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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
3章 砂を泳ぐ賢魚 ―カル=ナバル―
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25話 鳥籠の追跡者

「さぁ、一緒に籠の中へ帰るんだ」


「ようやく追いついた」と、ローブを翻し歩み寄ってくる男。

 勇者の息子エリアスから、目が逸らせない。


「どうして、ここが……」

「彼女のおかげさ」


 エリアスの背後で揺れたのは、金のゆるふわ髪におっとりした瞳――。


「……ジェニファ?」

「ミュウル様!」


「ようやく追いついた」、と今度はジェニファが駆け寄ってきた。


 強く抱きしめられても、まだ信じられない。

 エリアスが、それにジェニファが、ここにいるなんて。


「手紙のおかげで、ここまで来られました〜」

「あっ……もしかして!」


 ギザールの声まで、今は遠くに聞こえる。


「ミュウルさんがお守りにしてた手紙、追跡魔法がついてたっすよね……?」

「え……?」


 その形跡を追って、ここまできたのでは――ギザールの指摘に、エリアスは微笑んだ。


「奇遇なことに、彼女も君を追っていたからね」


 だから協力した。


 そう言って視線を合わせるふたりに、肩が震えた。


「どうして……?」


 胸に顔を埋めているジェニファは、何も言わない。ただ、離れることもない。

 少し痛いほどの力で、くっついたままだ。


「国外追放の上に無許可での国外渡航なんて……君に残された道は、僕と結婚するか、処刑されるかだけだね」

「……!」


 この人は――どんな手を使ってでも、私を連れ戻そうというのか。


 ジェニファの肩を抱く手が、勝手に震える。

 すると、私の腰に回る彼女の腕も強くなった。


「ジェニファ……」

「……ごめんなさい、ミュウル様」


 彼女は私に追いつくため、エリアスを利用したというのか。


 まさか、ここまでするなんて――。


「裏切ったの?」と言いそうになった唇を、必死に噛み締めていると。


「なんてね!」

「え……?」


 私たちを眺めるエリアスは、「処刑は冗談だよ」と軽やかに笑った。


「ただ、無許可渡航はウチだと犯罪だからね。君はやっぱり連れ戻さなきゃだけど」


 今回はちょっと無理言って、選抜隊に同行した――エリアスが振り返った先では、他の選抜隊員たちが硬い笑みを浮かべていた。


『公式の選抜隊が、非公式隊と同じ南へ向かった』――遺跡で聞いた、オーリウスの言葉がこだまする。


「ほら、帰ろうよ」


 鳥籠の中へ。


 そう言って差し伸べられた手を、きっと睨みつけた。


「私、絶対に帰らない」

「ふぅん。じゃあ、僕と勝負でもする?」

「っ……!」


 透明な魔力の波が、頬を打つ。

 エリアスの魔力の圧に、身体が震える。


「ミュウルさん……!」

「……ギザール、大丈夫、だから」


 オーリウスが怒った時ほど息苦しくはない。

 でも、今の私より彼の方が強い――それだけは分かる。


 今にもエリアスへ飛びかかりそうなギザールに、無理やり微笑んで見せたところ。


「ミュウル様」


 ジェニファの囁きが、耳をくすぐった。


「息を止めてくださいませ」

「え……?」


 琥珀色の瞳が強く光った、その時。

 視界いっぱいに、白い煙が広がった。


「わっ……!」

「ミュウル様、こちらへ」


 エリアスたちが咳き込む中、温かい手に導かれた。


 これは、“めくらまし”か――。


「ジェニファ、待って」


 彼を置いてはいけない。

 煙の中、うっすら見える謎の骨ネックレスを引っ張った。


「グエッ!」

「ごめんギザール、ちょっと我慢してて」

「まーたオレ荷物っすか!?」


 暴れるギザールを右肩へ、砂漠の海へ走るジェニファを左肩へ乗せ、強く地面を蹴った。


 2人を抱えての全力疾走は余裕。

 でも、砂が足にまとわりついて、いつもより速度が出ない。


「僕と追いかけっこでもするの? ミュウル」

「……!」


 エリアスは柔らかい光の衣をまとい、周囲の煙を消していた。

 あっという間に追いついてきそうだ――。


「チッ。あのヒトデナシ、しつこいですねぇ」

「ジェニファ……?」


 なんだか口調がいつもと違うけれど、今はそれどころではない。

 砂に足を取られ、やっぱりうまく進めないのだ。


「くっ……」


 まとわりつく砂を蹴り、青空と砂以外何もない地平線を見据えたところで。


「本当にごめんなさい、ミュウル様」

「え……?」

「あの人を利用してでも、どうしてもまたお会いしたくて……」


 私の首に顔を埋めたまま、ジェニファは声を震わせた。


「……そっか」


 私に会いたい。


 その思いだけで、彼女は国の境界を超えてきた――私はジェニファの思いを否定できない。


「いけない子だ。飛べる翼もないくせに、危険な外へ飛び出したのだから」

「……!?」


 いつの間にか、エリアスの声が近くなっていた。


 さっきのと同じ光の衣を足にまとい、彼は滑るようにこちらへ迫ってくる。

 砂の中でもがく私を笑いながら。


「ほら、おいで」

「……!」


 また、あの手。


 あれに宿る冷たい温度には、もう二度と触れたくない――。


「来ないで!」


 半ば、本気の力で手を弾くと。


「ははっ……あはは! 君といると飽きないよ! “痛い”ってどういうことか、教えてくれるんだからね」


 赤く腫れた手を、エリアスは誇らしげに掲げた。


(やっぱり、この人だけは理解できない……)


 こちらを見下ろす瞳に、背筋がゾクっと震える。


「ミュウル様、ごめんなさい……まさか追いつかれるなんて!」


 肩の上のジェニファが、私の首にしがみついた。

 身体が震えている。


「ジェニファ……」


 守らなければ。


 ジェニファとギザール、そして――。


 世界に足跡を残す、いまの私を。


「おや、追いかけっこはもう終わり?」


 息を深く吸い、いつも私を見下ろす彼、エリアスに向き直った。


 砂に足を埋め、肩の上の2人を下ろす。


「ミュウルさん、いったい何を……」

「追ってくるなら、ぶん殴るだけ」

「はぁっ!?」


 “灰色の窓”が、目の前の男と重なる。

「またどこへも行けない」と言いながら、こちらへ迫る彼に。


「そっか。君には優しくしたかったんだけど……言うこと聞かないなら、仕方ないよね」


 彼の足元から伸びるのは、光の矢。

 鋭く澄んだそれらは、一斉に私を囲みはじめた。


 空気の震えから、聖力の圧倒的差を感じる――。


「3秒だけあげようか。僕の手を取って国へ帰るか、串刺しにされて国へ帰るか……選ばせてあげるよ」


 懲りもせずに差し出される手。


「3」


 悪意のないように見える笑顔。


「2」


 それを今度は、吹き飛ばす勢いで――。


「1」


 腕を振り上げた、瞬間。


 足元の砂が震えた。


「え……?」


 どういうわけか、この辺の砂が揺れている。

 何か硬いものが、足の下を泳いでいるような――。


『手がいらないなら、ヒレを貸そうか?』


 くぐもった声が響いた。


 いまの声――間違いない、砂の中からだ。

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