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壁殴り聖女は世界地図を描く  作者: 見早
2章 踊り唄う獣 ―ライガ・マナ―
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15話 踊らない巫女

 村へ持ち帰った巨大イノシシは、あっという間においしい串焼きへと変わってしまった。


「イマウ! ゾイマウ~!」

「なんて?」


 隣に座り込むギザールに耳打ちすると。


「『おいしい』です……って、皆さんの様子見れば何となく分かるでしょ!」


 それどころではないと、ギザールはせっせと肉を串に刺している。


「なんか順応してる?」

「まさか! いいように使われてるだけっす」


 この村――“ライガ・マナ”では、狩りが女性の仕事なら、肉の解体と料理は男性の仕事。

 そう言って、ギザールは赤い生肉を焼きはじめた。


「ミュウルさん、この部位食ってみてください!」


「狩りで一番活躍した人が、一番噛み応えのある部分を食べられる」――そう聞いたというギザールに進められるまま、分厚いステーキをかじると。


「んむっ」


 あまりに野生的な旨み、それに噛みごたえ。それでも香草と岩塩のおかげか、クセになる味だ。


「キノコの時もそうだったけど。たったひとつの食材をおいしくするの、上手だよね」

「これでも長旅の経験アリっすから――」

()()()!」


 胸を張るギザールに近づいてきたのは、村の女性と子どもたち。


「げっ! ミュウルさん、助けてくださいっ!」

「えっ、なんで?」


 モテているところを邪魔しては悪い。

 そう思って離れようとすれば。


「子守と料理のうまいオス、ここのメスは好きだからナ」

「あっ」


 手元の肉をひったくったのは、すっかり毛並みを整えたザラだった。

 彼女の牙は、私が噛み切れなかった肉を簡単に裂いている。


「アレはオマエの(つがい)カ?」

「え、ギザールが?」


「助けて」と繰り返すギザールの方を見れば。

 尻尾を絡める女性たちに、今にも食べられそうになっていた。

 子どもたちには、すでに手足を甘噛みされている。


「……“私の夫”ってことで紹介しておけば、狙われないかな?」

「イヤ、オレら一夫多妻ダ。関係ない言うメスも出てくル」


 オスは外で働かず、子どもの世話と家のこと。気の利くオスは重宝されると、ザラは言う。


「へぇ。男の人は、ああやって寝てるだけじゃなかったんだね」

「……寝てばかりの奴もいるガ」


 ザラが指したのは、みんなが料理をする中、木陰でスウスウ眠る男性だった。ギザールのように小柄で、穏やかな顔つきだ。


 こちらの視線を感じたのか、彼はふっと目を開けた。


「ザラ!」


 彼はいそいそと肉を持って、ザラの前に恭しく差し出した。

 それでもザラは、笑顔の男性から目を逸らしている。


「ザラ、どうしたの?」

「『ザラの親友(ラフィキ)も一緒に食エ』だト」

「ラフィキ?」

「……いヤ。悪いナ、ザナド」


 肉を運んで来てくれた彼は、ザラの言葉にパッと笑顔になり、去っていく。

 それでもザラは、彼を最後まで見なかった。


「あの人は……」

「オレの夫になる奴ダ」


 ザラは小さくため息を吐いた。

 あれは従姉弟で、結婚まであとひと月だと。


「優しそうな人だね」

「ああ。だガ、一族で決めた相手ダ。オレは選んでなイ」


 ザラは耳を伏せているが――それ以上、私には踏み込めない。


「……そっか」


 いつの間にか、ザラの頬が夕暮れ色に染まっている。

 気がつけば、村の真ん中の広場に、巨大な火が灯されていた。


「ザラ、あれで肉を焼くの?」


 離れていても熱く感じる火を指しても、ザラはあちらを見ない。


「……あれハ、“いただいた獣の魂”を天へ送るための火ダ」


 儀式用――そう言って、ザラは地面に寝転がってしまった。


 ザナドのこともそうだが、あの火のことも、ザラは見ようとしない。


「……ザラ」


 尻尾だけが、私の前にふわふわ浮いている。

 そんな中。

 お年寄りたちが、細長い太鼓を持って集まってきた。


「あれ? この音楽って……」


 遺跡から聞こえてきたものと、まったく同じリズムだ。

 踊り出したくなるけれど――アレとは違い、勝手に身体が踊るほどではない。


巫女(シビ)ザラ」


 奏者のお年寄りたちが、ザラに声をかけている。

 彼らが言葉を切る前に、ザラのたてがみが少しずつ立ち上がっていった。


「ダダムノキ!」

「……ザラ?」


 私への視線すら泳いでいる。

 それでも「知りたい」と言えば――彼女はため息混じりに、「踊らないと言っただけダ」と吐き捨てた。


「オレは巫女(シビ)ダ。『魂を送る踊りと唄を奉納しロ』ト、年寄りたちが言ウ」

「踊りと唄……」

「燃やした煙デ、巫女だったオレの祖母(ババ)は目を患っタ。こんなの意味がナイ」


 たしなめる人たちを無視して、ザラは寝転がり続けている。


「ザラ、またなんか言われてるよ」

「……『儀式を軽んじたラ、獣の祟りが起こル』だト。そんなの迷信ダ! いつまで意味のないことをさせる気ダ?」


 火が害になるから踊らない。

 今の話はそういう流れだったが、本当にそうなのだろうか。


 ザラ自身が堅い意志で拒んでいる――そんな気がした。


「……ギザール、どうしてるかな?」


 さっきから、言いたくないことをザラに訳してもらっている。

 頼りになる通訳さんへ、さっき聞いた儀式のことを伝えに行こうか――。


「ミュウルさぁん、助けてって言ったのに……」

「あ……」


 足をふらつかせながら近づいてきたのは、迎えに行くつもりのギザールだった。酒樽を担いだ、屈強な女性たちを引き連れている。


「わぉ、モテモテ」

「からかわないでください! この人たち、牙と爪をチラつかせながら『夫になれ』って脅してくるんっすよ」


 飲まされているのか、すでに顔が赤い。

 ただ、「手足ガブガブ」からは解放されているみたいだ。


「子どもたちは?」

「う〜ん、酒の席が始まりそうになったら、連れて行かれちゃったんっすよね〜」


「子どもは寝かされたのでは?」と、ギザールはすっかりほろ酔い気味だ。


「……そっか」

「あれ、ミュウルさん、どこ行くんっすか〜!?」

「トイレ」


 火の側が熱い上に、酒の臭いで頭がぼうっとする。


「ミュウル。便所は東ダ……迷うなヨ」


 ザラは曇天の夜空を仰ぎながら、そう言った。


「……? うん」


 東と言われても、今どちらを向いているのか分からない。

 こんなことだけにオーリウスを呼び出したら、さすがに叱られそうだ――あの鋭い目を思い出しながら、テントの隙間を歩いていると。


「あれ……?」


 タントンと、遠くから聞こえてくるのは――あの音楽だ。

 でも、広場の方からではない。


「これは、あの遺跡から……?」


 また、足が勝手に踊り出す。

 つま先に糸がついているみたいだ――。


「ん……?」


 あの奥のテントだけ、なぜか揺れている。

 しかも他のものと違って、枠組みに木が使われているみたいだ――まるで、何かを閉じ込めるかのように。


「……まさかね」


 暗いところでひとりになると、悪い想像ばかりはかどってしまう。

 でも。

 揺れる葉っぱ。何人もが足踏みをするような、バタバタという音。


「……」


 引き寄せられるように、足が奥のテントへ向かっていった。


 ドクン、ドクンと鼓動が跳ねる中。

 大きな葉っぱを、少しだけめくってみると――。


「……っ!」


 何かが踊っている。


 小さな()()()は、同じ動きで手足を動かし――時々、入り口の鍵を、ガチャガチャと鳴らしていた。


「なに、これ……」


 足が固まって動かない。

 でも――。


 もっとよく見ようと、なけなしの聖力を目へ集中させると。


「……え?」


 子どもだ。

 ただ、おかしい――彼らは“獣人”ではなく、“完全な獣”の姿になっていた。


『ザラ……』

「……!?」


 あの子も、他の子も。

 ザラの名前を呼んでいる――そう気づいた、瞬間。背後から声が聞こえて、弾かれたように走り出した。


「……っ!」


 走るたびに、胸が軋む。

 頭が、鈍く痛む。


 気づけば、焚き火のところ前まで戻っていた。


「おイ」

「……っ!」


 振り返った先では、相変わらずザラが寝転んでいた。


「……なに?」

「遅かったナ。便所、分からなかったカ?」

「ううん……」


 今は何も言えない。

 ザラから視線を逸らし、こっそり奥のテントを振り返った。


 あの子どもたちは、どうして獣の姿で踊り狂っていたのか。なぜ閉じ込められていたのか。

 あの踊ってしまう音楽のせいなのか――。


 今も広間には、あの音楽と同じリズムが響いていた。


「楽しいのに……ここ、なんか変だ」


 ザラから「もっと食べロ」と串を差し出されても、もはや肉の味が分からない。


「……オマエ今夜、オレのとこに泊まレ」

「え……?」


 頭がまだ回らないうちに、ザラに手を引かれた。


 熱いほどに温かい手が、私を村の奥の、さらに奥へと引っ張っていく。


 あの森の音楽は、もう鳴っていなかった。

 でも――頭の中の音は、やまない。

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