23話 聖女と巫女の協奏
深淵の縁に立つ。
今度は、大切なものを取り返すために。
「行くゾ」
「うん!」
ザラと手を繋ぎ、風を吸う遺跡の中へ飛び込んだ、瞬間。
『巫女、待ッテイタ……』
「……!」
あの獣の声が、頭の中で響いた。
ザラにも聞こえたのか、繋いだ指の力が強くなる。
「……ザラ」
「……」
ずっと拒んでいた“巫女の役目”――緊張しているのだろうか。
やがて。
空気が変わり、足元に明かりが見えてきた。
また、あの薄暗い部屋に出るのだろうか――。
「……か……だれか……!」
「え……?」
穴を出た途端、目が合ったのは――逆さ吊りの男性。
「ミュウルさん!?」
「……っ!」
悲痛の呼び声に、腕がとっさに伸びた。
天井からぶら下がっている彼を、しっかりと抱えて着地する。
「あぁ、やっぱ来てくれたんっすねぇっ!」
「ギザール、どうしてここに?」
「それが……」
穢れ獣のいる奥の間から、命からがら逃げ出してきたという。
「ううっ……頭に血が昇ってグラグラ……でも、信じてたっす~!」
泣きそうになりながら、ギザールは私に縋りついてきた。
「……っ、通訳さんがいなくなったら困るから」
運ぶ・守る以外で近づいたことがないせいか、こんな風に胸同士をくっつけるのは落ち着かない。
「それデ。オマエはなんでまた罠にかかってたんダ?」
ザラの呆れ顔に、ギザールは「それなんっすけど……」と苦笑いを浮かべた。
前回踏んだ罠の場所で、石碑を見つけた。
だから、意図的にまた飛び込んだという。
「そんな危ないことを……」
「でも、アンタたちがババ様から聞いたことは間違いないっす! この遺跡は、『送られなかった魂が待つ場所』って書いてあって」
ただ逃げ出るのではなく、石碑を解読していたなんて――。
「ギザール。正直、見直した」
「えっへん! でも、本番はこっからっすよ」
きっと穢れ獣は、数多くの魂を取り込んで強化されている。
だから人の言葉を話したり、一瞬で復活したりしたのだろう――ギザールの考察に頷いた。
「それじゃあ、強化を解く方法は……」
「オレが踊れば良いんだナ」
ザラが“魂送りの儀”をすることで、穢れ獣の強化を解く。
その直後、私が影を祓う。
それができれば、獣化している子どもたちも元に戻るはず――ギザールの予想を、今は信じるしかない。
ゆっくりと息を吐くザラに、「私、歌だけでも担当する?」と尋ねたところ。
「ハハッ! オマエ、歌知らないだロ」
少しだけ、ザラの頬が緩んだ。
でも、ギザールの言う通り、「本番はここから」だ。
トンタンと太鼓の鳴る、奥の道を見据えた。
敵の「楽しい」にのってはいけない。
私はザラの“魂送り”を見届け、そして――あの影をぶん殴らなければ。
「ううっ……なんかあの影、パワー増してません?」
ギザールの言う通り。大洞窟の穢れ獣の踊りは、地面を揺らすほどに激しくなっていた。
「オレはここらで退散しますんで!」
「うん、端っこから全体見てて」
魂を腹に詰めた巨大影は、また寝転んでいる。
そして、獣化した子どもたちは、相変わらず影たちと一緒に踊り奏でていた。
『巫女……ザラ……救ワレル』
繰り返される「救い」の言葉に、ザラと頷き合った。
穢れ獣、もとい取り込まれた魂が求めていたのは、やっぱり“魂送りの儀”なのだ。
「ザラ」
「……アア」
深呼吸の直後。
ザラはうなり声を上げ、頭を低く下げた。
「……っ」
空気がズンと重くなった、瞬間――ザラの鋭いつま先が、天井を指し、回転するように地面へ落ちた。
あの踊りが始まったのだ。
でも――。
「あっ……」
すぐに軸足が崩れてしまった。
「ザラ……」
「クッ……情けないナ。踊るのは久々なんダ」
あれほど頑なに、「踊らない」と言っていたのだ。
それでも覚えていたのは、ザラが決して巫女の踊りを軽んじていたからではないのだろう。
「これなら、オマエの方がよっぽどウマく踊れて――」
「ザラ」
耳と尻尾が降りていくザラに近づき、揺れる瞳を見つめた。
「巫女だから踊ってるんじゃない。でしょ?」
ザラが子どもたちを取り戻したいから、踊っているのではないか。
そう、まっすぐに問いかければ。
「……アア。そうだったナ」
ザラは、地鳴りを響かせる獣を見据えた。
もう迷わない――そう確信した彼女の踊りは、別人だった。
獣の力強さに負けない足運びと、高い跳躍。
吼えるような歌と踊りに、思わず目を奪われる。
やがて、ザラの踊りを見ていた巨大獣が、足を止めた。
影の輪郭が、少し震えている。
『ンベ――』
「わっ……!」
影が、光の玉をいくつも吐き出した。
それらは蛍のように飛び交いながら、『ザラ』『巫女』と声を響かせている。
「あれは……」
「この声……ンサアカ……?」
「え……?」
今、ザラはなんと言ったのか――。
「ミュウルさん、今っす!」
取り込まれていた魂が、穢れ獣と離れた。
遠くから響くギザールの声に、拳を高く掲げて応えた。
「ギザールも、力を貸して!」
「それってどういう……ああ、アイアイっす。ミュウルさん、“影なんてぶん殴っちゃってください”!」
ギザールの声援――信じる人の温度に、身体の芯が熱くなる。
敵わなかった相手ともう一度向き合っても、怖くない。
一緒に旅をするギザールと、私の心の中にいる彼らが力をくれるから――。
懐にあるジェニファの手紙。
耳元の、オーリウスの耳飾り。
そして。
「ザラ……」
この平原で出会った、最高の相棒。
鳴り響く音楽ではなく、彼女の歌だけに耳を傾ける。
あふれるザラの聖力。それと、自分の聖力が溶け合ったような感覚を連れて――地面を強く蹴った。
熱い光を帯びた拳を引き、そして――。
影の腹へ振り抜く。
「ふっ……!」
拳どころか、全身が軋む。
冷たく眩い魂の悲鳴に、頭が割れそうになる。
それでも。
これは私が、この土地に撃つ最初の点だ――!
「……届けっ……!」
感覚が無くなるような圧の中へ、限界まで拳を押し込んだ、その時。
「……っ!」
拳から血が噴き出ると同時に、抵抗感が消えた。
そして、ピキッ――と、影の崩れる音が鳴ったのだ。
「……っ!?」
音楽が止まった。
子どもたちの吼えるような歌声も。
そして何より、影は再生していない。
サラサラと、霧のように崩れていく――そうして最後、人型のような黒い残像を残し、完全に消えていった。
「今のは……」
「ミュウル……やったのカ?」
踊りをやめたザラは、黒いカケラが降り注ぐ天井を見上げていた。
「うん……壁を壊した時と同じだ」
「ミュウルさん、やったっすね!」
「あっ……!」
ギザールが引き連れてきたのは、獣になっていた子どもたち。
キョトンとしているが、みんな元の姿に戻っている。
「良かった……本当に」
息を切らしながら駆けてくるギザールと、パチンと手を打ち鳴らした。
「ザラも」
放心しているザラの方を、もう一度向くと。
「あ……」
ザラは、静かに涙を流していた。
「ナンミ……」と呟きながら。
ザラは感じているのかもしれない。
何度も自分を呼んでいたのが、誰だったのか。
「ザラの踊り、みんなに届いたね」
「ザラ」「シビ」――と、子どもたちに囲まれるザラへ、手を差し出せば。
「……アア」
温かくて柔らかい手が、私の手を強く握った。




