28話 薬師のジェラシー
「世紀の大発見っす!」
目をギラつかせたギザールに引っ張られてやってきたのは、透明な袋の部屋――フィレフィレの研究所だった。
『ようこそ、ミュウル、ジェニファ』
「なんか……」
現代的な装置がいっぱいだ――と、言いそうになった口を塞いだ。
前の私としての言葉は抑えなければ。
「この“機械”とかいう箱、すごいんっすよ! それだけじゃなくて、この家自体が……」
彼らの住むピラミッドには、“超高度文明”の跡がある。
ギザールの言葉に、思わず肩が揺れた。
「えっ、じゃあ……」
「この人たちの砂マスクは、魔法じゃ作れません。どっちかっていうと魔導に近い、失われた文明の遺産っす!」
どうやら、この世界のピラミッドにも“謎”が隠されているらしい。
「失われた文明……」
背後のジェニファが囁いた。
それにしても――彼ら魚人族自体も、ピラミッドと同じくらい謎だ。
「フィレフィレたちは、ここで何を研究してるの?」
語りが止まらないギザールの合間を狙い、問いかけると。こちらを見守っていたフィレフィレは、『知りたいことばかりなんだ』と呟いた。
『この技術を残したぼくたちの先祖は、どうして滅んじゃったのか。ぼくたちは、どうして君たちと形が違うのか』
「形が違う……」
自分たちのルーツを探すための研究。
生涯をかける価値のある研究だと、フィレフィレはヒレをうねらせた。
『そのためのお金、東の観光客からもらってる』
「それ、あの砂漠タクシー?」
『うん。研究はお金にならないからね、副業だよ』
「そうなんだ……」
タクシーの利用者は、そんな理由で彼らがお金を稼いでいるなど思いもしないだろう。
「えっ、待ってください! 東の都市ってことは、そこに人間の町があるってことっすか?」
「あっ」
見落としていた。
さすがはギザールだ。
「どんな形の人がいるんっすか?」
『キミらと同じ、ヒレのない種族さ』
「……!」
全身がぶるっと震えた。
やっぱり、修道国以外にも人間はいるのだ――世界にはまだまだ知らない種族や町が広がっている。
「でも……」
行き来できるということは、東西を遮る壁がないのだろうか――?
ふと沸いた疑問を、今は飲み込んだ。
ギザールの質問攻めに、フィレフィレがゆったりと答えている。
「自分たちのルーツなんて知って、どうするんでしょうね」
「え……?」
冷めた呟きに、ふたりの声が止んだ。
黙り続けていたジェニファの顔――見たことのないほど、暗い影が降りている。
「ジェニファ?」
やっぱり、長旅で疲れている――だけではないのだろうか。
「ジェニファ、なんだか――」
『そろそろ夕ご飯にしようか。キミたち哺乳系人族が食べられるものもあるよ』
私に言いたいことはないのか。
そう口にしようとしたら、なぜかフィレフィレに遮られた。
「……ご飯、いただきます」
フィレフィレ家の食卓に並んでいたのは、彩り豊かな米料理。
一体どこから手に入れたのか、野菜と魚介がたっぷり乗った、パエリアに近いものだった。
「うん、おいしい。ね、ジェニファ」
「……はい」
香草の良い匂がするのに、空気が重い。
スプーンが止まっているジェニファに、次はどんな言葉をかけてみようか――口を動かしながら、考えていると。
「改めて、オレはギザールっていいます」
ずっとジェニファをチラ見していただけのギザールが、とうとう動いた。
そういえば、ちゃんと紹介していなかった気がする。
「……ジェニファと申します」
妙に大人しいけれど――とりあえず返事をしたジェニファに、ほっとした。
でも、何だろう。
ジェニファは正面のギザールを睨むように、じっと観察している。
「ふぅん」
「な、なんっすか?」
「あなたは、ミュウル様をどう思っていらっしゃるのですか?」
「……へっ?」
少し顔を赤くしたギザールに、ジェニファはさらに詰め寄った。
何だか、こちらまで緊張する――。
隣のギザールは、私を横目で見つつ、ジェニファに向き直った。
「そりゃ、大事っすよ。一緒に旅したいって思った、最初の仲間っすから」
「ギザール……」
いつでも彼は、私に温かい言葉と想いをくれる。
『アンタならいけるかもしれないっす!』
最初に、壁へヒビを入れた時のことを思い出していると――。
「……本当に、“仲間”として?」
「えっ? うわぁ!」
突然立ち上がったジェニファは、ギザールの胸ぐらを掴見上げた。
「男女2人旅だなんて、下心ゼロと言い切れるのですか? さぁ、私の目を見てくださいませ!」
「ううっ……ミュウルさん、この人怖いっす!」
おっとりと笑う、私の中のジェニファ像が崩れていく。
外に出てから、なんだか様子がおかしいと思ったけれど――とりあえず、半泣きのギザールからジェニファを引き剥がした。
「ギザールは、私じゃなくても……ほら、こう見えてモテモテだから」
相手は無数にいる。
特に獣人族に、だけれど。
「ミュウルさん、それ、火に油っす」
「え……?」
ジェニファの鋭い瞳が、キッとこちらを睨みつけた。
「とにかく、旅なんてもうさせません」
今の低い声――本当に、ジェニファだったのだろうか。
聞き返すより早く、温かいものが手に触れた。
「え……?」
私の手を握る、ジェニファの手――震えている。
「修道院に戻れだなんて言いません。私とふたり、穏やかに暮らすのはお嫌ですか?」
「……!」
戻って、ふたりで暮らす――優しく甘い響きに、目の前が真っ暗になった。
「でも、それは……」
ジェニファは良いかもしれない。
でも、私にはその光景が思い浮かばない。
それに、今やり遂げたいことはどうなるのか――?
“灰色の窓”が、頭に浮かぶ。
まだ、私の中から消えてくれない。
「……ジェニファ。前に壁の外へ出たいって話、したでしょ? でも今は……」
少し乱れた息を吸い直し、ジェニファをまっすぐ見つめた。
「私はもう、自分だけの思いで進んでるわけじゃないから」
「……っ」
この歩みは止められない。
そう、はっきり言葉にすると――赤い唇を歪ませ、ジェニファは私の手を掴む手に力を込めた。
「いいえ、どうしても帰っていただきます!」
悲痛の声が、しんとした食卓に響いた。
「ジェニファ……」
『彼女の雇い主として、私からもよろしいですか?』
耳元の低音に、背筋を弾かれた。
オーリウスも、ジェニファを説得してくれるのだろうか――張り詰めていた気が、少し緩んだのだが。
「ミュウル様に装飾品を贈る男性の言葉なんて、信用できません! しかも耳と足首に」
『なっ……』
オーリウスの声が消えてしまった。
『それらは測量のために必要な魔導具で――』
「まぁ、一見アクセサリーっすからねぇ」
ギザールは苦笑いをしつつ、諦めて食事を再開している。
「……ジェニファ」
オーリウスと言い合う間も、ずっと離れようとしない手。まだ震えている。
「旅はさせない」という彼女の主張は、ただの嫉妬でも、ワガママでもない気がした。
まるで、私が消えることを恐れているような――。
『みんな、大変だよ〜』
少しも急いでいないフィレフィレの声に、思考が打ち切られた。
それでも彼は、砂マスクを外し、息を整えている。
『砂嵐が来たんだ!』
その瞬間。
私の手を握るジェニファの指が、ぎゅっと強く食い込んだ。




