14話 ゴリラとライオンの狩り
「じゃあ、ひと狩り行ってくるよ」
拳を握り、留守番のギザールを振り返ると。
「ミュウルさん、ぜったい早く戻ってきてくださいよ〜! この人たち、『子守はいくらいてもいい』とか言ってますんで」
「うん。ギザールの方も、現地調査頼んだよ」
居残り女性たちに匂いを嗅がれているギザールへ手を振り、前へ向き直った。
槍を担ぐ獣人女性たちは、私を待ってくれない。
彼らのリーダー的存在――赤いたてがみのザラを先頭に、村の外へと走り出していた。
「さすが獣人、速いな」
これまでの、ギザールに合わせていた足の動きではダメだ。
ふくらはぎが踊るほどの力を入れ、解放し、そして――地面を蹴った。
「ナッ……!」
「待たせてごめん」
ザラの横へ並んでみせれば、彼女は目を開いた。
きっと、私を置いていくつもりだったのだろう。
「もっと速くできるよ?」
試しに、ザラより先へ一歩進んでみせれば。
彼女も負けじと速度を上げてきた。
「ザラ……!?」
他の仲間たちが、どんどん後ろに遠ざかっていく。
それでもザラは足を緩めない。
「おおっ、互角」
そのまま、ふたりだけで森の障害物レースを続けていると――彼女は牙を見せて笑った。
「狩り、遊びじゃなイ。オマエ、できるカ?」
「うん、やってみせるよ…………あれ?」
(今、彼女――)
私たちの言葉、修道国の言語を話した。
「私と同じ言葉、話せるの?」
そう尋ねても、ザラは答えなかった。
代わりに、私の周りをぐるりと囲むように走りはじめる。
「なに……?」
さっきのギザールも、こんな気持ちだったのか。
匂いを嗅がれるのは、何だかくすぐったい。
ザラは私の服、靴を興味津々に眺めた後――最後に、耳元で揺れる宝石に目を留めた。
「その耳飾リ。オマエの村でなら肉と交換、できるカ?」
「これは非売品だけど、興味あるの?」
髪を耳にかけて見せようとすれば、「イイ」と遠慮してそっぽ向いてしまった。
「……ザラって」
ロマンティアの言葉を話せる上に、外への興味も強いみたいだ。
帰ったら、このことをギザールに教えなければ――。
そのまま競争を続けるうちに、獣の匂いの濃いところまでたどり着いていた。
ここは遺跡の近くなのだろう。ギザールが熱心に眺めていた大岩の頭が、木々の間に見えている。
「ここ、よく来るの?」
「狩りの時だけダ」
この辺一帯は、あくまで冬の狩場だとザラは言った。
冬とはいえ、木々は青いし、獣の吐息もあちこちで感じる。
「……でも、影とは違う」
ザラをはじめ、他の仲間たちは、私がここで何をするのか様子をうかがっているみたいだ。
彼女たちの視線を背中に受けながら、とりあえずツノの生えた馬を追ってみたが――。
「くっ、すばしっこいな」
チョロチョロした動きが予測しづらい。
獣に翻弄される私を見ていたザラたちは、ついに笑いだした。
「オマエ、力はあるガ、狩りは初めてカ」
「うん。据え膳上げ膳で育ったもので」
食べ物を自力で獲ったことがないと言えば。
ザラは「狩りを見せてやル」と、他の仲間たちを見回した。
すると彼女たちは、笑うのをやめ、獲物の気配がない後方へ引っ込んでいく。
「……?」
いったい何が始まるのか。
息を呑み、森の気配に溶けていったザラたちを見守っていると。
先ほど私が追いかけていたのとは別の、ツノの馬――のんびり葉を食んでいるそれの周りを、獣人たちが取り囲みはじめた。音もたてずに。
(あれ、私が背後を取られた時と同じだ……)
やがて呼吸の音すら消え、葉の擦れるしか聞こえなくなったところで。
槍先が、一斉に鹿へ向かっていく。
『ヒヒッ!?』
「あ……」
あと少しのところで、鹿は槍を飛び越していった。
でも、その先で待っていたのは――ザラの槍。
私の目でも追いきれない動きで、槍が獣の足を捉えた。
「おおっ」
そうか。
仲間との連携が、この森での狩りには必要なのだ。
「でも、私は……」
拳を握って腕を回し、準備完了。
研ぎ澄ませた拳で――地面を殴った。
「なっ……オマエ、何してル!?」
「私はここに来たばかりで、みんなとの連携とかできないから」
ひとりで狩りをすると言い、穴を掘り進めた。
少しぬかるんでいるおかげで、簡単に穴は深くなっていく。
「うん、こんなもんかな」
自分がすっぽり埋まるほどの穴が、開いたところで。
穴の上に小枝で格子を組み、葉っぱをかけた。
そのまま周囲を見回すと。すばしっこく飛び回る、ウサギのような生き物が目に入った。
「……すうっ」
肺いっぱいに息を吸って、「わっ」と声を上げれば。
飛び上がったウサギが、穴の方へ逃げていく。
「よし、そのまま!」
ウサギも、あのツノ馬と同じ。普通に手で捕まえようとしたって無理だ。
でも。
誘導するうちに、元気なウサギは穴へ落ちていった。
「やった!」
「……即席で罠を作ったのカ?」
罠を使わないという仲間たちは、私のやり方に驚いているけれど。
「まさかひとりで獲るとはナ」と、ザラだけは声をあげて笑い出した。
「それにしてモ、さっきの吼えかた、“ゴリラ”みたいだったナ」
「え……ゴリラ、知ってるの!?」
隣の森にいる。
ゴリラ・マナ村に住んでいる獣人族だと、ザラは話してくれた。
「奴らはウホウホ言ってるかラ、すぐ居場所が分かるんダ」
「ウホウホ……」
それでも、ウサギはまだ甘いと、ザラはこちらに背を向けた。
「もっと大物を狩れれば、村に入るのを正式に認めてやル」
「それはありがた――」
言いかけたところで。
森の奥で、ドン――と音が響いた。
鳥たちが飛び去っていく。
「なんダ……!?」
「しっ」
獣の激しい息と、地鳴りのような足音を感じる。
「……来る」
影ではない、もっと確かな実態を持った脅威の気配に、拳を構えていると。
『ブァッ!!』
さっき獲れた鹿の倍以上ある巨大イノシシが、岩を砕きながら突進してきた。
「……!」
服の袖をかすめていった牙に、胸が鳴る。
ついに来た。
壁以来の、殴りがいがありそうな相手が。
「これ狩ったら十分だよね?」
「ナ……バカ言うナ! これは獲物じゃなイ、槍を砕くただの怪物ダ!」
だから、遭遇したら逃げるが基本だとザラはいう。実際に彼女は、仲間たちが逃げるのを助けてはじめていた。
でも――。
「動きも鹿ほど速くないし。的が大きいのが来てくれて、正直助かる」
「ハァ? オマエ……!」
超巨大だけれど。あくまで、前世にいたのと変わらない動きをする“大きな豚さん”だ。
突っ込んでくるタイミングさえ分かればいい。
「あとは……」
真っ直ぐにしか来ない。
「死ぬゾ、おい……オマエ!」
「ミュウルだよ、ザラ」
開けた場所にひとり立ち、息の荒い獣と向き合った。
話も常識も通用しない相手。黒い瞳と視線が合えば、胸が高鳴る。
「ふぅ……」
足を地面にめり込ませるほど強く構え、拳を握った。
が――。
「あれ?」
気づけば、頭と足が逆転していた。
頬が誰かの胸の熱にくっついたまま、木の上へ宙吊りになっている。
「いくらオマエの力でモ、奴の頭は砕けなイ」
「ザラ……?」
「やるなら目からダ。オマエ、ヤツを押さえられるカ?」
何をどうするなんて、ひとつも分からないまま。
ザラの言葉に頷いていた。
「いいよ」
とにかく、私のやることは――。
こちらを見上げる巨大イノシシを捉えた、瞬間。
身体が宙へ放り出された。
「……いまっ!」
着地と同時に、丸太のような足を払う。
『ブフッ!?』
「ザラ……!」
重い。
でも、何があっても離さない――全身が石になったつもりで、獣の足を封じた。
そうして、一瞬の風を感じた直後。
暴れ回っていた獣は、最期の声を森中に轟かせた。
「……ふぅ」
ガチガチに固まったままの手足を、無理やりにでも動かせば。
「ン」
地面に転がる私に、ザラが赤い手を差し伸べてくれた。
数メートル級のイノシシは、槍を瞳に受けて沈黙している。
「やった……やったね、ザラ!」
私の声だけが森に響き、辺りがしんと静まり返った。
「あれ?」
獲物を仕留めたことを、喜んではいけなかったのだろうか――。
そっと口を手で塞ぐと。
顔を見合わせたザラの手が、私の顔に伸びてきた。
泥を手で拭ってくれたかと思えば。
「ふっ、変なヤツ」
ザラが笑顔になった。
瞬間――少し離れていた女性たちが、遠吠え混じりの笑い声をあげる。
「みんなどうしたの……いてっ!」
突然の頭突き。
しかもそれをかましてきたのは、ザラだった。
「コレ、オレたちのアイサツ。オマエすごい、認めル」
「えっ……うわっ!」
他の女性たちも、私の額へコツンと頭をぶつけていく。
「なんか変な感じだけど……」
ちゃんと認められた。
そんな気がして、胸の奥がくすぐったくなった。
ここで生まれていたら、この額の痛みも当たり前だったのだろうか――。
「でも……」
他の女性たちは、やはり獣人の言葉で私に話しかけてくる。
唯一ロマンティアの言葉を理解できるザラは、いったい何者なのだろうか。
巨大イノシシへ手を合わせるザラの背中を、じっと見つめていると。
「あ……」
トンタンと――また、あの音だ。
遺跡の岩を振り返れば。
「……っ」
私と同じ方向を見ているザラの耳が、わずかに伏せられた気がした。




