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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
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24話 託された牙

 トンタンと、太鼓の音が鳴る。


 それに合わせて、元通りになった村の子どもたちが、焚き火の周りで“あの踊り”を披露していた。


「……なんか、心配になるな」


 また、あのまま遺跡へ誘われてしまうのではないか――胸を騒がせながら、杯を傾けていると。


「ン、追加の肉ダ。果物も食うカ?」

「……ザラ、ありがとう」


 子どもたちを救えたのは、ほとんどザラのおかげだというのに。

 私たちのためにまで、村を挙げての宴会を開いてもらうのは、ちょっと申し訳ない。


「でも……」


 ご馳走を食べろと言われれば、断る理由はない。


「オマエ、良い食いっぷりだな。これまで遠慮してたのカ?」

「うん、居候みたいな立場だったし」


 今は英雄として、遠慮なくもてなされている――そう言うと。

 ザラが伝えたのか、村の人たちがご馳走を抱えてやってきた。


「あれ、そういえば……」


 女性や子どもがじゃれついていた、ギザールの姿が見当たらない。


「ヤツならババのところダ」

「えっ、おばあちゃんの……?」


 ザラの祖母が住む、村の奥の小屋へ向かうと。


「デチトノコハベカ――」


 私には理解不能の言葉で、ギザールとザラの祖母が話をしていた。


 歳の離れた相手と対等、いや、それ以上に渡り合っている気がする。


「そっか……」


 この人は私と違う。

 この場所に足跡を残すのではなく、持ち帰ろうとしているみたいだ――。


「あっ、ミュウルさん!」


 さっきまでの集中が嘘のように、ギザールはパッと顔を輝かせた。


「何の話をしてたの?」

「魂送りについて、もっと詳しく聞いてたっす」


 “魂送り”は、人間の糧となった獣の魂を、神の世界へ送る儀式。


 こことは違う、豪雪地帯でも似た文化があると文献で読んだ――そんな話を祖母にしたという。


「違う土地の部族が同じ信仰を持ってるなんて……何でか知りたくなりません!?」

「うん。ギザールはそうなんだね」


 正直、儀式や文化は、今どうでも良い。


 元の姿を取り戻した子どもたちを見ているだけで、「ライガ・マナ」での記憶が、私の中にしっかりと染みていく感じがした。


「あっ、大事なことを忘れるところだったっす!」


 ギザールがカバンから取り出したのは――かすかに魔力を帯びた、青緑がかった透明の丸石だった。


 それを握ったまま、彼はザラの祖母に向き直る。


「最初にお話しした通り、オレらは世界地図を作る旅をしてます」


 私たちの後にも、何度も選抜隊が旅立つはず。

 そのために、ここを周辺調査の拠点にさせてほしい――ギザールが石を差し出すと、祖母は尖った耳をぴくりと動かした。


()()()()を使う土地の人間ガ、これからも来るのカ?」

「もちろん国の偉い人が、“相応のお礼を用意する”と言ってるっす」


 いつの間に、オーリウスとそんな段取りを組んでいたのだろう。


 ギザールが真剣な眼差しで石を差し出すと、やがて祖母は手を伸ばした。


「これは……“魔の割符(マギ・タンザ)”カ?」

「契約の魔導具っす。オレらのお願いに納得して、要望をくれるなら、手を重ねてください」

「……」


 無言のまま。彼女がギザールの手に、赤い毛の生えた手を重ねると。


「あっ……!」


 彼らの手の中で、石が真っ二つに割れた。


「また、見に来イ。ライガ・マナの未来を守っタ、お前たちふたりデ……」


 私とギザールが、またこの地を訪れること。


 祖母は私たちをまっすぐ見据えたまま、「戻って来イ」と言い放った。


「お前たち以外の人間を受け入れるかハ、その時の長が決めることダ」


 私がザラに受け入れられたように――祖母の言葉に、胸がじわりと熱くなった。


「ライガ・マナの未来……またいつか、見に来ようね」

「ええ! 次は迷わず来られるっすね」


 オーリウスの執務室にある白紙の地図には、もうこの村の「点」がしっかりと記されたはずだ。

 いつでも、またここに戻って来られる。


「……でも、そろそろ行かないとかな」


 ザラのいるこの村を、正直離れがたい。

 まだ、儀式を終えた彼女がどうなるか分からないのだから。

 それでも、「そろそろ次へ向かうつもりだ」と、ザラの祖母へ話せば。


「分かっタ。お前たちに、できる限りの感謝ヲ」


 孫娘が、ついに巫女を継ぐ決心をした――祖母は、今回の事件をそう捉えたらしい。


「でも、ザラは……」

「ミュウル」


 声を振り返ると、小屋の入り口にザラが立っていた。

 無言で手招きするザラに続き、やって来たのは――あの秘密基地。


「ン、オマエにやル」


 差し出されたのは、赤い編み紐を通した、歯のようなものだった。


「誰のなに……?」

「こレ、いま抜いたオレの牙」

「えっ!」


 どうせ一年で新しく生え変わると、ザラは言うが――。


「こいつも、オマエの旅に連れてってくれないカ?」


 たとえ平原の壁が壊れたとしても、ザラはここを出ない。

 彼女は、はっきりと言った。


「ザラ……」

「オマエと出会って分かったんダ。たダ、外を見たいだけじゃダメなんだっテ」


 私には、この世界の地すべてを踏む目的がある。

 その意志の強さは拳に表れていた――と。


 まっすぐな言葉に、胸が熱くなった。


「……そっか」


 ザラは私の手を取り、自分の牙を握らせた。


 ずっしりと重い。


「それニ……」

「それに?」


 ザラはこちらに背を向け、耳を伏せた。

 そのまま、秘密基地の外を眺めている。


 彼女は、走り回る子どもたち――それを見守るザナドの横顔を見ていた。


「……オレを必要としてくれるヤツらがいるって、当たり前のことじゃないんダ」


 だから、巫女を継ぐ。


 ザラは耳を伏せたまま、言い切った。


「……そうだね」


 牙の首飾りをかけ、ザラの後に続いて飛び降りた。


 もう、行かないと――。


「壁の方まで送る」と言う村のみんなを説得して、途中までにしてもらった。

 二度も壁に飛ばされ帰還したのだから、道はちゃんと覚えている。


「ちょっと、こんなに持てないっすよ!」


 ギザールは、大量の骨アクセサリーを女性たちから押し付けられていた。

 子どもたちも、ギザールの腕を甘噛みしている。


「『戻ってきたら夫になれ』……って! オレは世界中を旅する身っすから」

「ギザール、やっぱりここにいた方が良いんじゃない?」

「冗談じゃないっす!」


 ライガ・マナの人たちは本当に賑やかで、離れがたい――でも、ザラの姿はなかった。


「ん、ザラさんっすか?」


 ギザールがザナドに尋ねると。

「彼女は別れが嫌いだ」と、ザナドは優しく微笑んだ。


「『ザラに何か伝えますか?』」

「……ううん、いいよ」


 胸元で揺れる牙を手の中に握り、前を向いた。


「行こう、ギザール」


 まだ、女性たちに囲まれているギザールを振り返ると。


「ちょっと、ほんと、待ってください! ミュウルさ〜ん!」

「……?」


 ギザールの嘆きに混じって、遠くから唄が聞こえる気がした。


 低くうなるような、力強い、彼女の唄が。


「……またね、ザラ」


 いつか彼女が決心した時、外の世界へ向かえるように。

 私は、あの壁をぶん殴る――。




 ためしに壁を殴ってみたら、皮膚の焼ける音がした。


「うわっ、熱っ!」


 たしかオーリウスが、壁は土地の穢れを吸っていると言っていた。


 あの巨大な穢れ獣を生むほどに、この壁は穢れているのだろうか。


(そもそも、穢れ獣って何なんだろう……?)


「ミュウルさ〜ん!」


 ようやく別れが済んだのか、ギザールが走り寄ってきた。


「その障壁。かなりデカいけどいけますか?」

「もちろん、ギザール。狩り飯いっぱいご馳走になったから」


 拳へ聖力を集中させれば、“信じる力”をくれた人たちの声が浮かぶ。


『きっとミュウル様を探しに参りますっ!』


 ――私を大切に思ってくれる、ジェニファ。


『奴らより先に世界地図を完成させろ』


 ――ここまで送り出してくれた、オーリウス。


 その声を掻き消すように重なるのは。


『聖女はどこへ行っても籠の鳥だ』


 ――私を追放した、勇者の息子。


 でも、もう彼の声は霞んでいる。

 まだ遠くで鳴るあの唄が、私の拳に力をくれるから。


「この先にある景色を、後から来る誰かに残せるなら」


 骨が軋むほど力を込め、拳を握った直後。


 キン――と、世界が歪む音が響いた。


 振り抜いた腕は、壁の向こう側へと突き抜けている。


「あ……」


 草原の湿った空気に、焦げた匂いが混ざる。

 壁の向こうに広がるのは――果てのない砂漠の海。


「さっすが、“ゴリラ聖女”の名はダテじゃないっすね!」

「……ウホウホ」


 そうだ。今の私の身体なら、どこまででも行ける。


「私はもう、籠の鳥じゃない」


 降り注ぐカケラの先を見据え、ギザールの手を握った。


「行こうギザール。まだ、世界は白紙のままだから――」

「聖女ミュウル!」


 ゾクっとするような声に、肩が震えた。


 この声――まさか、そんなはずはない。


「ミュウルさん……あの人……見間違いっすよね?」


 ギザールの声が揺れている。


 何度も私の名を呼ぶ、圧のこもった声を振り返ると――そこには、見覚えのある顔が並んでいた。


 たしか、あれは正規の選抜隊メンバー。


 でも、その中心で微笑んでいるのは――。


「…………エリアス?」

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