよ』
次はまた研究室へ、と、階段を戻っていくフィレフィレに続くと。
彼は、ピラミッドとはちぐはぐな機械の中に、ミイラの一部を投入した。
『DNA修復器さ。これと今のぼくたち、どう違うかを調べてる』
「そうなんだ……」
「これ、世紀の大発見でしょう!?」と肩を叩いてくるギザールを横目に、ほうっと息を吐き出した。
前の私がいた世界と、同じくらい――いや、それ以上に、彼らナフメル族の技術は進んでいる。
『でも、おかしい。ここにあるミイラ、ぼくたちと違う』
自分たちより、人族に近い。
そう言って、フィレフィレはミイラを分析する画面から顔を上げた。
『ぼくたちが、どうして魚と人の特徴をもつ姿をしているのか……まだ、分からないんだ』
その先の領域は、もはや“世紀の大発見”どころではない気がする。
「亜人種の謎を解き明かす研究っすね」
「うん……」
もはや興奮を通り越して、ギザールは自分の頭の中と対話を始めたらしい。
いつものことだから、放っておくとして――。
「自分のルーツなんてもの、知ってどうするのですか?」
「え……」
ずっと唇を噛み続けていたジェニファが、私の後ろからフィレフィレを見上げていた。
たしか前も、同じことを呟いていた気がするけれど――今回は真っ直ぐフィレフィレに向けて、棘のある疑問をぶつけたのだ。
「ジェニファ……」
彼女がずっとイラ立っているのは、私との話がついていないせいなのだろうか。
騒ぐ胸を押さえていると。
『これは、キミたちにとって意義のないことなの?』
フィレフィレの、ゆっくりで無邪気な口調が返ってきた。
ジェニファはそれに対し、さらに眉を吊り上げている。
『ぼくたちは、ぼくたちの中で「魚人族」って言葉はつかわない』
なぜなら、それは人族向けの言葉だから――。
「え……?」
予想もしない言葉に、思わずジェニファから彼へ視線を移した。
『ぼくたちは「ヒト」なんだ。ほかの種族に定義されない、「ヒト」だという証拠がほしいんだよ』
「『ヒト』の……証拠……」
自分が何者か。
そんなことを考えると、また――“灰色の窓”が頭に浮かぶ。
何者にもなれなかった、前世の自分。
それが、「何者か」を知りたい彼らに重なる。
「でも……」
彼らは、足もヒレもなかった、“前の私”とは違う。
知ることで、前に進もうとしている。
「はぁ……」
低いため息を吐いたのは、ジェニファだった――そんなの、綺麗事だと。
「もしその先に、“知りたくないこと”があったとしても……ですの?」
そして彼女は、今度こそ私に向き直った。
「……っ」
外で会ってから、初めてだ――ちゃんと目が合うなんて。
それでも彼女は、「私が間違った方向へ進んでいる」と言いたげな目をしている。
「知らない方が救いになることだって、あるのです」
(何だろう、いま……)
彼女は私を見ているようで、どこか遠い場所を見つめているような気がした。
ずっと繋いでいた手が、静かに解けていく。
「嵐が止んだら、修道国へ帰りましょう。ミュウル様が危険にさらされる前に」
旅への反対は、本気みたいだ。
でも、何か違う。
たぶんジェニファが恐れているのは、私の身に危険が及ぶことではない。
それよりも、私が何かを知って傷つくことを恐れているような――。
無言でジェニファと見つめ合っていると。
『キミらは、一度ゆっくり話した方がいいみたいだね』
「え……?」
『ううん。さぁ、息抜きにお茶でもどう?』
さっきの真剣な声、フィレフィレだったのだろうか――。
訊ねる間もなく、ギザールが「メモ完了!」と伸びをした。
「オレ、もっと見てていいっすか? なんならその研究、手伝うっす!」
「ギザール……なんか目の色が違うね」
「だって、亜人種の起源が解明できるかもですよ!?」
それが解明できたら、後世にまで名を残せると言うが――その動機は、はたして本当なのだろうか。
まだ出会って1か月ほどだが、ギザールの癖はひとつ知っている。
何かを隠そうする時、遠い目をするのだと。
『じゃあ、女の子たちは家に戻ってお茶を……』
フィレフィレのヒレに押された、その時。
部屋を揺らすほどの高音が、頭を貫いた。
「なに……!?」
砂嵐の次は、いったい何が起こったのか――『警報だ』と、相変わらずのんびりなフィレフィレの後に続くと。
画面には、さっき私たちが降りていた、 「未探索えりあ」の発掘部屋が映し出されていた。
その中を、ぼんやりした黒い何かが跳ねまわっている。
「これって魚……ううん、まさか影?」
『うん、そうだね。砂嵐の影響かなぁ』
この近くには壁がないはずなのに、どうして影が出たのか――。
「……行かなきゃ」
理由はさておき、影は放って置けない。
とっさにギザールを振り返ると、彼は無言で頷いた。
「ギザール、ジェニファをお願い」
研究室の外へ走り出そうとした、瞬間。
腕を、小さな抵抗に引っ張られた。
「ミュウル様……どこへ!?」
手を解いたはずのジェニファが、私の腕を強く握っている。
ふだんの彼女からは、想像もできない力で。
「でも、いまは殴りに行かなきゃ」
「あっ……ミュウル様!」
いま影をぶん殴れるのは、私だけだから――。
それでも、ジェニファの手を完全には振り解けなかった。




