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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
3章 砂を泳ぐ賢魚 ―カル=ナバル―
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28話 薬師のジェラシー

「世紀の大発見っす!」


 目をギラつかせたギザールに引っ張られてやってきたのは、透明な袋の部屋――フィレフィレの研究所だった。


『ようこそ、ミュウル、ジェニファ』

「なんか……」


 現代的な装置がいっぱいだ――と、言いそうになった口を塞いだ。


 前の私としての言葉は抑えなければ。


「この“機械(キカイ)”とかいう箱、すごいんっすよ! それだけじゃなくて、この家自体が……」


 彼らの住むピラミッドには、“超高度文明”の跡がある。


 ギザールの言葉に、思わず肩が揺れた。


「えっ、じゃあ……」

「この人たちの砂マスクは、魔法じゃ作れません。どっちかっていうと魔導に近い、失われた文明の遺産っす!」


 どうやら、この世界のピラミッドにも“謎”が隠されているらしい。


「失われた文明……」


 背後のジェニファが囁いた。


 それにしても――彼ら魚人族自体も、ピラミッドと同じくらい謎だ。


「フィレフィレたちは、ここで何を研究してるの?」


 語りが止まらないギザールの合間を狙い、問いかけると。こちらを見守っていたフィレフィレは、『知りたいことばかりなんだ』と呟いた。


『この技術を残したぼくたちの先祖は、どうして滅んじゃったのか。ぼくたちは、どうして君たちと形が違うのか』

「形が違う……」


 自分たちのルーツを探すための研究。

 生涯をかける価値のある研究だと、フィレフィレはヒレをうねらせた。


『そのためのお金、東の観光客からもらってる』

「それ、あの砂漠タクシー?」

『うん。研究はお金にならないからね、副業だよ』

「そうなんだ……」


 タクシーの利用者は、そんな理由で彼らがお金を稼いでいるなど思いもしないだろう。


「えっ、待ってください! 東の都市ってことは、そこに人間の町があるってことっすか?」

「あっ」


 見落としていた。

 さすがはギザールだ。


「どんな形の人がいるんっすか?」

『キミらと同じ、ヒレのない種族さ』

「……!」


 全身がぶるっと震えた。


 やっぱり、修道国以外にも人間はいるのだ――世界にはまだまだ知らない種族や町が広がっている。


「でも……」


 行き来できるということは、東西を遮る壁がないのだろうか――?


 ふと沸いた疑問を、今は飲み込んだ。

 ギザールの質問攻めに、フィレフィレがゆったりと答えている。


「自分たちのルーツなんて知って、どうするんでしょうね」

「え……?」


 冷めた呟きに、ふたりの声が止んだ。

 黙り続けていたジェニファの顔――見たことのないほど、暗い影が降りている。


「ジェニファ?」


 やっぱり、長旅で疲れている――だけではないのだろうか。


「ジェニファ、なんだか――」

『そろそろ夕ご飯にしようか。キミたち哺乳系人族が食べられるものもあるよ』


 私に言いたいことはないのか。

 そう口にしようとしたら、なぜかフィレフィレに遮られた。


「……ご飯、いただきます」


 フィレフィレ家の食卓に並んでいたのは、彩り豊かな米料理。

 一体どこから手に入れたのか、野菜と魚介がたっぷり乗った、パエリアに近いものだった。


「うん、おいしい。ね、ジェニファ」

「……はい」


 香草の良い匂がするのに、空気が重い。


 スプーンが止まっているジェニファに、次はどんな言葉をかけてみようか――口を動かしながら、考えていると。


「改めて、オレはギザールっていいます」


 ずっとジェニファをチラ見していただけのギザールが、とうとう動いた。


 そういえば、ちゃんと紹介していなかった気がする。


「……ジェニファと申します」


 妙に大人しいけれど――とりあえず返事をしたジェニファに、ほっとした。


 でも、何だろう。

 ジェニファは正面のギザールを睨むように、じっと観察している。


「ふぅん」

「な、なんっすか?」

「あなたは、ミュウル様をどう思っていらっしゃるのですか?」

「……へっ?」


 少し顔を赤くしたギザールに、ジェニファはさらに詰め寄った。


 何だか、こちらまで緊張する――。


 隣のギザールは、私を横目で見つつ、ジェニファに向き直った。


「そりゃ、大事っすよ。一緒に旅したいって思った、最初の仲間っすから」

「ギザール……」


 いつでも彼は、私に温かい言葉と想いをくれる。


『アンタならいけるかもしれないっす!』


 最初に、壁へヒビを入れた時のことを思い出していると――。


「……本当に、“仲間”として?」

「えっ? うわぁ!」


 突然立ち上がったジェニファは、ギザールの胸ぐらを掴見上げた。


「男女2人旅だなんて、下心ゼロと言い切れるのですか? さぁ、私の目を見てくださいませ!」

「ううっ……ミュウルさん、この人怖いっす!」


 おっとりと笑う、私の中のジェニファ像が崩れていく。


 外に出てから、なんだか様子がおかしいと思ったけれど――とりあえず、半泣きのギザールからジェニファを引き剥がした。


「ギザールは、私じゃなくても……ほら、こう見えてモテモテだから」


 相手は無数にいる。

 特に獣人族に、だけれど。


「ミュウルさん、それ、火に油っす」

「え……?」


 ジェニファの鋭い瞳が、キッとこちらを睨みつけた。


「とにかく、旅なんてもうさせません」


 今の低い声――本当に、ジェニファだったのだろうか。


 聞き返すより早く、温かいものが手に触れた。


「え……?」

 

 私の手を握る、ジェニファの手――震えている。


「修道院に戻れだなんて言いません。私とふたり、穏やかに暮らすのはお嫌ですか?」

「……!」


 戻って、ふたりで暮らす――優しく甘い響きに、目の前が真っ暗になった。


「でも、それは……」


 ジェニファは良いかもしれない。

 でも、私にはその光景が思い浮かばない。


 それに、今やり遂げたいことはどうなるのか――?


 “灰色の窓”が、頭に浮かぶ。

 まだ、私の中から消えてくれない。


「……ジェニファ。前に壁の外へ出たいって話、したでしょ? でも今は……」


 少し乱れた息を吸い直し、ジェニファをまっすぐ見つめた。


「私はもう、自分だけの思いで進んでるわけじゃないから」

「……っ」


 この歩みは止められない。

 そう、はっきり言葉にすると――赤い唇を歪ませ、ジェニファは私の手を掴む手に力を込めた。


「いいえ、どうしても帰っていただきます!」


 悲痛の声が、しんとした食卓に響いた。


「ジェニファ……」

『彼女の雇い主として、私からもよろしいですか?』


 耳元の低音に、背筋を弾かれた。


 オーリウスも、ジェニファを説得してくれるのだろうか――張り詰めていた気が、少し緩んだのだが。


「ミュウル様に装飾品を贈る男性の言葉なんて、信用できません! しかも耳と足首に」

『なっ……』


 オーリウスの声が消えてしまった。


『それらは測量のために必要な魔導具で――』

「まぁ、一見アクセサリーっすからねぇ」

 

 ギザールは苦笑いをしつつ、諦めて食事を再開している。


「……ジェニファ」


 オーリウスと言い合う間も、ずっと離れようとしない手。まだ震えている。


「旅はさせない」という彼女の主張は、ただの嫉妬でも、ワガママでもない気がした。


 まるで、私が消えることを恐れているような――。


『みんな、大変だよ〜』


 少しも急いでいないフィレフィレの声に、思考が打ち切られた。

 それでも彼は、砂マスクを外し、息を整えている。


『砂嵐が来たんだ!』


 その瞬間。

 私の手を握るジェニファの指が、ぎゅっと強く食い込んだ。

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