表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
PR
17/33

16話 獣乙女の秘密基地

 踊る獣の子どもたち――あれは、悪い夢だったのだろうか。


 訊ねることもできないまま、ザラは「オレだけの家があル」と、森の奥へ進んでいく。


「ほら、ここダ」

「……木の上?」


 葉のテントではない。二股の大木に、木の小さな家が乗っていた。

 そして、部屋の中には――。


「宝の山だロ?」

「これは……!」


 修道国(ロマンティア)の言葉で書かれた本、止まった腕時計、まだ動いている魔法のラジオ。

 自然と共に生きる彼女たちが、本来持ち得ないものが転がっていた。


「ひいひいババの頃から集めてル。オレも森で拾ってきタ」

「そっか、だから……」


 ザラが修道国の言葉を話せるのは、“外のものに興味を持っていたから”ではない。ここにあるものや、祖母たちの声を拾って身につけたのだ。


「私たち以外にも、外から森に来る人はいるの?」

「昔はいたらしいガ、祖母(ババ)の代からはいなイ」


 実際に私たちの姿を見て、ザラは驚いたという。


「昔は壁が無かったのかな……」


 修道国だけではなく、まだ見ぬ土地の人たちも、世界を自由に旅できたのだろうか。

 でも、修道国に世界地図はない。


「そういや昔、その“壁”の周りによその本がいっぱい落ちてたナ」

「壁!?」


 この地にも、やっぱり壁があるのか。


 壁は世界を隔てているだけではなく、影を生む――絶対に壊さなければ。


「壁に興味あるのカ?」

「うん。ぶん殴……ちょっと確認したくて」


 慌てて言い直せば、「後で案内する」とザラは言う。


「どうしタ? オマエ、さっきから大人しいナ」

「え……ええと」


 言うべきだろうか。鍵のかかるテントで見た、あのことを。


 少なくともザラは、子どもを閉じ込めるような人ではない――。


「実は……」


 完全に獣の姿をした子どもたちが、テントの中で踊っていた。

 正直に話せば――ザラは一瞬、動きを止めた。


「あア……見たのカ」


 うなるような声。

 でも、どこか寂しげだった。


「ザラ……?」

「“獣化”は、未熟な子どもなら珍しくなイ。獣化しやすい夜は閉じ込めてるんダ」


 淡々と言う彼女の尻尾が、低い位置で揺れている。


「……そうなんだ」


 獣人についてよく知らなくても、なんとなく納得できる答えだけれど――。


 小さく深呼吸して、そっぽを向いたザラに向き直った。


「あの音楽に合わせて、踊ってたみたいだったんだけど……」


 村で奏でる音楽ではない。

 あの遺跡から聞こえる音はなんなのか。


 ずっと聞きたかったことを、ついに口にすると。


「さぁナ。オレはあの音がきらいだかラ……」


 ザラの丸い耳が伏せられた。


「やっぱり、ザラには聞こえてるの……!?」


 ギザールには聞こえなかった音楽。

 私だけだと思っていた。


 でも、「それ以上答えない」と言うかのように、ザラは枯れ草の床へ寝転がった。


「ん」


 彼女はこちらに向けて、腕を伸ばしている。


「え……なに?」

「夜は冷えル」


「毛のない人族は凍えるから」と、ザラは私を腕の中へ招いてくれた。


 恥ずかしいけれど――確かに、夜は昼と比べものにならないくらい寒い。


「……じゃあ、遠慮なく」


 背中を向けて、彼女の広い胸に収まると。温かい身体に強く抱きしめられた。

 森の爽やかな香り、それと焦げた炭のような匂いが混じっている。


「良いにおい」

「……オマエは不思議な匂いダ」

「あ……」


 どうやら、声に出ていたらしい。


「オマエたちは、あの本にあル、石の塔の都から来たんだロ? みんな、こんな甘い匂いがするのカ?」

「どうだろう」


 ここは、修道院や都の夜とは違う。

 目を閉じると聞こえてくるのは、風と夜鳥の声だけだ。


「……ザラは、外へ出たい?」


 ライガ・マナ村にあるものは、私にとって全部が新鮮だった。でも、ここはザラにとってどんな場所なのだろうか――部屋の隅に転がるラジオを眺めながら、問いかけると。


「巫女は継がないガ、結婚はすル」


 そうなれば、村を出られない。

 ザラは囁くように言った。


「それは……」


『所詮は籠の鳥だ』


 あの言葉がこだまして、頭がズキっと脈打った。


 ザラはここにいることを望んでいるのだろうか。

 それとも、村の決まりに縛られているだけなのか。


「……ザラ、あのさ」


 もし私が壁を壊せたら、一緒に外へ出ないか――そんな言葉を飲み込んだ、瞬間。


「ひゃっ」

 

 耳がくすぐったくて、変な声が出てしまった。

 ザラが耳飾りをいじっているみたいだ。


「オマエは、これをくれた奴と番うのカ?」

「……え?」


 これを通して、男と話しているところを聞いた――そう言って、ザラはさっきよりも声を高くした。


「自分で手に入れたにしては大事にしてル。そいつにもらったんだロ?」

「いや、彼は……」


 旅の仲間だけれど、一緒にはいない。

 同志というのもなんだか違う。


「長官……上司?」

(オサ)みたいなもんカ?」

「それ! あ、でもあの人はそれ以上というか」


 一緒に道を開いてくれた人。


 改めて口にすると、勝手に頬が緩んでしまう。


「オマエはいいナ」

「え……?」

「変わった道具を使ウ、耳も尻尾もない奴……オマエたちには、どこにでもいける身体と自由があル」


「羨ましい」と、彼女は腕の力を強めた。


「ザラ……」


 やっぱり、彼女は外の世界へ行きたいのだ。

 少し前の私と同じで。


「ザラ、やっぱり私と……」


 “壁を壊した未来”を口にしようとした、その時――耳元で咳払いが響いた。


「えっ……?」

『念の為忠告しておきますが。話、筒抜けです』


 オーリウスの声に、カッと頬が熱くなった。


「じゃあ、さっきの上司以上も聞いて……」


 だめだ。

 全身がムズムズして、じっとしていられない。


「オイ、どこへ行ク!?」

「ちょっと夜のトレーニングへ!」


 窓から飛び降り、あてもなく走り出した。


「ミュウル……!?」


 ザラの声を振り切り、気づけば、最初に上陸した海岸線へ着いていた。


「……っ!」


 耳飾りを外し、黒い海に向けて振りかぶったところ。


『突然、地図上の点が揺れ始めましたが。大丈夫ですか?』

「大丈夫じゃない! これ捨てる!」

『はぁ!?』


 いつも通信が繋がっていたとしたら、今までの言動すべて筒抜けだったのではないか――考えるだけで汗が出てくる。


『こら、やめろ! 安否確認のため2時間に一度は魔力を流しているだけだ!』

「え……?」


 応答がなければ通信を切っている――早口な弁解に、振り上げた腕をいったん下ろした。


「ほんと……?」

『ああ、本当だ。だから落ち着け』


 ぜんぶは聞かれていない。


 ようやく言葉を飲み込めたところで、浜辺へ腰掛けた。

 静かな波の音だけが残っている。


『はぁ……本当に、貴女の行動は予想がつかない』

「あの、上司以上だと思っているっていうのは……」

『分かっています』


 穏やかな声が響いた。


『貴女にとって、初めての外の世界。こうしてお役に立てることは……私も嬉しく思います』

「……そっか」


 そういえば、どうしてオーリウスは選抜隊を組織しようとしたのか。

 肝心なことを聞いていなかった。


『……国内外の地理を把握することが、国土省の使命ですから』


 ちょっと濁した気がするけれど。

「本当は自分が旅に出たいんじゃないか」なんて、もう聞けない。


 彼の想いは、私が連れていくと約束したのだ。


『ところで。その土地には、獣の特徴をもった人型種族が住んでいるそうですが』


「他に気づいたことはあるか」と訊かれ、水平線上に浮かぶ月を見上げた。


 遺跡から響く音楽。

 獣になった子どもたち。

 巫女を継ぎたくないザラ。


 気になることは、いくつもあるけれど――。


「外の人間が出入りした跡はあるのに、どうしてここにも壁があるんだろう?」


 頭に浮かぶのは、世界を隔てる“壁”。


「“勇者出発の地”にあった壁みたいに、やっぱり壁は復活してるのかな?」

『それは――』


 声を落としたオーリウスが、何かを言いかけたところで。


「あれ……?」

 

 頭に響くのは、トンタンという音――また、あの音楽だ。


『ミュウル、どうしましたか?』

「……分からない。でも、踊らなきゃ」


 何度も踊ったせいか。

 リズムが身体に染みついて、動きがどんどん大きくなっていく。


 波打ち際で、砂を蹴りながら足を運んだり。つま先で月を掬うように、飛び跳ねたり。


 見えない糸で操られているみたいだ――分かっていても、身体は勝手に遺跡に導かれていく。


『急にどうしたんですか? 歌まで歌って』

「え、私歌ってる?」

『知らない言葉で……う……た……』

「オーリウス?」


 雑音が入り込み、通信が途切れた。


 ここは――大岩が積まれた、遺跡の前。


 音楽が止まり、踊る足も止まる。

 やがて、大岩のそばに積まれた小石が、カラカラと崩れはじめた。


「え……?」


 屋根のように被さっていた大岩が、かすかに浮いた。


『岩の紋様は1000年前の浮遊都市に似た形跡……』


 ここに初めて来た時の、ギザールの言葉がこだまする中。

 浮いた岩が、自ら地面に横たわった。


 てっぺんの岩が退いたことで現れたのは、底の見えない大きな穴。


「これは……」


 背筋に、ゾクっと何かが走った瞬間。

 足が動いていた。


 再び鳴り始めた音楽が、私を呼んでいる気がする――あの穴の中から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ