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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
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21話 聖女、初の敗北。

 息を吸い、拳を握った。


 この先に何が待ち受けていようと――ただ、ぶん殴るだけだ。


「ザラ……」

「あア」


 互いに頷き合い、薄暗い奥へ踏み出した。


「ミュウルさん、オレ、ほんとに音楽なんて聞こえないんっすけど……」

「ギザール、しっ」


 空気がさらに重くなった。


 これまでで一番広い、大空洞。

 その最奥には、獣の影がひしめいている。


「レア、ダンナ……」


 ザラの口から、素の言葉が漏れた。


 彼女と似た、ライオンのような影の獣たち。

 奴らは石造りの台座の上で、延々と踊り狂っている――私が踊ってしまったのと同じ、“魂送り”の踊りを。


「あっ、あれ! 消えたお子さんたちじゃないっすか!?」


 ギザールの声に弾かれ、影の足元を見ると。

 影の足元では、獣化した子どもたちが踊っていた。


「ホントにここにいたのカ……!」


 今すぐにでも駆け出しそうなザラの腕を、とっさに掴んだ。


「今はダメ」

「なぜダ……!」


 あのままでは、何かまずいことになる――ザラだけが察する何かがあるのか、彼女は耳まで震わせていた。


「でも、あの影はこれまでのと違う」


 牙と爪をちらつかせている、影の獣。

 ただ――実体を持つかのように、はっきりと濃い。


『オドレ……ウタエ……』

『ギャッギャッ!』


 獣は意思を持っているかのように喋っていた。

 ただ、筋は通っていない。

 いろんな人が、いっぺんに喋っているような感じだ。


「なんなんっすか……ここは」


 あの太鼓は見えていても、音は聞こえない。

 それに、私には聞こえる獣の声も、ギザールは聞こえないという。


「分からない。でも……」


 「楽しそう」と言いそうになって、口を塞いだ。

 目の前の影はおぞましいのに――やっぱり、どこからともなく響く、あの音楽のせいなのだろうか。


「ミュウル、アレ」


 ザラが指す方を見ると。

 子どもたちのさらに後ろで、小さな影たちが太鼓を奏でていた。


「あの獣たちが、音の元……?」


『巫女、ザラ……キタ』


 石の台座の奥から起き上がったのは、巨大な影。


 ずっと見えていなかった――手前で踊るアレより、さらに大きいのがいたなんて。

 腹の中には、光る玉のようなものがゴロゴロしている。


「なに……あれ」


 光を見ていると、ゾワっとする。

 見てはいけないものを見ているような――。


「さっきコイツ、巫女(シビ)って言いましたよねっ!?」

「どうして、オレなんダ……?」


 ザラがじりじりと前に進み、影に問いかけると。

 影は『踊レ』と、ザラに向かって手を伸べた。


「……いやダ」


 彼女は、進ませていた足を引いた。


「オレは……踊らなイ。誰が何と言おうト、踊らなイ……!」

「ザラ……」


『踊レ……唄エ……』


 こちらに向かって、腕の影が伸びてくる。


「……っ!」


 闇がザラに触れる、直前。

 巨大な影を、反射の拳で打ち消した。


「うわっ……重」


 これまでとは、比べ物にならない手応えだ。

 でも――。


「アレをぶん殴れば、子どもたちは解放される?」

「ミュウル……」


 動けなくなってしまったザラに笑いかけ、地面を蹴った。

 台座の上の影めがけて、全力で。


「ギザール、岩陰に隠れてて!」

「アイアイッサー!」


 息を吐き、止めた。


 他に気にかけるものがなければ、(アレ)だけに集中できる。


「ミュウル、オレも行ク!」

「ザラ……」


 並走するザラとちらっと視線を合わせ、頷き合った。


 何もしてこない巨大な影を見据え、そして、同時に飛びかかる。


「ガルルル!」


 ザラが噛みつき、離れた直後。


「……ふっ!」


 光の渦が残るところへ、拳を叩き込む。

 ひと呼吸の間に、何回も、何回も――奴の全身を砕くつもりで、撃ち込んでいく。


「ザラ、もっと私を信じて!」

「ン……? あア!」


 目に新たな光を宿したザラだったが。

 突然、「牙と爪がうずく」と言って動きを止めた。


「どうしたの!?」

「分からなイ! なんカ、ダンヘガダラカ――」


 彼女の爪と牙に、白い光が灯っている。


「あ……」


 光魔法と同じ反応――あれは、間違いない。

 聖力(キュア)だ。


「ザラ……」


 小型の影を、さらに小さくしてしまうような、眩い光。

 それをザラは自分の胸に当て、瞼を閉じた。


「これハ……そうカ。誰かヲ、オマエを信じたかラ」

「……っ」


 肌がピリッと焦げる感触がした。


 ザラの燃えるような瞳に、白い光が宿った、瞬間。


「……っ!」


 ザラの身体が、巨大影の頭より高く飛び上がった。


「ミュウル、もっとダ! もっと速ク、オレについてこイ!」

「……うん!」


 呼吸をしていたら、到底追いつかない。

 影のすべてを噛み千切るようにして移動するザラの後を、必死に追いかけた。


「はぁ……たの、しいっ」


 鳴り止まない音楽の中、全身がムズムズする。


 知らなかった――私の全力、こんなに速かったんだ。

 それに、ぜんぶを出し切っても追いつかない相手が、いま一緒に戦っている。


「すごい……さっきより動きがビッタビタっす!」


 どこかで手を叩いているギザールすら、目に入らないくらい。

 今は、全身の血が騒いで仕方ない。


「クソマズい影ダ!」

「ザラ、もっと!」


 弱体(カミツキ)打撃(グーパン)、それを何十回、何百回と受けた巨大影が、ついに身体を綻ばせた。

 黒い影のカケラが、パラパラと頬に落ちてくる。


『ギ、ギィィィ――!』


「よしっ、いける」


 音楽が激しくなっていくにつれて、身体もノッてくる。

 操るような踊りに身を任せれば、どんどん力がみなぎってくる。


 でも、変だ。

 止まろうと思っても、止まれない。


 それにもうひとつ、気になるのが――。


「ララ……ラララ……」


 ザラが歌っている。

 あんなに嫌そうだったのに。


 身体だって、踊るのを我慢するかのようにこわばっていた。


「ザラ……?」


 ふたりの間に響き合う高揚感が、少し怖くなった瞬間。


 影の崩壊が止まった。

 そして、地鳴りのような音を響かせ、踊り出せば――奴の身体は、すっかり元通りになっていた。


「……っ!?」

「なぜダ……!」


 もう、何度も撃ち込んだ。

 それなのに――。


『巫女、踊レ、唄エ、サスレバ――救ワレル』

 

「え……?」


 頭が真っ白になる中。

 獣化した子どもたちが、力強く太鼓を叩いている姿が目に入った。


 とても楽しそうだ。


「楽しい……でも、なんか……」


 もしかして、この音楽が――。


「ミュウル、危なイ!」


 呼び声に肩を揺らした、その直後。


 バグッ――と、奇妙な音が響いた。

 振り返った先で、影の尻尾が口を開けていた。


「……っ」


 だめだ。

 もう逃げられない。


 覚悟して、目を閉じた――。


 真っ暗な中。

 水の中で聞くような、こもった音が響いている。


 * * *


「…………あ」


 声が出る。

 そう気づいた、瞬間。


「うっ……」


 全身が、動けないほどの(だる)さに襲われた。


 目の前には青空。それに、半透明の壁――。

 また、壁の前に吐き出されたらしい。


「ザラは……」


 言いかけて、手のひらの何かに気づいた。

 鋭い爪先が乗っている。


 隣に転がっているのは、目を閉じたザラだ。


「ザラ……!」

「ん……」


 気絶しているだけみたいだ。


「ザラ、ごめん」


 また、子どもたちを助けられなかった。

 

 あの音楽を「楽しい」なんて思った瞬間――私は負けていたのかもしれない。


「ザラ、私……」


 言いかけたところで、手のひらの中の指が、かすかに動いた。


「そっか」


 まだ、終わっていない。


 胸の中で唱え、ザラの指先を強く握った。


 今すぐ、あの影の待つ遺跡へ戻らなければ。


「でも……」


 頭も瞼も、ぜんぶ重い。


 とうとう起きていられなくなって――焦げた匂いの土に、身体が沈んでいった。

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