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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
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19話 オレは自分で選びたい。

 目を閉じているのに、見られている。

 ザラの祖母と会って一秒で、彼女がただの“穏やかなおばあちゃん”ではないと分かった。


「ついに来たカ」

「『ついに来たか』……って、やっぱり! ミュウルさんが言ってた通り、ザラさんの一族は外の言葉を使えるみたいっすね」

「ギザール、静かに」


 私たちを待ちわびていたかのように、彼女は笑った。

 ザラと違って小柄だが、気軽に口を開けない圧がある。


 怒った時の大聖女様と、向き合った時みたいだ。


「客人はここヘ」


 天井から吊り下がる鍋、それを囲む木枠の縁へ腰かけると、干し肉の山を差し出された。

 それから、木の実の器に入った水も。


「真水は貴重なので、お客にしか振る舞わないらしいっすけど……」


 慣れない水は、腹を壊すかもしれない。

 ためらうギザールに対し、迷いなく水を飲み干した。


「んなっ……」

「ギザール、ここからはちゃんと訳してほしい」


 賢者しか知らない情報があるかもしれない。

 それも、日常会話では済まない話だ。


 ギザール、そして賢者にも聞こえるように言うと。


「じゃ、こっからは真面目にいきますよ。『ザラのせいで、遺跡が怒っている』」

「え……?」


 ザラの祖母は私の前に腰かけると、落ちくぼんだ目を開いた。

 ザラと同じ燃えるような瞳の中心に、白い光が灯っている。


「『孫娘が巫女の役割を放棄しているから、災いが起こったのだ』」

「それって……」


 ザラが役目を放棄したせいで、子どもたちが遺跡へさらわれたということか。

 祖母は「そうダ」と言って、深いため息を吐いた。


「あの遺跡は……いったい、何なんですか?」


 ライガ族にとって大切なものだということは分かる。

 ただ、あれは私の踊りに反応するように入り口を開けた――そう、話してみると。


「『あれはライガ族が近づかない、神聖なもの』」


 中には巫女だけが入れる。

 この地の魂送りを一斉に行うのだと、目の前の祖母は瞬きもせず言った。


 でも、それだと変だ。


「じゃあ、私が巫女の踊りを踊っちゃうのは……?」

「『オマエが踊ったり、入り口を開けたりした理由は分からない』」


 彼女は「本当に知らない」といった様子で、首を横に振った。


「そうなんだ……」

「ミュウルさん、またそんな出まかせ言ってるんすか?」

「あっ、まだ信じてないの?」


 ギザールにはあの音が聞こえないのだから、仕方ないのだが。

 私が見ている目の前で、岩が浮いたのは事実だ。


「はいはい、続けますよ……『ワシが目を患い、昨年から孫娘が巫女を継ぐことになった。だが孫娘は魂送りをしなかった』」


 やはり彼女は、「子どもたちがさらわれたのは、きっとそのせいだ」と繰り返した。

 遺跡が、孫娘(ザラ)を呼ぶためにさらったのだと。


「それは……」


 本当にそうなのか。


 ザラはたしか、「迷信だ」と一蹴していたが――。


「ノモナンソ、ダンシイメ!」

「え……?」


 突然の、吼えるような声を振り返ると。

 そこには、赤髪を逆立てたザラが立っていた。


「ミュウル! そんなもノ、聞くナ……!」

「ザラ……あっ」


 彼女は鋭い眼光を最後に、こちらに背を向けた。


「ザラ……!」


 ザラの祖母が、吼える中。走り去るザラを追いかけていくと――彼女の尻尾が、木の上の秘密基地へ入っていくのが見えた。


「……ザラ、入るよ」

「オレは継がなイ」

 

 小屋の隅に丸まった彼女は、「どうしても巫女は継がない」と繰り返した。

 また、祖母の言うことは迷信だと。


 ただ――私は、すべてが迷信だとは思えない。


「ザラ。聞いて欲しいことがあるんだ」


 まず、この地に来て最初に、楽しげな音楽を聞いたこと。


「それは遺跡の中から聞こえるって、すぐに分かったんだけど……」


 ライガ族の奏でる音楽と同じだと気づいた時は、肝が冷えた。


「あと、あの踊り……」


 子どもたちが失踪する直前も、あの音楽が鳴っていた。

 そして彼らも、私と同じく、「音楽に踊らされて」いた――。


「だから、あそこにいるんじゃないかって思うんだ」

「オマエまでババと同じこと言うのカ!?」


 叫ぶような声と同時に、彼女がこちらを振り返った――瞬間。

 牙を剥き出した彼女に、押し倒されていた。


「……っ」


 荒い息が頬にかかる。

 喉元へ、鋭い爪が食い込む。


 ちょっとでも刺激すれば、このまま食べられてしまいそうだ――。


「ザラ、私……」


 ザラの意志を否定したいわけでも、賢者の言葉をそのまま信じているわけでもない。

 そう言いたくても、喉が固まって動かなかった。


 ただ。


「オレは……自分で、選びたイ!」


 ザラの強い吐息が、頬を打った瞬間。


「あ……」


 胸の奥がざわつく。

 温かい何かが、身体の中で膨らんでいく。


 そして――頭の中の“灰色の窓”が、軋んだ気がした。


「外から来た、オマエまデ……」


 眉根を寄せて、今にも泣きそうな顔。

 それを見た瞬間――。


「ザラっ……」


 手が、動いていた。


 こちらまで泣きそうになりながらも、ザラの手へ、震える手を重ねる。


「……っ」


 喉元の爪が皮膚を破っても、目を逸らさないで。


「ザラは、どうしたいの?」

「エ……?」

「伝統に縛られたくない、外を見てみたい。それは分かったよ。でもさ」


 本当は一刻も早く、子どもたちを探したいのではないか。

 そう問いかけると。


「それは……」


 尻尾が下がっていった。


 上から退いたザラは、耳を伏せてしゅんとしている。


「……傷つけて悪かっタ」

「えっ……痛っ!」


 ノコギリのような舌が、喉の傷を舐めた。

 でも、不思議なことに、流れていた血がすぐに止まってしまった。


「この反応……」


 さっき、一瞬ザラの口が光ったように見えた。

 彼女には、“回復魔法”適正――聖力(キュア)があるのだろうか。


「もしかして巫女は……」


 修道国の聖女と、同じ力を持つ者なのではないか――そんな考えが頭をよぎった、その時。


 身体を起こしたザラが、私の肩を掴んだ。


「オマエの言う通りダ。子どもは村の未来……オレのワガママで、失えるものではなイ」

「ザラ……」


 ずっと逸らされていた目が、ようやくこちらを向いた。

 肩に食い込む爪が痛くても、つい頬が緩んでしまう。


「ねぇ、一緒に遺跡へ行ってみない?」

「……遺跡へ、だト?」

「うん。あそこには、もしかしたらザラしか入れないのかもしれない」


 遺跡に吐き出される時、聞いた声。


『オマエハ……近イガチガウ』


 あの声は、もしかしたら巫女を待っていたのではないか。


「あそこには本来、巫女だけが入れるっておばあちゃんから聞いた。だから、ザラなら」

「……」


 遺跡、巫女、おばあちゃん。

 ザラが避けてきた言葉を口にすれば、彼女は身体を壁に向けてしまった。

 

 でも、沈黙する丸い背中を見つめていると――。


「……行くゾ、ミュウル」


 立ち上がった彼女の尻尾は、真っ直ぐに立っていた。


「うん……行こう!」


 助走をつけるザラより先に、窓の外へ飛び出した。

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