20話 魂の棲む遺跡
深淵の縁に立つ。
今度こそ、“踊る遺跡”へ侵入するために。
「行くゾ」
「……うん」
繋いだザラの手は、かすかに震えていた。
それをギュッと握り直し、今度は後ろへ、もう片方の手を差し出す。
「ギザール、どうする?」
中には何が待ち受けているのか、見当もつかない。
それでも、一緒に行くのか――。
「愚問っすねぇ」
ギザールは不敵な笑みを浮かべ、私の手を強く握った。
「この土地が安全なのか、再調査しなきゃっすから」
非公式でも、“測量士”だから。
そう言って、ギザールも穴の縁に足をかけた。
「……うん」
お互いに目を合わせ、頷きあう。
そして。
3人一緒に、暗闇の中へ足を放った。
「……っ!」
最初の時とはまるで違う、風の抵抗が身体を襲う。
でも、怖くない――何も見えない闇の中、繋いだ手の温度だけがあった。
「ザラ、ギザール……」
存在を確かめるように、呼んだところ。
返ってきたのは、低いうなり声だった。
『……キタカ』
「え……?」
今のは、間違いない。
最初に飛び込んだ時、『オマエモチガウ』と、頭に響いたあの声だ。
そう、確信した瞬間――。
「ウワァァァ!」
ギザールの叫び声とほぼ同時に、足が地面についていた。
「ここは……」
等間隔に松明の灯る、石の部屋の中。
空気が重いのに、妙に澄んでいる。
「オイ、しっかりしロ!」
耳と尻尾を立てたザラが、気絶したギザールの頬を軽く叩いていた。
指がピクピク動いている。
たぶん大丈夫だ。
それよりも。
「今度は、吐き出されなかった……?」
思った通り。ザラと一緒だと、遺跡の中へ入れた。
誰もいないのに、火が灯っているなんて――まるでザラを待っていたみたいだ。
「……ハッ、ここは!?」
「ギザール、おはよう」
頬を腫らしたギザールは、起きるなりザラの手をすり抜け、駆け出した。
「すっ……ごい! 外から見た時は、巨石が積み上がってるだけだったのに」
まさか地下に、こんなに緻密な石造りの部屋があるなんて――と、ギザールは部屋の壁に張り付き始めた。
「ギザール、今は子どもたちの捜索が先」
「分かってるっす! でも、ちょっとだけだから……ん?」
壁にある四角い突起に、ギザールが手をかけた、その瞬間。
「オイ、これなんの音ダ?」
ザラの耳がピクピクと動き始めた。
「音……?」
「聞こえない」と言いかけて、すぐに口を閉じた。
近づいてくる。
何か大きなものが。
震える息を吸い、拳を構えた――が。
「ん……?」
地鳴りのような音が響いているのに、何もこない。
思わず拳を緩めると。
「ミュウル、下ダ!」
「うわわわっ、床が上がってるみたいっす!」
上擦った声に弾かれ、身体が動いた。
「マズい……!」
とっさに2人の腕を引いた。
あとは奥に見える通路に向けて、全力疾走だ。
天井が、頭の真上まで迫っている。
「ミュウル、オレはイイ!」
「分かった」
「うわぁっ!?」
ギザールを肩に担ぎ、身体を低くした。
狭い。
でも、身体がペチャンコになる直前――。
「はぁぁぁ、危なかったっすねぇ……」
のんきな彼と一緒に、通路へ滑り込むことができた。
「あの罠、なんだったのかな……」
さすがに今回は焦った。
息を整えながら、ザラを見ると。
「さぁナ……オレはここ、初めてだかラ」
ザラは息を切らすことなく答えた。
でも、尻尾が下がって足の間をウロウロしている。
「……そっか」
今回は、たまたまギザールの不運が発動されただけ。
そう割り切り、進んでいったのだが――。
「オイ! どうしてオマエの連れは余計なものばかり触るんダ!」
弓矢、落とし穴、針山――あらゆる罠を踏み抜くギザールに、とうとうザラが叫んだ。
「いや、それがギザールの特技っていうか」
「ほんとすみませんっ! どうしても気になっちゃって……」
ただ、こんなに入り組んだ地下洞窟でも、迷子にだけはならない。
トンタンと――あの音が、私たちを誘うように鳴っているから。
「ザラ……」
「…………」
彼女の耳は、忙しなく動いている。
音を拒みたくても、拒めないというかのように。
やがて、だだっ広い洞窟に出ると。
『グルルルル……』
「あれは……!」
小さな獣の形をした、影の群れがうごめいていた。
修道院で見た影と似ている。
ただ、数が多い――それに踊っている。
「わわっ、こんな数、いくらミュウルさんでも……!」
ギザールを私の後ろへ隠す間にも、ザラは目を見開いていた。
「こいつラ、災の影カ?」
「……知ってるの?」
時々森の中をうろついていると、ザラはため息を吐いた。
「ババが言ってタ。アレは壁が生む怪物だト」
でも、噛めば動けなくできるとも。
「そういえば……」
ザラの舌に舐められた時、喉の傷が治った。
影を弱体化できる彼女の牙には、やっぱり聖力が宿っているのだろう。
だったら――。
「ザラ、一緒に戦って」
ギザールの言う通り、私ひとりでこの数をいっぺんに相手するのは無理だ。
「アア……っ、来るゾ!」
一斉に飛びかかる影を前に、拳を構えた。
「わぁぁぁっ!!」
「ギザール、私たちの間にいて!」
後ろにギザールがいるから、この場を動くことはできない。
でも――。
私は前だけ見ていればいい。
「このやロ……!」
後ろの影は、ザラの牙で痺れていく。
元気な影から仕留め、弱った影を後から殴る。
その調子で、あっという間に大群は減っていった。
残りは――。
「わっ、わっ、わぁ!」
頭を抱えて小さくなっているギザール、その背中を踏み台にして、高く飛び上がった。
「いくよ……!」
地上のザラと、視線を交わした直後。
壁を飛び移る影を、容赦なく叩き落とした。
落ちていく影に、ザラが噛み付けば――影は霧散していく。
「ハッ! 狩りの時と同じダ! オマエと一緒だト、オレの力が倍になル!」
「あ……」
ザラの言葉で気づいた。
私、いつの間にか、意識しなくても拳に聖力を宿している。
「そっか……」
連携していると、ザラの聖力と私の力が響き合うのを感じる――。
緩みかけた口元を引き締め、最後の一体に向き直った。
軋む拳を振り抜けば、影の獣は溶けていく。
「ふぅ……」
地上に降り、ザラと無言で拳を合わせた。
知らなかった。誰かに背中を預けて闘うのが、こんなに気持ち良いなんて。
「えっ、もう終わったんすか……?」
頭を上げたギザールは、しんとした広間を見て――突然、笑い出だした。
「すごいっすよ、ミュウルさん、やっぱ強いっす!」
「……それほどでもある」
息が切れたところを見せたくなくて、いっそ胸を張っていると。
耳元でザザッと音がした。
『ミュウル、ギザールさん、応答願います!』
「オーリウス?」
そういえば、遺跡の蓋が開いて以来、耳飾りの通信は途切れたままだった。
『戦闘音が聞こえましたが、大丈夫ですか?』
「うん、でも……」
なぜか、影の獣が遺跡に溜まっていた。
「これが異常の正体だったのかな?」
「いヤ」
ザラは奥を見据え、耳を動かしていた。
この先の空洞から、音楽が響いていると。
『大変なところすみませんが、重大なお知らせがあります』
「え……?」
3時間前、選抜隊が旅立った。
オーリウスの言葉に、ギザールが「げっ」と声を上げた。
「あっちはどの方角へ? やっぱり、“勇者旅立ちの地”から西っすか?」
『それが……』
私たち、非公式隊と同じ南へ向かった――。
思いもしない報告に、心臓が音を立てた。
何だか嫌な予感がする。
「どうしてわざわざ……?」
『それが、ギザールさんの補填にや、つ、が――』
また、あのノイズが走った――瞬間。
足元がガクンと揺れた。
「なに……!?」
『巫女、オマエダ』
地鳴りに混じった、うなるような低音。
やはり遺跡は、ザラを待っていたのだろうか――。
沈黙の間に、ザラへ視線を投げた。
「……」
彼女は震え、顔の毛まで立たせている。
きっと、今の声はザラにも届いていたのだろう。
それでも、見つめ合い、頷き合った。
「え、ねぇ、ほんとに行くんですか? 怪物のうなり声がしてるんすけど……?」
「ギザールも一緒に来たほうがいい」
ここにいたら守れないから。
そう言って、震えるギザールの腕を引いた。
長く不安定な地下道を、急足で降りていくと――。
近づいてきたのは、黒い影の漏れる洞窟。
その奥では、トンタンと鳴る太鼓と溶け合うように、獣たちの歌声が響いていた。




